Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
Bereavement Risk Assessment Tool 日本語版の作成:家族を対象とした予備的検討
廣岡 佳代坂口 幸弘岩本 喜久子
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2016 年 11 巻 3 号 p. 225-233

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Abstract

【目的】Bereavement Risk Assessment Tool (BRAT)日本語版を作成し,実施可能性を検討する.【方法】緩和ケア病棟,在宅支援診療所で緩和ケアを受けるがん患者の家族を対象にBRAT日本語版を使用し,リスクアセスメントを行った.また,がん患者の家族は質問紙に回答した.【結果】がん患者の家族25名が調査に参加した.リスクレベル評価では,リスクレベル2(最小リスク)が7名(28%),リスクレベル3(低リスク)が8名(32%),リスクレベル4(中リスク)が9名(36%),リスクレベル5(高リスク)が1名(4%)であった.【結論】BRAT日本語版の予備的調査を実施した.今後,遺族を含めた調査を行い,リスクレベルに応じた支援を検討する必要がある.

緒言

大切な人との死別後,遺族はグリーフを経験する.死別によって経験されるグリーフは,一時的な反応であり,正常な反応である.通常のグリーフは,感情的反応(思慕,怒りなど),認知的反応(非現実感,無力感など),行動的反応(引きこもり,探索行動など),生理的・身体的反応(食欲不振,睡眠障害など)に分類される1).坂口ら2)は,家族介護者が死別後に抱える心残りと精神的健康状態は有意に関連しており,このような思いを軽減するためにも遺族支援は必要であると述べている.終末期の過ごし方が死別後のグリーフに影響するため,遺族ケアは療養中から始められることが望ましいことも示唆されている3)

諸外国では遺族支援が提供されている.例えば,アメリカでは自宅や施設など療養の場にかかわらずメディケアによるホスピスケアが提供されており4),その一環としてほとんどの機関(92.1%)で死後1年間は遺族に対し,電話や訪問などのビリーブメントサービスが無償で行われている5).しかし,日本ではそのような体制は整っておらず,ホスピス緩和ケア病棟による手紙の送付や追悼会の開催6,7)や遺族外来8)といった遺族支援が各施設の裁量で行われている.

遺族に適切な支援を提供するために,死別後に起こりうるリスクを患者の生存時からアセスメントする必要性が示唆されている9).遺族のビリーブメントリスクアセスメントは,資源が限られたなかでサービスを必要とする遺族に提供するために重要な遺族支援の一つである.諸外国では,いくつかのリスクアセスメントツールが作成され,臨床の場で使用されている1012).日本でもアセスメントツールは開発されているが13),臨床実践に応用されるような標準化されているアセスメントツールは未だなく,医療者は家族が抱える問題や心理社会的リスクを個人の経験値に応じて,アセスメントする現状にある.家族のリスクを判断し,適切な支援を提供するためには,経験が少ない医療者でもわかりやすい簡素化されたツールが必要である14).そのため,我が国においても,家族を早期から支援できるように臨床実践で活用可能なビリーブメントリスクをアセスメントするツールを開発していくことが求められる.

カナダのビクトリアホスピスでは,ビリーブメントケアを専門とする医療者らによってBereavement Risk Assessment Tool(以下,BRAT)が開発されており,早期から家族情報の共有とビリーブメントリスクの評価,その支援に向けて活用されている12).BRATは,今後,日本の臨床実践において日本での遺族支援に向けたひとつの枠組みとして,有用なツールになると考えられた.本研究の目的は,カナダのビクトリアホスピスで開発されたBRATの日本語版を作成し,その実施可能性を検討することである.

BRATの概要

BRATは,2003年にカナダのビクトリアホスピスで開発されたアセスメントツールである.主に,緩和ケアを受けている患者の家族介護者を対象に,ビリーブメントのリスク要因を死別前からアセスメントすることを目的としている.このツールの使用により,死別後にビリーブメントが複雑化すると予測される要因を死別前からアセスメントすることが可能となる12,14)

BRATは,36項目のリスク要因と4項目のリスクを軽減する要因の計40項目から構成されている.リスク要因として,社会資源,過去の喪失体験,コーピングスタイル,精神疾患歴,認知・知的障がいの有無,トラウマや暴力の有無,故人との関係性,死に対する意識などがあり,臨床で簡便にアセスメントできるよう設計されている.各項目に点数が配分されており,該当項目の累計により,ビリーブメントのリスクレベルが5段階(リスクレベル1:既知のリスクはない,リスクレベル2:最小リスク,リスクレベル3:低リスク,リスクレベル4:中リスク,リスクレベル5:高リスク)に分類され,各リスクレベルに応じたサービスが提供されるように構成されている.

