西洋中世研究
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中世ドイツ文学に見るローマ観
『皇帝年代記』および『ディートリヒの逃亡』を題材に
山本 潤
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2015 年 7 巻 p. 97-117

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抄録
 ヨーロッパ中世には,歴史知識を伝承する二つのメディアが並列して存在していた。教養ある聖職者階級にとっての歴史叙述と,文字の技能を持たない戦士貴族階級にとっての英雄伝承である。この二つの伝承伝統はそれぞれ独自の歴史観と伝承メカニズムを持っていたが,ドイツ語圏における英雄素材のうち,口伝のみでなく,様々な歴史書に記録され文字による伝承がおこなわれた例外的な存在が,ローマ帝国史上重要な存在である東ゴート王テオドリックの伝説化したフィグールであるディートリヒ・フォン・ベルンである。歴史叙述の伝統においてはテオドリックの後半生の事績がクローズアップされ,教会に対立する異端の暴君として記述されていくが,英雄伝承では前半生をもとに史実とは正反対の内容を持つ逃亡伝説が成立し,歴史叙述から大きく乖離する。とりわけ,英雄伝承の生成メカニズムに起因する,異なる世代に属する人物たちの直接的な関連付けは,時間軸上の正確さを重視する歴史叙述との間に矛盾を生み,11世紀以降の歴史叙述で問題視されることとなった。12世紀半ばに聖職者の手により詩作された『皇帝年代記』は,歴史叙述の伝統を引き継ぎ,しかも俗語による年代記文学というジャンルを拓いた作品であるが,ディートリヒの世代問題を直接的に扱う。そして英雄伝承に誤った形で語られていることの「正しい」姿を伝えるとの態度のもと,ディートリヒに関連する諸要素をローマ帝国史の中に適合させ,東西ローマ分裂以降の西方教会およびカール大帝以降の皇帝の正統性を強化するように再構成することを試みている。一方,逃亡伝説を素材として13世紀後半に成立した『ディートリヒの逃亡』は,物語の前史として架空のローマ史を創作する。そこでは非歴史的過去に理想的帝国として「ローマ」が設定され,それとの対照をなすものとして,受容者の現実と重ねあわされる荒廃した物語的現在が提示される。そこでのローマとは,歴史叙述的に過去の現実として認識されるべきものではなく,観念化されたローマとでも言うべきものである。
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© 2015 西洋中世学会
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