日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム1 重症心身障害看護の“やりがい”を考える
重症心身障害児者の看護に携わる看護師の“やりがい”
仁宮 真紀
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2022 年 47 巻 1 号 p. 33-35

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抄録
Ⅰ.はじめに 重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))が暮らす生活の場で重症児(者)の看護に携わる看護師に対する教育支援体制のさらなる充実が求められている。その背景にある課題として、重症児(者)施設に勤務する3年未満の看護師の離職率は他の医療機関に比較して高いことや1)、新人看護師のみならず中堅看護師も「重症児(者)のニーズの把握」と「重症児(者)の病気や障害の理解」に困難さを感じていること2)などが先行研究によって明らかにされていることが挙げられる。 このような状況のなか、重症児(者)施設に勤務する看護師が仕事を継続するための要素の一つとして、仕事に対するやりがいを抱くことの重要性が指摘されている3)。看護師がやりがいを抱くためには、内的動機づけにより仕事の満足度を高めることが重要であり、個々の看護師が重症心身障害看護の専門性を習得できるように配慮し、その知識や技術を生かせる場の提供を設けることが重要である4)。看護師が重症心身障害看護に対するやりがいを見出していくためには、臨床場面での教育体制の充実や、看護管理面からアプローチする看護師支援体制のさらなる確立が必要である。 それでは、重症心身障害看護ならではの“やりがい”とはいったいどのようなものなのだろうか。看護師が“やりがい”を抱くことで何が変化するのだろうか。この問いを重症児(者)の看護に携わる看護師たちと共に考え、看護師が重症心身障害看護に対するやりがいを抱くためには、どのような教育や支援が必要なのかを検討していくことを目的として本シンポジウムを企画した。 Ⅱ.重症児(者)施設・重症児(者)病棟に勤務する看護師の現任教育 重症児(者)が長期入院(入所)することができる設備を備えている機関の設置主体はさまざまであるため、看護師の現任教育や院内研修などの教育体制は施設によって異なっている。重症児(者)施設や重症児(者)病棟に勤務する看護師の現任教育や院内研修の現状や課題点は、事例報告として過去の日本重症心身障害学会学術集会においても発表されている。その中には、先述したように、個別性の高い重症心身障害看護ならではの教育内容の充実の必要性に関するテーマが取り上げられている。例えば、ポジショニング、呼吸リハビリテーション、摂食嚥下機能を見極めながらの食事介助方法、エンド・オブ・ライフケアやACP(Advance Care Planning)、呼称方法などの接遇を含めた看護倫理などである。しかし、新しく入職した看護師だけではなく、重症心身障害看護の経験が豊富な看護師の両者を対象とした重症心身障害看護に必要とされる看護ケアを体系的かつ統合的に、そして段階的に教育していくための施設内の教育実践方法の報告は稀である。 その一方で、公益社団法人日本重症心身障害福祉協会では、重症心身障害看護の質の向上や人材育成を目指して、重症心身障害看護師制度という同協会独自の研修制度を立ち上げており、重症心身障害看護を担う人材育成のための研修を全国的に展開している。同協会の重症心身障害看護師育成研修の成果の一つとして、離職率の低下が認められている5)。本研修は、重症児(者)に関する医療・福祉・看護・教育を総合的にかつ多角的に学ぶことができるプログラム構成になっており、さらに、グループワークや実習科目において、重症心身障害看護に携わる看護師同士で共通の課題や悩み、葛藤、そして、やりがいや魅力などを共に語り合える場にもなっている。重症児(者)へのケアをとおして、ケア提供者自身がさまざまな方法で成長し、自尊心と幸福感を得ることができるという報告がある6)。看護師同士が共に学び合う場をもち、重症児(者)に対する看護実践の中で自尊心や幸福感を抱いた体験を振り返ることによって、看護師自身の成長や、やりがいにもつながっていくのではないかと考える。 重症児(者)施設数や重症児(者)病棟数は、一般病院や高齢者専用介護施設等の施設数・病床数と比較すると希少である。