方法

1 BRAT日本語版の作成

まず,BRAT日本語版の作成にあたり,BRAT開発の中心メンバーであるCaelin Rose氏に日本語版作成の許可を受けた.BRATの作成では,翻訳,バックトランスレーションを行った.翻訳作業は日本人翻訳専門家,外国人翻訳専門家2名(日本語,英語のバイリンガル)に依頼した.翻訳の過程では,文化的相違を考慮して翻訳項目を見直した15).いずれもすべての項目においてほぼ同じ単語を用いた.その後,Rose氏に逆翻訳したBRATの英語版を確認してもらい,了承を得て,BRAT日本語版の完成とした.翻訳作業終了後,BRATは,緩和ケアを専門とする医師,看護師,遺族支援を専門とする大学教員,ソーシャルワーカーの10名によるレビューを受けて修正をすすめた.BRATの項目を表1に示す.

表1 BRAT項目

2 予備調査

1)調査内容

(1)基本属性

患者の年齢,性別,診断部位,家族年齢,性別,職業,宗教の有無・信仰の程度

(2)抑うつ

家族の現在の抑うつを測定するためにCES-D14)(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)を用いた.CES-Dは,米国国立精神衛生研究所が開発したうつ病の疫学研究用の自己評価尺度である.日本語版も開発されており,その妥当性、信頼性も確認されている16).CES-Dは,悲嘆に関する先行研究でも用いられている13).抑うつは家族・遺族の多くが経験するため,リスクレベルとの関連を確認するために本調査でもCES-Dを採用した.CES-Dの質問数は20項目である.高得点であるほど抑うつが高く,総得点で16点以上の場合はうつ傾向があると判定される.

(3)健康関連QOL

健康関連QOLを測定するために包括的健康関連QOL尺度(HRQOL: Health Related Quality of Life)であるSF-8を用いた17).SF-8は,身体機能,日常役割機能,体の痛み,全体的健康感,活力,社会生活機能,日常役割機能,心の健康の8項目で構成される.0〜100点までの配点で得点が高いほどQOLが高いと判定する.国民標準値50に基づくスコアリングによって算出した各領域の得点およびサマリースコアを用いて,日本国民一般の平均との比較が可能である.グリーフが遺族の健康状態に関連すると考え,本調査においてSF-8を採用した.

(4)自尊感情

自尊感情を測定するためにMimura18)らによって開発されたRosenberg自尊感情尺度日本語版(Japanese Version of the Rosenberg Self Esteem Scale; RSES-J)を用いた.本尺度の信用性,妥当性も検討されている.自尊感情の低さは,グリーフの程度と関連することが報告されており14),本調査でもリスクレベルと関連すると考え採用した.この尺度は10項目からなり,4段階(1.強くそう思わない〜4.強くそう思う)で評価を行う.得点が高ければ高いほど,自尊心が高いことを示す.

(5)ソーシャルサポート尺度

ソーシャルサポートのサイズを測定するために,「困ったことがあるときに,本当に助けになってくれる人があなたの身の回りにはすぐに思いつくだけで何人おられますか?」という項目を用いた.この他,情緒的サポートの測定として社会的支援尺度を参考に作成し,身の回りに安心できる人の有無,辛いとき話を聞いてくれる人,用事を足してくれる,頼れる人の有無を確認した.ソーシャルサポートの少なさはリスクレベルと関連することが指摘されているため,本調査でソーシャルサポートを測定した.

2)調査対象

緩和ケアサービスを受けており,終末期にあるがん患者の家族で,20歳以上であること,十分な日本語の読み書き能力を有すること,強い不安や抑うつなどの強い精神的苦痛がないこと,聴覚障害,認知障害がなく,質問内容を理解し答えることが可能で研究参加への許可,または,中止についての意思表明ができること,とした.

3)データ収集方法

研究協力の得られた緩和ケア病棟3カ所,在宅支援診療所1カ所で予備調査を実施した.患者の家族介護者に質問紙に回答してもらい,各施設の医師,看護師,ソーシャルワーカーはBRATアセスメントシートの該当項目に記入した.2012年10〜12月にデータを収集した.参加を依頼した25名の家族が協力した.また,BRATを用いたアセスメントには15-30分程度を要した.

