抄録
吸血昆虫の唾液は,抗凝固,血管拡張,抗炎症などの作用をもつ“生理活性物質のカクテル”でこれを宿主に注入することにより効率よく吸血行為を行っている.これまで我々はシャーガス病を媒介する吸血性サシガメTriatoma (T.) dimidiataの唾液腺から,T.pallidipennis唾液由来のトロンビン活性阻害物質triabinと相向性をもつ分子を同定したが,本研究ではこの唾液タンパク(dimiconinと命名)の機能解析を行った.組換えタンパクを作製しdimiconinの血液凝固活性に及ぼす影響を検討したところ,健常人血漿の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を延長させたがプロトロンビン時間(PT)は延長させなった.このことからdimiconinは, triabinとは異なる内因系血液凝固活性の阻害物質であることが示唆された.次に,dimiconinが凝固カスケードのどの段階に作用するか検討したところ, 濃度依存的にXIIa因子の活性を阻害し,高濃度でのみ,IXa因子およびXa因子の活性を阻害したことから,内因系凝固カスケードの初期の段階であるXII因子の活性化を阻害する物質であることが示唆された.また,組換えFXIIを用いた実験から,dimiconinは FXIIaの酵素活性ではなく,FXIIから FXIIaへの活性化段階を阻害することが分かった.以上の結果から,dimiconinはT.dimidiataが吸血する際に血液凝固の接触相を阻害する役割を果たしていると考えられた.