施設や病棟数が少ないゆえに、重症心身障害看護に携わる看護師を対象とした研修会や勉強会などの機会も少ない。そのため、各々の施設や病棟でその場における歴史や風土形成の価値観を重視しつつも、個別性の高い重症児(者)の看護ニーズに対応するために、試行錯誤を重ねながら看護師の現任教育や新人教育を行っている現状がある。 今後は、公益社団法人日本重症心身障害福祉協会が実施している協会認定重症心身障害看護師育成研修を先駆的な前例とし、個々の施設や病棟内で試行錯誤しながら看護師教育を行うことに加え、重症児(者)の看護に携わる看護師教育のあり方を学術集会などの開催に合わせて全国規模的で情報交換して共有していくことが必要であると考えている。そして、さらなる効果的な看護師教育体制を再構築していくという新たな取り組みに挑んでいくことが必要ではないだろうか。 Ⅲ.やりがいや魅力を「伝えること」と、「見いだすこと」が難しい重症心身障害看護 臨床で看護師の現任教育を担っている管理者や指導者の立場の看護師たちと、重症心身障害看護の教育や研修のあり方を議論する際、新人看護師や経験の浅い看護師に対して、重症心身障害看護のアセスメントや看護技術、そして重症児(者)の全体像を教えたり伝えたりすることに難しさを感じている管理者や指導者が多いと感じている。また、重症心身障害看護のケア方法(代表的なものとして、病棟の日課、重症児(者)とのコミュニケーション方法、ポジショニング方法、薬剤の使用方法、申し送りなど)は、その組織や病棟の文化の影響を受けていることも多々あるため、その組織で形成された文化や背景を伝えることにも苦慮していることも窺える。 そして、指導を受ける側である新卒看護師や他院から転職したり他部署から異動してきた看護師の中には、重症心身障害看護を理解して実践することに難しさを感じ、戸惑いを抱いたまま悶々とした気持ちで仕事をしている看護師もいる。このような両者の困難感や葛藤の背景には、重症心身障害看護特有の難しさの要因となっている対象者とのコミュニケーションが困難であることや、病態生理の複雑さがあると考えられる。さらに、重症児(者)は数年から数十年にわたって同じ施設や病棟に長期入院または入園していることが多いため、重症児(者)のケアを行う看護師との間にも特有な関係性が生じることもある。この特有な関係性は、入院または入所している重症児(者)に対する呼称問題や意思決定支援などに関する倫理的課題としてしばしば議論されている。このような倫理的課題も新人看護師にとっては戸惑いの一因であるだろう。 以上のことから、管理者や指導者の立場の看護師は教育や研修をプログラミングしていく際、その重症児(者)施設や重症児(者)病棟の文化の中で形成された重症心身障害看護に対する歴史、ケア概念、価値観、倫理観を分析し、さらに目覚ましく変化する社会的価値観と照らし合わせながら作り上げていくことが必要である。重症心身障害看護のケア概念や組織内の価値観・倫理観は、重症心身障害看護に必要な看護技術や日常生活援助の意味づけの根拠となっていることも多々ある。そのため、一つひとつのケア方法、一人ひとりとの関わり方の意味づけを、新人看護師に根気強く継続的かつ体系的に伝えていくための体制作りが必要であると考える。そして、現状の教育体制にとどまることなく、急速に変化していく社会の価値観や倫理観の多様性を注視して、新人看護師の価値観や倫理観を理解し、重症児(者)との関わりのあり方やケア方法を再考していくことも必要である。 Ⅳ.おわりに 重症心身障害看護の知識を学び、技術を磨き、そして看護師としての態度や価値観のあり方を常に考え続けていくことが、重症児(者)の生命と生活を守り、育み、発展させていくことに何よりも重要であると考える。これらを考え続けるためにも、看護師がやりがいを持つことは重要な意味を持つ。 看護師が仕事に対してやりがいを抱くことによって、ケアの対象者となる重症児(者)に対する看護実践や看護研究の質の向上や、新たなケアの開発が促進されると考える。さらに、やりがいを抱きながらケアを行う看護師と重症児(者)との相互作用によって、重症児(者)が生活しているその施設や病棟の場の雰囲気が明るく快活になり、施設や病棟内の社会性がより豊かになることも望める。一人でも多くの看護師が、やりがいを抱きながら目の前の重症児(者)に丁寧に真摯に関わっていけることができるような研修や教育支援制度を開拓していきたい。
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