4)データ分析方法

まず,BRATのリスクレベル,家族の個人属性等に関する記述統計を算出した.次に,BRAT各項目間の関連を確認するために,ピアソンの相関係数を求めた.その後,BRATリスクレベル2群(リスク低群,リスク高群)に分類し,リスクレベルと各項目の関連を確認するためにカイ二乗検定を求めた.分析には統計パッケージSPSS ver.21.0 を使用し,有意確率は両側p<0.05とした.

5)倫理的配慮

本研究は,札幌医科大学の倫理審査委員会の承認および,研究参加施設の倫理委員会の承認のもと実施した.倫理委員会がない施設に関しては,各施設長の承認をもって実施した.研究協力者には,研究の目的,方法などを口頭と文書にて説明し,同意を得た.

調査・研究の成果

1 対象者の概要(表2

研究協力者は25名であった.家族介護者の平均年齢は,59.1歳(SD=10.9)で,84%が女性であり,患者との続柄は配偶者13名(52%),子ども10名(40%)であった.家族介護者の18名(72%)が,身の回りに安心できる人がいると回答し,それらの人たちは自分のつらい時に話を聴いてくれる(80%)と回答した.CES-Dの平均スコアは13.96(SD=9.0)で,カットオフ値 の16点未満 が15名(60%),16点以上が10名(40%)であった.SF-8の身体的健康値は49.7(SD=8.7),精神的健康値は44.9(SD=9.8)であった.

表2 患者および家族の背景(n=25)

2 BRATリスクレベル

1)研究協力者のリスクレベル

リスクレベル評価では,リスクレベル1(既知のリスクはない)は0名であり,リスクレベル2(最小リスク)が7名(28%),リスクレベル3(低リスク)が8名(32%),リスクレベル4(中リスク)が9名(36%),リスクレベル5(高リスク)が1名(4%)であった(表3).

表3 BRATリスクレベル(n=25)

患者との死別後に評価する6項目を除いた,「I. b)患者または故人の親/保護者である」,「II. a)重度の精神疾患がある」「II. b)重度の認知・知的障がいがある」「IV. a)薬物乱用/依存がある」「IV. b)自殺を考えたことがある」「IV. c)具体的な自殺計画や実行歴がある」「V. 信仰/スピリチュアルな苦悩がある」「VI. c)最近、死別以外の喪失があった」「VII. a)過去の死別で未解決の問題が存在する」「VII. d)子どもの頃に親/保護者の死または喪失を経験した」「VIII. b)サポートを受けるうえで文化や言葉の問題がある」「VIII. d)患者/故人との関係性に問題がある」「X. a)患者が35歳以下である」の13項目に該当する家族介護者はいなかった.また,IX.子どもに関連する4項目に該当する家族もいなかった.

2)BRAT各項目間の関連

BRAT各項目間の関連を確認した結果,「IV. d)現在や今後の自分自身のコーピングに対する不安がある」は,「X. b)死に対して心の準備ができていない」(r=0.69, p<0.001),「IV. g)利用可能なサービスやサポートを拒否している」は,「VII. c)3年以内に2人以上が死亡した」(r=0.69, p<0.001)と正の相関があった.「VIII. c)ソーシャルサポートが欠如している/社会的孤立状態にある」は,「IV. e)ストレス反応が強く、怒り、自責の念、不安など高い感情的状態にある」(r=0.53, p=0.007),「X. e)医療提供者に対する特定の怒りがある」(r=0.54, p=0.006)と正の相関があった.

3)BRATの各項目とCES-D, RSES-Jとの関連

CES-Dの合計得点とBRAT各項目の関連を確認した結果,「IV. d)現在や今後の自分自身のコーピングに対する不安がある」(r=0.40, p=0.049),「X. b)死に対して心の準備ができていない」(r=0.57, p=0.003)と正の相関があった.

RSES-Jの合計得点とBRAT各項目の関連を確認した結果,リスクを軽減する要因の項目である「XI. a)効果的に適応するために備え持っている信仰や信念」(r=0.47, p=0.019),「XI. d)ビリーブメントの助けとなるスピリチュアルな信念、宗教的な信念」(r=0.56, p=

0.003)と正の相関があった.

4)BRATリスクレベルと,個人属性,CES-D

BRATリスクレベルを低い群(2, 3)と高い群(4, 5)の2群に分類し,性別,患者と家族介護者の続柄,宗教の有無,ソーシャルサポートの有無,CES-D, RSES-J, SF8(身体健康度,精神健康度)との関連を確認した結果,有意な関連性はみられなかった(表4).

