抄録
現在、真菌の総数は7万種とも150万種ともいわている。その中で人に病原性を有する真菌は400種程度とされているが、実際に分離されてくる菌種の数が年々増加を続けていることは、様々な機会に指摘されている。真菌症の診断において、原因菌の分離および同定は必ずしも頻繁に試みられているわけではないが、補助診断法の進歩にも関わらず、確定診断における起因菌分離同定の重要性はまったく失われていない。そればかりか、一部菌種に見られる耐性株の出現や新興再興真菌症の増加などから、その重要性はむしろ高まっているといえる。
一方、病態の解明、各種薬剤の開発などにおいて、対象となる真菌を容易かつ高い品質で入手できるようにしておくことはきわめて重要であり、我が国のみならず世界各国に共通の課題となっている。米国におけるATCC、オランダにおけるCBS、ドイツにおけるDSMZなどは、膨大な菌株を維持・管理しており、様々な施設に供給している。我が国では当センターや帝京大学医真菌研究センターなどがこの事業を担当している。
過去数年の間に、社会情勢は大きく変化した。菌種の同定や菌株の保存事業もこの影響を受け、変貌を遂げつつある。生物多様性条約の出現により海外からの菌株入手は大きな制約を受け、かなりの部分は事実上入手不可能となった。NBRP(National Bioresource Project) の発足に伴い、菌株の資源としての価値が重視されるようになったが、その一方で新感染症法の導入に見られるように、バイオテロ対策を意識した菌株の管理が厳しく求められるようになっている。
本シンポジウムでは、NBRPの一員である当センターにおける真菌の同定と保存の現状を中心として報告しつつ、今後のあるべき姿を考える契機としたい。