Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
硬膜外鎮痛併用でメサドンを開始したがん疼痛2症例
仙田 正博石川 慎一上川 竜生福永 智栄
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2016 年 11 巻 2 号 p. 510-514

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Abstract

【緒言】メサドンのオピオイド換算比は一定でなく,切り替えに伴う痛みの増強が懸念される.硬膜外ブロックを併用してメサドンを導入した2症例を報告する.【症例1】55歳,男性.大腸がん再発による会陰部痛.経口オキシコドン600 mg/日でも強い持続痛と突出痛のため画像診断が不可能であった.腰部持続硬膜外ブロックとメサドン45 mg/日を併用し開始した.約2週間後メサドン75 mg/日で持続痛はほぼ消失し,MRI撮影が可能となった.【症例2】62歳,男性.前立腺がん脊椎転移による両下肢痛.経口オキシコドン300 mg/日でも体動困難な痛みが継続した.腰部持続硬膜外ブロックとメサドン30 mg/日を併用し開始して痛みが軽減,放射線治療が可能となった,退院時にはメサドン45 mg/日でほとんど痛みを訴えなかった.【結論】硬膜外ブロックにより痛みの増強なく,メサドンへの円滑な切り替えが可能となった.

緒言

十分な鎮痛が得られないがん患者に用いる強オピオイドとしてメサドンが使用可能となった.しかしオピオイド換算比は一定でなく,他のオピオイドからの切り替え時に,不足による痛みの増強,あるいは過量による傾眠・呼吸抑制などの副作用が懸念される.今回,高用量オキシコドンで除痛困難な2症例において,持続硬膜外ブロックを用いて強い痛みを伴うことなくメサドンに切り替えることが可能であったので報告する.

なお報告において個人が特定されないように十分な倫理的配慮を行った.

症例提示

1 症例1

【症 例】55歳,男性

【診 断】上行結腸がん術後,骨盤内再発

【現病歴】10年前,上行結腸癌手術を施行した.4年前,腹膜再発をきたして直腸手術を行った.3年前の骨盤内CTにて骨盤内リンパ節腫大と再発を疑う脂肪織の濃度上昇を示したため,がんの骨盤内再発と診断した.会陰部痛が増強してきたため,3カ月前に当科に紹介となり上下腹神経叢ブロックを施行したが無効であった.ロキソプロフェン180 mg,クロナゼパム1 mg,プレガバリン150 mgに加え,経口オキシコドンを600 mg/日(ベース徐放製剤400 mg+レスキュー速放製剤40 mg×5回)まで増量しても痛みは軽減しなかった.画像診断による精査を試みたが痛みにより短時間の仰臥位も困難なため入院下にメサドン導入を計画した.

【入院時現症】会陰部のズキズキとする持続痛としばしば強い突出痛を訴えた.持続痛はNumerical Rating Scale(以下NRS)3-4/10,突出痛はNRS 10/10の痛みが誘因なく生じた.突出痛時はオキシコドン速放製剤を内服する動作も困難となる場合が多かった.

【入院後経過】痛みによる不眠および体動(寝返りおよび仰臥位の継続)困難のため腰部持続硬膜外ブロックを行った.硬膜外穿刺はL5/S1レベルから傍正中法にて行い,刺入の深さ3 cm,尾側に向け5 cmカテーテルを留置し皮下トンネルを7 cm作成した.患者自己調節鎮痛(Patient Controlled Analgesia以下PCA)としてクーデックシリンジェクター120PCA(大研医器)を用いた持続硬膜外PCAを行い,0.2%ロピバカインをベース3 ml/hr,ボーラス3 ml,ロックアウトタイム30分の設定で開始した.尿閉を訴えたためロピバカイン濃度を0.15%へ減少したところ,翌日には尿閉が改善した.硬膜外ブロック開始とともにメサドン45 mg/日を投与し1週間ごとの増量を計画した.入院8日目にメサドン60 mg/日に増量し硬膜外持続投与を中止しボーラスのみとしたが,痛みは増強しないため翌日に硬膜外ブロックを終了した.NRS 4/10の持続痛が残存したため入院15日目にメサドンを75 mg/日に増量した.入院17日目に持続痛はほぼ消失したため,以後はメサドン75 mg/日とオキシコドン速放製剤40 mg/回の併用で痛みをコントロールして入院19日目には放射線治療目的に転院となった.突出痛のNRSに変化はなかったが頻度が減少し,仰臥位を30分以上保つMRI撮影や放射線治療(骨梁間型仙骨内部転移に対して39 Gy×13回の照射)が可能となった.骨盤MRIでは,右S1神経根へ浸潤を示す仙骨転移像を示した.退院1年3カ月後においても当院外来通院中であり,メサドン75 mg/日とレスキュー薬のオキシコドン速放製剤40 mgは2週間に2-3回の頻度で内服してNRS 3/10前後で管理できている.

