抄録
デング熱は主にネッタイシマカ(Aedes aegypti)によって媒介される感染性ウイルス疾患で、熱帯地を中心に100カ国以上で猛威をふるっている。WHOは世界人口の5分の2に当たる2億5千万人が現在デング熱感染の危険にあり、毎年5000万人以上がデング熱(デング出血熱を含め)を発症していると推定しており、デング熱のコントロールは公衆衛生上の最も重要な課題の一つとなっている。しかし4種類のセロタイプを持つデングウィルスに対し、すべてのセロタイプを網羅したデングウィルスワクチンはいまだ開発途上であり、現状ではデング熱の予防とコントロールは、ベクターであるネッタイシマカのコントロールに負うところが大である。ネッタイシマカに対する殺虫剤の噴霧は多くのデング熱流行地で行われているが、その最適なタイミングはいまだ確立されておらず暗中模索が続いている。NewtonとReiter(1992)はデング熱伝播の数理モデルを用いて殺虫剤噴霧の効果を解析し,1)殺虫剤噴霧は患者数をわずかしか減少させない、2)患者を最も減らすのは罹患率がピークに達する時期の噴霧である、とした。しかしこのモデルには気象の季節性が考慮されていなかったため現実のデング熱の動態にどの程度適用できるか疑問が残る。またFocks(1993,1995)らは、気象と詳細なネッタイシマカの生物学的動態を取り入れたデング伝播の数理モデルを開発したが、これは非常に複雑で多くのパラメーターが必要であり実用的ではなかった。今回我々は、最も汎用されている表計算ソフトMicrosoft Excelを用い、使用が簡便かつ実用的であり、ネッタイシマカの個体群動態や気象の季節性を反映したデング熱伝播のシミュレーションモデル“Excel‐Ent”を開発した。Excel-Entを用いて、さまざまな気候条件における最適な殺虫剤噴霧のタイミングを考察したい。