抄録
北米ニューヨークにおいて1999年初めてウエストナイル熱患者が発生し,やがて全米に流行が広まると,遠く離れた我が国でもその侵入が危惧された.
国・各地方自治体ではウエストナイル熱侵入に備え,いち早く疾病媒介蚊の生息調査,ウイルス検出等のウエストナイル熱対策事業を立ち上げた.そうした事業・研究・調査を始めるに当たって,研究機関として衛生研究所(現在では色々な名称で呼ばれている)が担う役割は非常に大きい.
昭和40年代,日本脳炎が流行し患者発生が続いた頃,国を中心とした日本脳炎の疫学的研究(媒介蚊消長,ウイルス分離,ウイルス株の分布,抗原分析等)に地方衛生研究所の衛生動物関係者が多数参加した.日本衛生動物学会大会時に,国・衛生研究所の学会員が“地方衛生研究所衛生動物連絡会”なる会合を持ち,同一宿舎で時々の話題,それぞれの問題点を深夜まで議論した.そうした集まりは研究所職員間の連携を深め,研究成果へと繋がった.しかし,昆虫媒介性疾患,患者数の減少,ベクターからニューサンスへ注目が移行することで,衛生動物業務の多様化が進み,連絡会もとぎれ,やがて消滅した.現在では衛生研究所関係者(本学会員)の本学会への参加も少なく,意見交換を行う機会もない.
日本脳炎の流行が小規模になって約40年が経過した今日,新たな蚊媒介性疾患侵入の危機に遭遇,また,地球温暖化に伴う新興・再興感染症の広がりも懸念されている.こうした時期,各地方衛生研究所の衛生動物関係者が横の繋がりを持ち,共通のテーマに取り組むことがきれば,更なる活性化,衛生動物部門の発展が期待できるのではなかろうか.この機会を生かしたい.ウエストナイル熱の侵入危機が問題視されてから約9年が経過する.多くの機関では今も危機管理に向けそれぞれの努力を続けている.今日までに輸入症例はあったものの,国内での患者発生,ウイルスの検出は報告されていない.喜ばしい現状であるが,そうした状況が危機感,平常時の地道な調査・研究の重要性を弱め,対策事業の縮小,中止への引き金にならないことを祈りたい.
いくつかの問題点をあげてみる.
(1)専門性:業務の多様化.異質性.常識的な理解で十分との認識.
(2)人:採用.指導者.人員.連携.
(3)予算:研究費.テーマ.患者発生優先の姿勢.
それらの点に触れてみたい.