抄録
Ⅰ はじめに
重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))のてんかんの治療においても薬物治療の原則はてんかん一般の治療と同様で、そのてんかんの発作に最も適合する薬を発作が起こりやすい時間に最も高濃度になるように使用することであり、そのためには
1)発作型とてんかん症候群に基づく薬剤選択:発作症状と脳波のてんかん性発作波の部位・形から発作型とてんかん症候群を診断
2)抗てんかん薬の臨床薬理動態に基づいた薬剤使用:投与量、治療域の血中濃度、半減期、ピーク時間、相互作用、作用機序、年齢と薬物動態、副作用
が重要である。
重症児(者)のてんかんへの対応は表1のようにまとめられる。
重症児(者)のてんかんの治療に関連する問題点、重症児(者)施設のてんかん治療における有利・不利、抗てんかん薬選択の原則、抗てんかん薬の臨床薬理動態とその応用、開始・中止時に注意すべき抗てんかん薬と対応、重症児(者)で特に問題となる抗てんかん薬と副作用、重症児(者)のてんかん治療マニュアル(案)についてはすでに述べてあるので1)2)、それを参照していただき、ここでは主に実際の治療マニュアルの使い方について述べる。
Ⅱ 重症児(者)のてんかん治療マニュアルの実際
マニュアル(三訂案)を示す(表2)。
1.発作型の確認
観察、看護記録、看護師・指導員・保育士・学校教員への聞き取りから、発作症状を発作型に分類する(表2)。この際、常同運動、行動異常、癖など、てんかん発作と紛らわしいものに注意する。重症児(者)では意識レベルや刺激に対する反応の有無の評価は困難な場合もあるが、てんかん発作と思われるエピソードの際の意識、反応、起こる状況に関する情報を集める。
2.脳波の評価-局在性か全般性か
一部分のみか、そこから周辺に広がり、時に全体に広がる場合、離れた場所で2カ所以上だが、一側性で部分的である場合は局在性である。図1Aでは、一見2カ所から出ているが、よく見ると右中心部から右中側頭部にであり、図1Bでは一見3カ所に見えるが、右中・後側頭部~右後頭部が主で、右前頭部にも見られるのであり、一側のみなので部分起始と判断される。
2カ所以上だが両側性でしばしば全体に広がる(図2A)、あるいは主に全体に出て、時に一部分に出現する場合(図2B、C)は全般性となる。
3.発作症状による薬剤選択
マニュアルには簡便にした発作症状からみた薬剤選択を示したが、実際の治療では、第一選択薬、第二選択薬、および不適当薬という目安があれば、なお的確な治療を行いやすい。そこで、これを検討し、まとめた(表3)。
1)部分発作
筆者が1年以上治療した209例(前頭葉てんかん170例、側頭葉てんかん28例、頭頂葉・後頭葉てんかん11例、部分発作が1種類が127例、2種類が70例、3種類が12例)の後方視的検討、および新たな41例(前頭葉てんかん37例、側頭葉てんかん1例、頭頂葉・後頭葉てんかん3例、部分発作が1種類が22例、2種類が14例、3種類が5例)に対する前方視的検討を合わせて、具体的な発作症状(強直、二次性全般化強直間代、間代、hypermotor(過動)-暴れる/走り出す、陰性運動野発作-脱力/陰性ミオクロニー、意識減損・消失/動作停止、その他-感覚発作/自律神経発作など)に分けて有効な薬剤を検討し、10例以上投与した薬剤における反応率:responder rate (RR:発作が半分以下に減少した例の割合)を算出して、反応率≧75%を第一選択薬、反応率74~50%を第二選択薬、反応率49~25%を有効の可能性あり(第三選択薬)、反応率<25%を無効薬(不適当薬)とした3)。
2)全般発作
全般発作に関しては、筆者の経験的印象に、臨床的な実情に合うと感じる英国のNICE(National Institute for Clinical Excellence)のてんかん治療ガイドライン4)(表4)を加味して、第一選択薬、第二選択薬、第三選択薬、不適当薬とした。
4.薬剤調整の具体例
症例1:35歳、West症候群後のLennox-Gastaut症候群、体重38kg。
発作症状:①全身を硬く突っ張る、②急に崩れ落ちる、③ピクンと両上肢を挙げる。
治療の現状:バルプロ酸(VPA)1,100mg分3(血中濃度100µg/ml)、クロナゼパム(CZP)5mg分3(33ng/ml)、カルバマゼピン(CBZ)600mg分3(10.0µg/ml)で、発作が月に15回前後あり、特に朝の起きて間もなくや、日中眠くなると起こしやすい。
