抄録
重症心身障害にかぎらず種々の疾患による摂食嚥下障害の症状は、食物を飲み込めない、嘔吐や胃食道逆流が頻繁にある、むせやぜん鳴が常にある、流涎がある、鼻漏がある、食べることを拒否する、などさまざまです。
その特徴は、出生後から思春期以降成人に至るまで摂食嚥下機能の獲得(発達)途上にある点です。機能療法の視点からみると、種々の疾病が機能獲得を阻害する因子として働き、年齢にかかわらず摂食に関わる諸機能の発達が妨げられている状態にあり、その対応の基本は機能発達期に対する機能獲得を促す領域、つまりハビリテーションの領域です。
1.対応の基本
摂食嚥下障害に対するハビリテーションの対応の基本は、摂食嚥下障害の原因となる疾病特徴に加えて、成長に伴う摂食嚥下器官の構造的な変化に加えて、運動機能、感覚機能、認知機能の発達変化への必要性です。多様な原因疾患により摂食嚥下機能の発達途上にありながら原因疾患そのものの変化に加えて個々の心身の発育を考慮する必要があるため、長期の対応が不可欠となります。
2.摂取食物と介助
経口摂取の発達を促す食物については、単に誤嚥のリスクの軽減や栄養確保を目的にした食物でなく口腔、咽頭腔の成長、五感の発達、嗜好の変化などを常に考慮した対応が望まれます。このような背景の下に日本摂食嚥下リハビリテーション学会は「発達期摂食嚥下障害児(者)のための嚥下調整食分類 2018」を提示しました。
障害が重度であっても生きる力を育み生涯にわたる生活の質(QOL)を高めるための摂食嚥下障害への対応の基本は、摂食嚥下機能獲得を目指すハビリテーションと五感を使って味わって食べる「食べ方、食べさせ方」による食に関わる新たな機能獲得を促す介助対応です。この点は機能回復を目的にしたリハビリテーションとは異なるところです。食物を単に栄養摂取を目的にした摂食嚥下障害への機能対応だけでなく「味わって食べる」食べ方とそれを教える食べさせ方の対応が必要です。さらに食事は、本来の人への効用である「味わい、寛ぎ」などを感じることで心の健康をも意識した対応が望まれます。摂食嚥下障害のある場合には、代謝の維持とともに発育(成長・発達)を考慮した栄養管理が必要とされ、経口からの栄養摂取困難を考慮した長期にわたるきめ細かな栄養管理も不可欠です。
3.多職種連携の必要性
種々の摂食嚥下障害のある障害児(者)への対応には、医療、福祉、教育等の連携による対応が不可欠であり、多くの専門職が連携して対応を行うことが望まれます。機能不全の基となる疾患の管理を担う医師に加えて、口腔の形態の不調和(高口蓋、開咬、上顎前突、咬合異常など)のある場合には、口腔・咽頭領域の成長変化を考慮しながら口腔領域の機能不全を診断し、種々の装置(舌接触床など)の作製やハビリテーションを行う歯科医の連携も不可欠です。また、誤嚥・窒息などの予防を考慮して摂食を営むために頭頸部が安定した摂食姿勢をとることができるように理学療法士や作業療法士の連携が必要であり、口腔領域の指導訓練を行うためには口腔内を健康に保つための口腔ケアの専門職である歯科衛生士の関与が必要です。また、低栄養や脱水を考慮した摂食嚥下機能の障害程度に合わせた調理形態指導のための管理栄養士、摂食時の呼吸管理や胃瘻や経鼻経管チューブの管理などの医療的ケアを担当する看護師、機能訓練を含めた摂食指導を担当する言語聴覚士などの連携が必要です。
本セミナーでは、ハビリテーションの視点から摂食嚥下障害の諸症状とその対応について提示します。
略歴
向井 美惠(むかい よしはる)
1973年3月 大阪歯科大学 卒業/1974年4月 東京医科歯科大学歯学部医員(小児歯科学)/1978年4月 昭和大学歯学部助手(小児歯科学)/1981年4月 同 講師(小児歯科学)/1989年4月 昭和大学歯学部助教授(口腔衛生学)/1997年5月 昭和大学歯学部教授(口腔衛生学)/2008年4月 昭和大学口腔ケアセンター長(併任)/2013年4月 昭和大学名誉教授/2013年7月 ムカイ 口腔機能研究所所長/2014年12月 朝日大学客員教授 現在に至る