日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム3:重症心身障害に対する看護の成果と課題
看護基礎教育の立場から
木内 妙子
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2016 年 41 巻 1 号 p. 51-57

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抄録

Ⅰ.はじめに 改めて自分に問いかけたとき、私は重症心身障害児(者)(以下、重症児)の方々やそのご家族に対して、看護師としても研究者としても貢献できたと胸を張れる成果は持っていない。唯一語れることがあるとしたら、看護教育に長年携わって来たこと、看護基礎教育の立場からこのテーマについて私見を述べることである。 自らの要望を社会に対して発信する術を持たない重症児に対する看護の役割は、「看護・ケアの言語化・可視化・共有化」「看護・ケアの質の向上」「高度な実践力を有する人材の提供」の3点に集約されると考えている。本稿では、この3点に対して看護基礎教育の立場から、実践的教育の取り組みも含めて紹介する。 看護教育は、社会の要請に基づきカリキュラム改正を重ねてきた。看護基礎教育の内容や質、方法は常に変化することを求められて来た。対象となる学生も、国際経済や社会情勢の変化と連動した生育環境や、国の定める指導要領の変遷等の影響を受け大きく様変わりしている。2002年の改正「保健師助産師看護師法(以下、保助看法)」の施行後は、名称が「看護婦」から男女に関わりなく「看護師」に改正され、男子学生の増加も顕著となっている。さらに、看護系大学の増加に伴って新人看護師像の変化やその卒後教育の重要性も指摘されている。これらの状況を踏まえ、重症児の看護に基礎教育としてどのような貢献をなしうるか考察をしていきたい。 Ⅱ.看護基礎教育の現状-大学教育を中心に- 1.対象となる学生像の変化 大学、教育ビジネス界では、「2018(平成30)年問題」が大きな関心を集めている。人口動態の変化や少子高齢化問題は社会で指摘されて久しい。出生数は、年々減少を続けており、2014(平成26)年は1,003,539人であった1)。18歳人口は、団塊ジュニアといわれる団塊の世代2世が18歳になった1992(平成4)年の205万人から、2014(平成26)年は118万人にまで落ち込んでいる。それでも現在は踊り場状態といわれ、18歳人口は大きな変動なく推移している。しかし、2018年からは再び減少に転じ、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計2)では2031年には100万人を切ることが予想されている。現役世代を確保することが困難な時代が目前に迫っている。経済状況の悪化や雇用不安・就職難などの影響から現在、看護師など医療系の専門職は志願者が増加傾向にあるが、優秀な人材確保に業界を挙げて取り組む時代が目前まで迫っている。社会人学生の確保や、離職者の再教育に国が積極的に取り組んでいるのは、このような背景を受けてのことでもある。 一方、現在看護教育の主な対象となっているのは、いわゆる「ゆとり教育」を受けた「さとり世代」といわれる若者である。彼らは、1980年代半ば以降に生まれ、主に2002~2010年の「ゆとり教育」を受けた世代で、物心ついたときから不景気だったためか、浪費や高望みをしない、過程よりも結果を重視して合理的に動く、すべてにおいてほどほどの穏やかな暮らしを志向するなどさとりきったような価値観を持つ若者が多いことから「さとり世代」と呼ばれる3)。一方で、彼らの多くは子ども時代から慣れ親しんだSNSはじめ高いITスキルを有し、親との関係が良好な人が多く、無駄な出費はせず、客観的で冷静な判断ができる強みを持っているなどの指摘もされている4〜6)。様々な場所で現代学生や新人スタッフの指導上の困難さを嘆く声をきく。筆者も、従来の指導方法だけでは学生の行動変容につながらず、試行錯誤を続けている。しかし、若者の特徴が変化しているのであれば、その変化に応じて教育的な介入方法を変化させるのがプロの教育者の役割である。自らの学生時代と比較し、学生や新人スタッフの変化を嘆くだけでは状況は改善しない。相手が変化したのなら、指導者側もそれに応じて変化しなければならない。現在、看護基礎教育においては、これらを踏まえ様々なアプローチが試みられている。この点については後述したい。 さらに、社会人入学生や男子学生の増加も最近の看護基礎教育における大きな特徴である。彼らの強みをいかに教育に取り込んでいくかも同様に大きな課題である。 2.