経過を図1に示す.

図1 症例1経過表

オキシコドン徐放製剤は硬膜外ブロック開始と同時に中止し,レスキュー薬として速放製剤1回40 mgを使用した.

2 症例2

【症 例】62歳,男性

【診 断】前立腺がん脊椎転移

【現病歴】2年前に前立腺がん,直腸浸潤,多発骨転移を指摘され,腰痛に対して放射線治療(第4腰椎から仙骨に3 Gy×10回)を行った.2カ月前より尾骨周囲と両下肢の痛みが増強し,エトドラク400 mg,メコバラミン1500 μg,経口オキシコドン300 mg/日(ベース徐放製剤200 mg+レスキュー速放製剤20 mg×5回)でも痛みが軽減しないため,入院でのメサドン導入および放射線治療を計画した.

【入院時現症】両側下腿の絞られるような持続痛と右大腿部にNRS 10/10の激痛を訴えた.痛みによる睡眠障害に加えて,尿意や便意に伴ってとくに痛みが増強した.骨シンチやCT画像所見から仙腸骨への広範な転移と右大腿骨転移による痛みと診断した(図2).

図2 症例2の骨シンチ画像

症例2のメサドン切り替え前の骨シンチ画像.椎骨および骨盤はほぼすべて転移が認められ,大腿骨,上腕骨,肩甲骨,肋骨などにも多発転移を認める.

【入院後経過】痛みにより体動も困難なため腰部持続硬膜外ブロックを行った.硬膜外穿刺はL3/4レベルで深さ3 cm刺入し,尾側に先端が仙骨上縁に位置するようにカテーテルを留置した.皮下トンネル7 cm作成した.症例1と同じ製品を用いて硬膜外PCAとして0.2%ロピバカインをベース2 ml/hr,ボーラス3 ml,ロックアウトタイム30分の設定で開始した.ブロック2日目に右下肢筋力テスト(Manual Muscle Testing以下MMT)4を示したが同一体位保持が可能となり,右大腿骨転移部に疼痛緩和目的の放射線治療(3 Gy×10回)を開始した.ブロック13日目にメサドンへの切り替えを30 mg/日から開始した.ブロック15日目に右下肢のしびれが出現し,脱力(MMT 2)が増強した.ブロック18日目に膀胱・直腸障害が出現し同時に痛みが軽減したため,硬膜外PCAベース1 ml/hrへ減量した.ブロック21日目にメサドン45 mgへ増量して持続硬膜外カテーテルを抜去した.突出痛にはオキシコドン速放製剤(10 mg/回)併用で対応した.残存した痛みに対してメサドン60 mg/日まで増量したところ眠気が増強したため,増量6日後に45 mg/日に減量して維持した.右下肢の筋力低下に対して入院中に継続的にリハビリテーションを行ったが筋力は改善しなかった.痛みも軽減し放射線治療も終了したため,車椅子を使用して入院52日目に自宅退院となった.退院後安静時に痛みはなく,体動時のみ股関節痛が生じたがオキシコドン速放製剤10 mgにて対応可能であった.退院2カ月後に自宅にて永眠された.

経過を図3に示す.

