2015 年 10 巻 4 号 p. 315-320
Liverpool Care Pathway 日本語版(LCP-J)が一般病棟の看取りのケアを改善するか検討した.2014年7月~2015年6月にLCP-J の導入と看護師に緩和ケア教育を行った.主要評価項目は緩和ケアの実践と困難感の変化,副次的評価項目は死亡48時間以内の診療内容とした.介入前後ともに回答を得た19人の看護師の回答を解析した.看取りの実践は有意に改善し(3.00点から3.52点; p=0.042),症状緩和の困難感も有意に改善した(3.56から3.10点; p=0.015).LCP-J は9人の死亡がん患者(40%)に使用し,使用しなかった患者との間で治療や検査の実施に差はなかった.一般病棟でのLCP-J の導入は看取りのケアの実践の改善につながる可能性が示唆された.医療者への負担も考慮し,より有用な看取りのチェックリストと教育プログラムの開発が必要である.
本邦がん死亡者数は年間350,000人を超え,死亡場所別では約80%が病院で1),約9%が緩和ケア病棟で,他は一般病棟である2).過去にがん診療連携拠点病院の看取りのケアの質が低いことが指摘されており3),治癒を目的とした医療を提供するのみでなく看取りのケアを充実させることが必要である.急性期や終末期など求められるケアの質が異なる患者が混在し,医療者には看取りのケアに対する困難感も存在している.
Liverpool Care Pathway(LCP)は,臨死期の患者と家族が安楽に安心して看取り期を過ごすことを目的とした,チェックリスト方式のクリニカルパスで4),英国を始め死亡したがん患者の遺族調査で家族ケアや症状コントロールにおいて有用であった報告があるが5~7),エビデンスは十分でない.本邦での導入は,臨死期のケアの充実に寄与する可能性があると示唆されてきている状況で8~14),困難感の軽減や教育ツールとなる可能性がある.
今回,われわれは一般病棟にLCP を導入することが看護師の看取りのケアの質の向上と困難感の軽減につながるか検討した.
患者が数日以内に亡くなると予測される場合に適用され,「初期アセスメント」で患者状態を再度アセスメントし治療やケアの目標を修正し,「継続アセスメント」で症状緩和が適切に行われ安楽が保たれているアセスメントし,「死後の処置」で死亡時の対応をアセスメントする.そしてバリアンスを提示し,対処を行うもので,日本語版は2007年に発表されている15, 16).
2 LCP 日本語版の導入と緩和ケアの教育プログラム表1に示す.導入および実施の方法は,一般病棟でのLCP 導入方法が確立されていないため,LCP 日本語版研究普及グループのコメント17)を参考に作成した.
3 調査対象地域がん診療連携拠点病院の岐阜市民病院で,精神科を除く全診療科の患者が入院しうる混合病棟の看護師とした.対象病棟は全室個室だが,緩和ケア入院料可算は算定しておらず,良性疾患の入院にも対応している.緩和ケアチームと週1回カンファレンスを実施している.がん患者および非がん患者の年間平均死亡者数は約40名で,終末期がん患者の心肺蘇生実施は概ね年間3人以下で推移している.
4 調査手順自記式の調査票を配布し,回収した.介入前調査は2014年6月に,介入後調査は2015年1月~2015年7月に実施した.診療内容は,死亡がん患者の診療録ならびにLCP日本語版の記載から調査した.
5 調査項目調査対象の背景(性別,年齢,緩和ケア病棟勤務経験),自己式の調査票,がん患者の診療内容とした.調査票は,緩和ケアに関する実践の自己評価尺度,緩和ケアに対する困難感尺度,緩和ケアに関する知識の自己評価尺度を使用した.これらの尺度は信頼性・妥当性が保証されている以下の尺度を使用した24, 25).
実践の自己評価尺度であるPalliative Care Self-Reported Practices Scaleは,疼痛,呼吸困難,せん妄,看取りのケア,コミュニケーション,患者・家族中心のケアの6領域の計18項目を5件法で回答を得た.困難感尺度であるPalliative Care Difficulties Scaleは,症状緩和,専門家の支援,医療者間のコミュニケーション,患者・家族とのコミュニケーション,地域連携の5領域の計15項目からなり5件法で回答を得た.知識の自己評価尺度であるPalliative Care Knowledge Testは,理念,疼痛・オピオイド,呼吸困難,せん妄,消化器症状の5領域の計20項目からなり,回答を得た.
診療内容に関しては,患者の背景として性別,年齢,入院期間,がん種を調査し,さらにLCP日本語版への記載,LCP日本語版の使用日数,死亡48時間以内の検査や治療,ケアを調査した.
6 倫理的配慮岐阜市民病院倫理審査委員会の承認を得て,調査対象の調査票の回答に関しては,研究の目的・意義について文書で説明して同意を得,連結可能匿名化し回収した.LCP日本語版の開始にあたって,看取りのケア計画の説明の際に家族に説明した.対象施設では個人情報の使用に関しては入院時の包括的同意を得ている.大学病院医療情報ネットワーク研究センターに試験情報を登録し(UMIN000015111),LCP日本語版研究普及グループに使用登録して実施した.