看護基礎教育 大学教育化の進展 (表1)(図1) 看護師第104回(平成27年度)の国家試験受験者数は61,480人で、合格者は54,871人。全体の合格率は90.0%であった(厚生労働省発表)。うち、大卒者の占める割合はおよそ30%、16,000人近くにまで伸びている。かつて看護基礎教育は、その大半を専門学校が担って来た。看護系大学数は、1991(平成3)年度には11校、定員数558人であったが、2015(平成27)年度には241校、定員数20,814人にまで増加している7)。現在、新卒看護師の3人に1人が大学卒であり、今後その割合がさらに拡大していくことが見込まれている。この背景には、1992(平成4)年の「看護師等の人材確保の促進に関する法律」成立によって、看護系大学・大学院の整備充実が盛り込まれたことがある。国の看護職員確保の見通しでは、2013(平成25)年には157万人の看護職員数が、2025(平成37)年には196万人から206万人が必要と試算されている8)。 3.看護教育カリキュラムの変遷と卒業時の到達目標の明確化 これまでの看護基礎教育カリキュラムは、医療状況の変化や社会の要請に応じて保健師助産師看護師学校養成所指定規則改正を重ねてきた9〜12)。近年では、1989(平成元)年のカリキュラムにおいて、成人看護学から老人看護学が独立したことと、総時間数がゆとりを目指し3,000時間に減少したことが大きな特徴である。これは、1967(昭和42)年に行われた第一次カリキュラム改正に対して、通称、改正カリキュラム、第二次カリキュラム改正と呼ばれている。人口の高齢化、進展する医療の高度化、在宅医療の推進などに対応することを目的に、『全人的援助』を目指し、判断力・応用力・問題解決力育成、教養と情報の習得が図られた。 1996(平成8)年に改正され翌年から実施されたカリキュラムは、第三次カリキュラム改正・平成9年カリキュラムといわれ、在宅看護論が立ち上げられている。大学教育への移行促進が図られ、単位制が導入された。さらに、「臨床実習」が「臨地実習」と表記を変え、看護の場の拡大を意識したものとなった。加えて、この後2003(平成15)年、文部科学省から看護教育の在り方に関する検討会報告「卒業時到達目標とした『看護実践能力』の構成と卒業時到達度」が示された。その中で、学士課程で育成すべき「看護実践能力」も示されている。 2008(平成20)年の第四次カリキュラム改正では、背景として2003(平成15)年に示された医療提供体制の改革ビジョンにおいて、医療の高度専門化が進行する中で患者・家族への適切な情報提供や安全で安心できる医療体制の構築が必要とされ、看護基礎教育の充実が求められていたことがある。同時に、新卒看護職員の臨床実践能力の低下が問題となっており、看護基礎教育の内容と臨床現場で求められる能力の乖離が指摘されていた。そこで、専門分野の総単位数を93から97単位とした。「統合分野」「臨地実習」として「看護の統合と実践」が組み込まれた統合実習の導入が行われている。 Ⅲ.国が定めたカリキュラムにおける障害児看護 看護基礎教育において、障害を持つ子どもに関する内容はどんな教育がなされているのであろうか。厚生労働省が定める看護師国家試験出題基準の中で、基礎教育で教授すべき小児看護学の内容は、「小児の成長・発達と健康増進のための小児と家族への看護」と「健康障害のある小児と家族が生活・療養するための看護」に大別され、合わせて11項目が示されている(表2参照)。 そのうち「健康障害のある小児と家族が生活・療養するための看護」は、4つの大項目で構成される。最後の、「小児期特有の症状や疾患を持つ小児と家族の看護」の中に、ハイリスク新生児、先天的疾患と並び『心身障害のある小児と看護』があり、心身障害の定義と種類、発達障害、障害の受容、経管栄養法、小児と家族の日常生活に関わる社会資源活用と援助の5項目が明記されている(表3参照)。 Ⅳ.看護基礎教育における障害児教育の現状 初学者に基礎教育の中で、何をどこまで伝えるべきか。各教育機関は制約の中で、国家試験出題基準を踏まえ工夫を凝らしている。各校のカリキュラムを概観すると、健康障害を持つ子どもと家族の看護の中で重症心身障害の医療・看護をテーマとして1~2コマの授業を行っている場合が多い。複雑な内容を伝えるには、十分な時間ではない。大学によっては、4年次に選択科目として(発達)障害看護を位置付けている。しかしこの場合、履修できる学生数に制約がありすべての学生に等しく機会が提供されているわけではない。 (以降はPDFを参照ください)

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