2015 年 10 巻 4 号 p. 217-222
【目的】最期までトイレで排泄を希望する患者は多くみられるが,トイレ歩行が行えた最終時期や影響因子についての報告は少ない.【方法】緩和ケア病棟で2010年1月~2011年12月に死亡退院した154名(中央値75.0±11.6歳)のがん患者について,死亡1カ月前・2週前・1週前のトイレ歩行の可否を後方視的に調査した.加えて6項目(①疼痛②呼吸苦③傾眠④せん妄⑤オピオイド投与⑥酸素吸入)の有無を調査し,トイレ歩行/非トイレ歩行の2群間で比較した.【結果】トイレ歩行症例は死亡1カ月前79名(51.3%),2週前54名(35.1%),1週前33名(21.4%)であった.傾眠・せん妄は非歩行群に,呼吸苦は歩行群に有意に高い頻度で認められた.【考察】がん終末期において①トイレ歩行の実態を示した②リハ介入の余地があると思われたが,意識障害の発現と労作時呼吸苦への対策が必要である.
終末期がん患者におけるリハビリテーション(以下リハ)の目的は,「余命の長さにかかわらず患者とその家族の要求を十分に把握したうえで,その時期における日常生活動作(以下ADL;activities of daily living)を維持・改善することにより,できる限り可能な最高のQuality of Life(以下QOL)を実現するべく関わること」に集約される1).ADLは病状の進行に伴って早晩低下せざるを得ないが,患者のQOLは様々で,価値観や希望により一元化されず,患者や家族の意思を尊重したQOL維持・改善のための介入が重要であると考える.
とくに排泄はADLのなかでも尊厳に関わる2), 3), 4)ことが報告されており,Hughesらは進行がん患者へのインタビュー調査を行った結果,排泄の失敗に対する屈辱感や羞恥心の訴えが多く,患者の尊厳を保つためにはそのサポートが重要である5)と報告している.そのため,トイレ歩行がリハ介入目的の1つとなることがある.先行文献では,①死亡1カ月前頃から症状の出現頻度が増加する傾向がみられる,②生存期間が残り2週頃から移動障害の頻度が高くなり始めることが報告6), 7)されている.しかしながら,実際にトイレ歩行が行えた最終時期について報告は少なく,その傾向は十分に明らかにされていない.また,座位は離床しトイレ歩行を行う経過として必要な動作であり,トイレで排泄を行うという部分においても重要な役割を担う動作の1つである.
これらの点をふまえ,本研究の主要な目的は,当院緩和ケア病棟におけるトイレ歩行や座位の最終時期を調査し,トイレ歩行に影響する因子を検証することである.最終的な目的は,終末期がん患者に対する緩和的関わりにおいて,リハがどのように介入できるかの一助とすることである.
2010年1月~2011年12月の2年間に当院緩和ケア病棟で死亡退院したがん患者154名を対象とし,カルテより後方視的に調査を実施した.調査期間は,死亡1カ月前から死亡日までとした.当院緩和ケア病棟への入院期間が死亡から1カ月未満の対象患者に対しては,前病棟カルテから,または聞き取り調査により過去に遡り調査を実施した.本研究において,骨折・麻痺による身体機能低下から生じたトイレ歩行・座位不可症例は2名であり,非歩行群に含めた.また,今回リハの有無に関係なく全症例を対象とした.膀胱直腸障害により尿道カテーテル留置やストーマ増設後であっても,排便・排尿どちらか一方の機能が保てている場合は調査対象とし,今回除外患者は無かった.
2 調査項目と方法(1)死亡1カ月前・2週前・1週前で,座位・トイレ歩行の可否を調査した.
(2)今回先行文献6)を参考とし,がん終末期に高頻度に認められる症状のうち疼痛・呼吸苦・傾眠・せん妄の4項目,高頻度に使用されるオピオイド投与・酸素吸入の2項目を取り上げ,計6項目の有無について死亡1カ月前から調査を行った.