7 解析緩和ケアに関する実践,困難感,知識の自己評価尺度に関しては介入前後で対応のあるt検定を用いて比較した.実践に関しては看取りのケアの領域と全体の平均得点を,困難感に関しては症状緩和,医療者間のコミュニケーション,患者・家族とのコミュニケーションの3領域と全体の平均得点を,知識に関しては平均正答率を算出した.変化の大きさの指標としては効果量を算出した.効果量は平均値の差を介入前後の標準偏差の平均値で除したもので,0.2,0.5,0.8を境に小さな,中等度の,大きな効果量と判定した26).
LCP群と非LCP群で患者背景,死亡48時間以内の血液検査,輸液,オピオイド使用,鎮静,抗菌薬使用,心肺蘇生を比較した.
主要評価項目は緩和ケアに関する実践および困難感の変化,副次評価項目は死亡48時間以内の治療・ケア・検査の内容とした.緩和ケアに関する知識の変化も評価した.有意水準はp<0.05とし,統計学的解析はStatistical Package for the Social Science ver.21.0(IBM社)を使用した.
介入前調査で21人,介入後調査で22人から回答を得た.2時点とも回答を得られた19人を解析対象とした.対象者の内訳は30歳未満7人(36%),30~39歳3人(15%),40~49歳6人(31%),50歳以上3人(15%)であった.1名男性で,緩和ケア病棟勤務経験者はいなかった.
1 緩和ケアに関する実践および困難感,知識の変化表2に示す.実践の自己評価は看取りのケアの領域が有意に改善し,困難感の自己評価は症状緩和の領域で有意に改善したが,医療者間のコミュニケーションの領域では有意ではないものの悪化した.知識は平均正答率が有意に改善した.
2 死亡48時間以内の治療・ケア・検査の内容9カ月間で,22人のがん患者が死亡し9人にLCP日本語版を使用した(使用率40% 95%信頼区間;20.7-63.6%).LCP群と非LCP群に分けて表3に示す.使用日数は平均4.8日で7日以内が88.8%であった.非LCP群は13例で,理由は急変による死亡7例(53%),多職種で判断する前に死亡(時間外や入院日数が短い)3例(23%),ケアプランの変更が不可能(担当医や家族の意向)2例(15%),合併症による死亡1例(7%)であった.
本研究で,一般病棟におけるLCP日本語版の導入と看護師に対する緩和ケア教育は看取りのケアの実践を改善させる可能性が示唆された.これは本邦の緩和ケア病棟での報告や一般病棟の事例報告で示された結果と矛盾しない結果であった8~12).
一方,LCP日本語版の使用率が40%と高くなかった.過去の報告27)でもLCP日本語版が使用できない要因として急変,急速な病状変化などがあり,54%に留まっている.看取りのチェックリストを導入することが全症例の看取りの指針とはなりえないことは留意する必要がある.LCPと予後短縮のリスクがしばしば議論されるが,今回,LCP群と非LCP群の間で入院期間に統計的有意差はなかった.緩和ケアチームと病棟看護師,主治医が予後を十分に討議し,回復可能性のない患者のみを対象にLCPを導入したことから,LCPによる予後短縮のリスクは回避できたと考える.
先行研究でLCP導入課題として看取りのケアの教育と導入をサポートするバックアップ体制の重要性が示唆されている13, 28).とくに一般病棟では看取りのケアに習熟していない医療者が勤務していることもあり,病状変化やアセスメント結果に応じ,随時カンファレンスや意見交換を実施して密にケアの方針を統一していく必要があると考えられる.
本研究は単群介入研究で,評価が自己評価尺度のみで遺族評価がされておらず,本介入が看取りのケアの質の向上に直結していたか断言できない.単施設で,比較的少人数を対象とした研究で,他の病院や大規模で実施した場合に研究結果が再現されるかわからない.
LCP群と非LCP群の間で診療内容に大きな差はなかった.LCP日本語版を導入することを考慮して全がん患者のケアを行ったことで使用しなかった患者にも自然にケアの再評価が実施されたのかもしれない.看取りのパンフレットの使用に有意な差を認め,非LCP群で心肺蘇生の実施がみられたが,これらは使用できなかった理由(予期せぬ急変や担当医や家族の意向でケアプランの変更が不可能であったこと)と関連しているであろう.
英国でLCPは段階的廃止となっており29),宗教観や家族への配慮,文化的背景など日本ならではの看取りの慣習があり,より日本に適したチェックリストの作成が必要である.過去にもLCP日本語版の医療者に対する負担も指摘されており28),より負担の少ないチェックリストの作成が望まれる.そして,チェックリストの導入に関しても,多施設での実施可能性や負担軽減なども考慮された教育プログラムを作成していく観点が必要であると推測される.
一般病棟におけるLCP日本語版の導入と看護師に対する緩和ケアに関する教育は看取りのケアの実践の向上,症状緩和に関する困難感の軽減につながる可能性が示唆された.今後もより有用なチェックリストの作成や教育プログラムの開発が必要と考えられた.