図3 症例2経過表

オキシコドン徐放製剤は硬膜外ブロック開始と同時に中止し,レスキュー薬として速放製剤1回10 mgを使用した.

考察

メサドンは1937年にドイツで合成された長時間作用型の強オピオイドであり,世界では古くから使用されている.安価かつ神経障害障害性の痛みにも効果を示す一方,オピオイド換算比が一定でないため13),切り替えが困難である4).とくに高用量の強オピオイドから切り替える場合には最大投与開始量(45 mg/日まで)や増量制限(7日ごとの増量)の制約のため,オピオイド量不足による痛みの増強が懸念される.今回の2症例は,高用量オピオイドを要するがん疼痛に対して腰部硬膜外ブロックを併用してメサドンへの切り替えを行った本邦で初めての論文報告である.

これら2症例はともに高用量オキシコドン製剤を内服しても激しい痛みがある状態で当科に紹介された.したがって,まずは速やかな鎮痛を行いながらメサドンへの切り替えが可能となるインターベンション治療の適応を考慮した.がん疼痛に対するインターベンション治療は他の鎮痛法で十分な鎮痛効果が得られない場合や副作用のために十分な鎮痛薬(オピオイド)の全身投与が行えない場合に有用である5).インターベンション治療のうち神経ブロック治療として局所麻酔やオピオイドを用いた硬膜外ブロック,くも膜下ブロック,あるいは,神経破壊を行うくも膜下サドルブロック,不対神経節ブロック,上下腹神経叢ブロック,腹腔神経叢ブロックなどがある.今回の2症例では限局した腰下肢の痛みであること,体動および長時間の同一姿勢が困難なことから硬膜外ブロックを選択した.硬膜外ブロックにより,メサドンの切り替えにおける鎮痛補助法としての役割に加えて,至適投与量までの調節が可能となった.その結果,安静保持が必要な検査および放射線治療を行うことができ,さらに痛みの軽減が得られレスキュー薬使用量が減少した.これら2症例の痛みの部位は,仙骨硬膜外ブロックがより効果を示す腰殿部である.しかし腫瘍が仙骨を破壊しながら増大していること,穿刺部位が不潔になりやすいことなどから腰部硬膜外ブロックを選択した.

硬膜外ブロックは,硬膜外腔へオピオイドや局所麻酔薬を投与して体性痛と内臓痛を分節的・可逆的にブロックできる方法で,慢性の腰下肢痛や術後鎮痛にも用いられている.一方で,副作用としては運動神経麻痺による筋力低下,尿閉・排便困難,低血圧などがある.症例1は,硬膜外ブロックにより強い突出痛を軽減させ,放射線治療を可能にした.ブロック開始後まもなく尿閉を訴えたが,濃度を減少させることで尿閉は改善した.そのため合併症として受け入れられていた.症例2では,経過中に生じた下肢脱力が回復しなかった.同時に痛みが軽減したこと,低濃度・少量の投与量,硬膜外ブロック中止後も改善しないことから,原疾患の進行による下肢麻痺が進行したと推測された.事前の説明は行っていたが合併症による影響と受け止めていた.2症例ではいずれも低濃度局所麻酔薬を使用したが,オピオイドのみを用いた硬膜外ブロックでは下肢麻痺を起こしにくいため今後検討すべき項目である.このようにがん疼痛患者では原疾患の悪化による麻痺や尿閉の進行,易感染性による硬膜外膿瘍や血腫などをいつも念頭に置く必要がある.

以上の注意点を踏まえたうえで,強い痛みになる前にメサドンへ切り替えを行うことが基本ではあるが,高用量の強オピオイドで十分な鎮痛が得られていない症例におけるメサドン切り替えにおいて持続硬膜外ブロックを併用することは有用な選択肢の一つであると考えられた.

結語

高用量の強オピオイドでも痛みの管理が困難ながん疼痛に対して,持続硬膜外ブロックを用いてメサドンへの切り替えが可能であった2症例を経験した.

References
 
© 2016日本緩和医療学会
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