(3)トイレ歩行が実施されている症例をトイレ歩行群,実施されていなかった症例を非トイレ歩行群と分類し,死亡1カ月前・2週前・1週前の2群間で,6項目(①疼痛②呼吸苦③傾眠④せん妄⑤オピオイド投与⑥酸素吸入)の有無を調査し比較した.統計学的処理は,χ2検定またはFisherの正確確立検定を用い,p<0.05をもって統計学的に有意差ありと判断した.動作の定義付けは以下のように行った.座位可は普通型車椅子乗車,ベッド上端坐位または椅子座位での作業(食事・会話・更衣等),ポータブルトイレ使用が可能であるとし,トイレ歩行可は,距離・回数と歩行補助具使用のあり/なしは問わずトイレまでの歩行ができるものとした.また,座位・トイレ歩行の動作は介助あり/なし・自立は問わないこととした.疼痛・呼吸苦・傾眠・せん妄・オピオイド投与・酸素吸入については,重症度や投与量,吸入量を問わず有無について調査した.
なお,本研究は国立病院機構東京病院の倫理委員会で承認を得て実施された.
患者背景詳細は表1に示す.2010年1月~2011年12月において,当院緩和ケア病棟の平均在院日数は,57.0±69.0日であった.在院日数が1カ月未満の症例数は63名(1週間以内:13名,1~2週間:22名,2~3週間:15名,3~4週間:13名)で,1~2カ月間の症例数は43名,2カ月以上入院を継続した症例数は48名であった.
(1)死亡1カ月前・2週前・1 週前において座位・トイレ歩行が可能であった症例数と頻度を図1A-Bに示す.154名中,座位が可能であった症例は,死亡1カ月前で103名(66.9%),2週前で87名(56.5%),1週前で61名(39.6%)と推移した.トイレ歩行が可能であった症例は,死亡1カ月前で79名(51.3%),2週前で54名(35.1%),1週前で33名(21.4%)と推移した.また,死亡1週間以内にトイレ歩行を実施していた症例数は,6日前で28名(18.2%),5日前で25名(16.2%),4日前で21名(13.6%),3日前14名(9.1%),2日前で9名(5.8%),1日前で7名(4.5%),死亡日で2名(1.3%)であった.
(2)死亡1カ月前・2週前・1週前における疼痛・呼吸苦・傾眠・せん妄の発現頻度,オピオイド投与・酸素吸入が実施されていた割合を図2に示す.
①疼痛の死亡1カ月前,2週前,1週前の発現頻度は,各々46.8%,58.4%,59.7%であった.
②呼吸苦の死亡1カ月前,2週前,1週前の発現頻度は,各々23.4%,33.8%,35.7%であった.
③傾眠の死亡1カ月前,2週前,1週前の発現頻度は,各々9.1%,32.5%,50.7%であった.
④せん妄の死亡1カ月前,2週前,1週前の発現頻度は,各々4.6%,16.2%,25.3%であった.
⑤オピオイド投与は死亡1カ月前,2週前,1週前において,各々41.6%,56.5%,61.0%で実施されていた.
⑥酸素吸入は死亡1カ月前,2週前,1週前において,各々24.0%,42.9%,50.7%で実施されていた.
(3)死亡1カ月前・2週前・1週前のトイレ歩行/非トイレ歩行2群間における疼痛・呼吸苦・傾眠・せん妄,オピオイド投与・酸素吸入の頻度と統計的有意差(p値)を表2に示す.
①疼痛は,全時期を通して2群間に有意差を認めなかった.
②呼吸苦は,死亡1カ月前と死亡1週前において,トイレ歩行群で非トイレ歩行群よりも高頻度に出現した(死亡1カ月前p<0.05,死亡1週前p<0.05).
③傾眠は,全時期を通して非歩行群に高頻度に認められた(死亡1カ月前p<0.01,死亡2週前p<0.01,死亡1週前p<0.01).
④せん妄は,死亡2週前と1週前の非歩行群に高頻度に認められた(死亡2週前p<0.05,死亡1週前p<0.05).
⑤オピオイドは,死亡1カ月前の歩行群に高頻度に投与されていた(p<0.05).