脳波:やや前頭部優位だが左右対称性でほぼ全般性の多棘波(いわゆるrapid rhythm)と全般性の棘徐波が頻発(図3)。
MRI:両側の前頭部から頭頂部、後頭部まで傍矢状部(大脳半球の内側)の大脳白質の中に皮質があり、後頭部の皮質には脳溝が認められず、多小脳回または厚脳回を示す奇妙な皮質形成異常があり、また小脳も下半分が小さく、押し上げられたような形の形成異常を示している。
脳波から全般性の発作であり、また脳波の形状と合わせて、発作型は、①は強直発作、②は脱力発作、③はミオクロニー発作または短い強直発作、と判断される。
服用中の抗てんかん薬はいずれも血中濃度は十分高いが、発作波抑制されていなかった。VPA、CZP、CBZのうち、発作型から見て、CBZは発作①、②、③のいずれに対しても選択薬とはならず、また表3からは、むしろいずれの発作にも不適当薬である。
まず、全般発作の強直発作に対して二次選択薬であるゾニサミド(ZNS)に変更し、増量した。
2週間ごとに ZNS 200→300→400mg分2
CBZ600mg分2→400→200mg→0
発作①は半分以下に減少したが残ったので、全般発作の強直発作に対して二次選択薬であるフェノバルビタール(PB)を追加、60→90mg分2としたところ、発作①は消失した。しかし、②、③は残ったので、ミオクロニー発作および脱力発作の第一選択薬であるVPAを1100→1250mg分2に増量したところ、③は消失し、全体で②が月1回以内まで減少した。しかし、眠気があり、活動性がやや乏しく、また眠いときに発作②が起るので、CZPを2週ごとに5→4→3→2mg分2と減量したところ発作②が増加したため、3mg分2に戻した。以上により、発作は②が月に1~2回におさまり、眠気もなく、活動性も上がっている。。
症例2:34歳、ヘルペス脳炎後遺症、右片麻痺、前頭葉てんかん、体重37kg
発作症状:①全身を硬くする、突っ張る、②時に全身をがくがくさせる
治療の現状:CZP 5mg分2(血中濃度50ng/ml)、VPA 800mg分2(74µg/ml)、フェニトイン(PHT)200mg分2、ZNS 200mg分2で週に2-3回、時に群発。
脳波:左前頭極Fp1から棘波がきわめて頻発し前側頭部F7に伝播し、また右前頭部F4からも棘波、鋭波が頻発し、前頭中央部Fzに伝播している(図4)。
CT:左の前頭部~中側頭部の萎縮があり、左半球が小さい。
発作①は強直発作で、時に②全身性強直間代発作、と判断されるが、脳波では脳炎後遺症なので両側前頭部に発作波が見られるものの、両側同期ではなく個々に局在しており、部分起始の強直発作とその二次性全般化発作と判断される。
服用中の抗てんかん薬のうち、マニュアルからはVPA、CZPは部分起始強直発作、二次性全般化発作の選択薬ではなく、また表3からは、①にはVPAは不適当薬であり、CZPも第三選択薬にも入らず、②にはVPAは第三選択薬にも入らない。ZNSはマニュアルで選択薬、表3でも第一選択薬に入っているが、量が少ない。
まず、VPAは減量中止し、ZNSを200 → 300 → 400mgまで増量し、発作は週1-2回に減少したがまだ残った。CZPを①、②に対する第二選択薬であるPBに変更し、60→80mg分2として発作は週1回以下に減少したが、まだ抑制できなかったので、KBrを追加し、700→1000→1200→1400mg分2として完全に抑制された。歯肉増殖がひどかったため、PHTを2週間ごとに1/3ずつ減量し、中止したが、発作は再発しなかった。
Ⅲ 薬物治療がうまくいかない場合の対応(表5)
薬物治療がうまくいかない原因で最も多いのは薬が合っていない場合であり、それにはてんかん分類や発作型診断が誤っている場合と、薬剤選択が誤っている場合とがあるが、重症児(者)の場合は、てんかんとまぎらわしい行動異常や癖も大きな原因になっている。これに対しては、発作症状の確認、脳波異常がその発作症状を説明できるか、そして可能ならば発作時脳波を検査するなど、診断の見直しを行う。
次いで多いのは、薬の量が不十分な場合である。これには、絶対量や通常の血中濃度が低い場合だけではない。重症児(者)のてんかん治療で多い多剤併用による相互作用や、ピーク時間、半減期と服用する時間、分服方法などをチェックし、発作が多い時間帯に血中濃度が高くなっているか否かを検討する。
(以降はPDFを参照ください)