⑥酸素は,死亡2週前では非歩行群に高頻度に投与されていたが(p<0.01),死亡1週前では歩行群に高頻度に投与されていた(p<0.05).
当院緩和ケア病棟で死亡退院となった154名について,座位とトイレ歩行の最終時期を調査した.また,死亡1カ月前,2週前,1週前の各時期のトイレ歩行群と非トイレ歩行群における疼痛・呼吸苦・傾眠・せん妄・オピオイド投与・酸素吸入の有無について調査し,2群間を比較した.がん終末期患者において,トイレ歩行と座位の機能がいつまで保たれているかに焦点をあてた報告はこれまでになく本研究が初めての調査である.LunneyらやGillらは,終末期の身体機能低下の軌跡を疾患別に調査し,がん患者は死亡1年前には高い身体機能を保持しているが,死亡3カ月前から急激に身体機能が低下することを報告している8), 9).これらの先行研究は複数のADLを組み合わせて評価しており,トイレ歩行を調査した報告ではないが,本研究におけるトイレ歩行可能な患者の割合が死亡1カ月前51.3%,2週前35.1%,1週前21.4%であった結果と大きく矛盾しないと思われる.死亡1年前からADL自立度の低い進行性認知症や施設入所中の患者群と異なり,がん終末期はADLが比較的保たれていることが確認された.
疼痛は,全時期を通して2群間に有意差を認めなかった.本研究の対象患者においては,疼痛はトイレ歩行の阻害因子ではないと考えられた.疼痛とオピオイド投与は,高頻度かつ死亡1週前にかけなだらかな勾配をとり,その曲線は類似している.疼痛とオピオイド投与の一致率は死亡1カ月前64.9%,2週前63.6%,1週前64.9%であり,中等度の相関が認められた.疼痛に対しては薬物療法等による症状緩和の対策が可能であることが,疼痛が歩行を妨げていないという本研究結果の理由として考えられた.呼吸苦は,死亡1カ月前と1週前においてトイレ歩行群に高頻度に認められた.これは歩行という労作が負荷されたことにより呼吸苦を生じた可能性があると思われた.傾眠は,全時期にトイレ歩行群よりも非トイレ歩行群で高頻度に認められた.全体における傾眠の頻度は,死亡1カ月前9.1%から1週前50.7%と増加の勾配が6項目のなかで最も急であり,これまでの先行研究6), 10)と類似した傾向がみられた.6項目のうち全時期について2群間に統計学的有意差(p<0.01)を認めたのは傾眠のみであり,本研究においては傾眠が最もトイレ歩行に影響を与えている因子と考えられた.せん妄は,死亡2週前と1週前でトイレ歩行群よりも非トイレ歩行群で高頻度に認められた.本研究の対象患者におけるせん妄の発現頻度は傾眠ほど高くなかったが,傾眠と同様にトイレ歩行を阻害している因子の1つと考えられた.オピオイドは,死亡1カ月前のトイレ歩行群で高頻度に投与されていた.これはトイレ歩行という労作によって生じた疼痛に対してオピオイドがより投与されていた可能性がある.しかし,死亡2週前と1週前においては2群間で有意差は認めず,死期が近づくにつれオピオイド投与と歩行の関連性は認められない結果となった.酸素は,死亡2週前の非トイレ歩行群において高頻度に吸入されていたが,死亡1週前ではトイレ歩行群で高頻度に吸入されている結果となった.この結果から,酸素吸入が必要となる時期にADLが低下するパターンをとる患者群と酸素吸入が必要になる時期でもADLを維持でき,歩行という労作のために酸素吸入を必要とした患者群が混在していると考えられた.酸素吸入は全体に占める呼吸苦の割合よりも高い割合で実施されていたことから,本研究の対象患者には十分な酸素吸入が行われているものと考えられた.これらの患者の酸素吸入が必要となる理由については,胸水・肺炎・癌性胸膜炎・リンパ管症・原病の増大による低酸素血症や心負荷軽減目的以外にも呼吸苦軽減など多岐に渡り,本研究の結果を説明できる明確な理由が得られなかった.がん終末期における酸素吸入とADLの関連については更なる検証が必要と思われる.
当院緩和ケア病棟において死亡する1カ月前に約半数の患者がトイレ歩行を,死亡する1週前に約4割の患者において座位が可能であることが明らかとなった.死亡日当日までトイレ歩行を実施している症例も認められ,終末期でもリハ介入の余地があると考察した.座位・トイレ歩行が可能な時期を1日でも長く保つための支援をすることがリハ介入の目標のひとつとなる.時を得た介入を行うためには,がん終末期のADLの推移や終末期に関連する症状の経過を知り予後予測をすることが重要である.本研究結果をふまえリハ介入内容について検討した.
傾眠・せん妄に対しては,日中の運動,覚醒リズムを調整するための介入を行い,ふらつきや転倒への配慮,安全に動作を行える環境調整などが必要である.しかし,がん終末期の傾眠・せん妄は,難治性の症状を呈することも多く11),ADL維持目的のリハ介入には限界がある.この時期は死期が迫っていることを念頭に置き症状緩和を主体としたプログラムや精神的援助が中心になると思われる.このため,現実的にはADL維持を目標としたリハ介入は傾眠・せん妄などの意識障害を発症する前が主体となる.本研究結果からは,疼痛を認めるケースやオピオイドが投与されている場合でも,リスク管理をした上でADL維持目的のリハ介入ができる可能性がある.また,この時期のトイレ歩行を目標にしたリハ介入には労作時呼吸苦対策が必要と思われる.呼吸苦は患者の生命危機を意識させ,生きる意欲やQOLを低下させる大きな原因であり,その緩和は重要な課題である12).呼吸リハにおけるADLへの効果は,日常生活における呼吸困難の軽減であり13),呼吸困難感のある肺がん患者に対する理学療法士による呼吸指導は,呼吸困難・身体活動性・倦怠感を改善することが報告されている14).終末期は,運動耐用能改善へのアプローチは困難なことが多く,病状の進行によりADLは低下せざるを得ない.このため,動作に同調した呼吸法の指導やコンディションの調整,呼吸苦やエネルギー消費などの負担軽減や環境調整・動作法の提案を行い,本人の優先的に実施したいADL動作へ介入することが望ましい.呼吸を調整する方法や安楽な姿勢,動作法については,症状が比較的軽く動ける時期に習得できるよう介入しておくべきである.また,本研究結果から,酸素吸入が開始される時期に急激に全身状態が悪化する患者も存在するため呼吸リハの指導をする際には注意が必要である.一方,酸素吸入下に歩行可能なケースも存在し,ADL維持のためにリハが果たす役割が大きい場合もあると推測される.リハの目標設定をする際には,日々変化する症状や心理的状況を踏まえて,ADL維持・改善目的の介入をするのか,症状緩和を主体とした介入をするのか,その比重を調整し,チームで関わることも重要であると思われる.
本研究の限界は,後方視的研究であること,単一施設での研究であること,症状の有無だけを調査しており量的・質的評価が行えていないこと,せん妄・傾眠の定義が明確ではないこと,癌種や経過が考慮されていない事,リハ介入と非介入の症例が混在している事などが挙げられる.またADLに及ぼす要因は疼痛・呼吸苦・傾眠・せん妄に限定されず多岐にわたっているが,本研究では加味されていない.今後は他の症状や重症度を加味しつつ評価バッテリーを考慮する必要性がある.また,リハ介入の効果についても検討して行きたい.
終末期がん患者におけるトイレ歩行・座位の最終時期を調査し,トイレ歩行に影響する因子について検証した.終末期まで座位・トイレ歩行が保たれる症例が多くみられ,がん終末期においても尊厳やADLを保つためのリハ介入の余地があると思われた.その為には傾眠・せん妄の発現に注意が必要であり,労作時呼吸苦に対してはリハ介入の効果が発揮できるのではないかと思われた.
本研究は,第18回日本緩和医療学会学術大会(2013年6月,神奈川)において報告した.