表4 BRATアセスメント項目とリスクレベルの関連(n=25)

5)BRATリスクレベルとBRAT項目との関連

また,リスクレベル両群とBRAT項目との関係を確認した結果,「IV. e)ストレス反応が強く,怒り,自責の念,不安などの感情が強い状態にある」(p=0.001),「VIII. a)ソーシャルサポートが欠如している/社会的孤立状態にある」(p=0.04)の2項目がリスクレベルの高さと有意に関連していた(表5).

表5 BRATアセスメント項目とリスクレベルの関連(n=25)

考察

BRAT日本語版の予備的調査を実施した.今後,臨床実践において有用なツールになると考えられる.がん患者家族対象のBRAT日本語版を用いたリスクレベル評価では,リスクレベル1(既知のリスクはない)は該当者がなく,リスクレベル2(最小リスク)が7名(28%),リスクレベル3(低リスク)が8名(32%),リスクレベル4(中リスク)が9名(36%),リスクレベル5(高リスク)が1名(4%)であった.BRATを用いた先行研究は報告されておらず,家族・遺族のリスクレベルを把握することは難しい.Parksらによって作成されたBereavement Risk Indexを用いた50名の遺族を対象とした調査10)では,28名(56%)が低リスク,19名(38%)が中リスク,3名(6%)が高リスクであったことが報告されている.BRIとBRATのアセスメント項目,リスクレベルは異なるが,ほぼ類似した割合であると推察される.

本調査において,BRATの各項目間の関連を確認した結果,いくつかの項目間に相関はあったが,強い相関はみられなかった.このことから,アセスメント項目の重複はないこと,ビリーブメントに関連したリスクを幅広く評価できる項目で構成されていると考えられる.

BRATの項目とCES-Dの合計得点との関連を確認した結果,CES-Dの合計得点は,「IV. d)現在や今後の自分自身のコーピングに対する不安がある」,「X. b)死に対して心の準備ができていない」と有意に関連があった.先行研究19,20)でも,死への準備がないことが抑うつに関連することが指摘されており,本研究においても,同様の結果が示された.この結果は,BRATを構成するアセスメント項目の妥当性を部分的に支持するものである.

一方,リスクレベルとCES-D,SF-8,RSES-Jには関連がみられなかった.BRATのアセスメント項目は,家族・遺族の患者・故人との関係やコーピングなどを中心に構成されており,身体的,精神的な側面のアセスメント項目が含まれていない.さらに,本研究の実施においては,研究協力者の対象者の選定基準に「精神疾患,認知症がいなどがない」ことを設けており,すでに抑うつ状態にある,あるいは,強い不安などがある家族は含まれていないため,今回の調査では,リスクレベルとSF-8および,CES-Dとは関連性がみられなかった可能性がある.坂口ら12)のリスク評価の先行研究において,看護師による遺族のリスク評価とCES-Dとの間に有意な相関関係を示す項目が認められなかったこと,家族の認識と評価者である看護師の認識の不一致の可能性が示唆されており,本調査でも同様に家族の認識と評価者である医療者の認識の不一致があった可能性も考えられる.

本調査において,リスクレベルとBRAT項目についてカイ2乗検定を行った結果,「IV. e)ストレス反応が強く,怒り,自責の念,不安などの感情が強い状態にある」,「VIII. a)ソーシャルサポートが欠如している/社会的孤立状態にある」の2項目は,リスクレベルの高さと有意に関連していた.先行研究においても,ソーシャルサポートの欠如や強い不安が遺族のリスクアセスメントにおいて重要な因子であることが指摘されている10)

遺族のリスクアセスメントは,資源が限られたなかで必要な資源を配分するために重要な遺族支援の一つである.遺族のリスクアセスメントは,遺族支援を行うなかでの時間の不足や人材の不足21)への対応策として期待できる.今回得られた結果をもとに,BRATが緩和ケアの臨床実践においてより使用しやすいツールとなるようリスクレベルに付随したサービスを検討していく必要がある.さらに,適切に家族・遺族をアセスメントできるよう,医療者を対象にBRATの使用やグリーフやビリーブメントに関する教育も求められるだろう.本調査にはいくつかの限界がある.まず,便宜的に選定した施設でおこなった調査であり,対象者数は25名と限られている.今回の調査では,対象が死別前の家族のみに限られているため,死別後にアセスメントが必要ないくつかの項目については確認できていない.そのため,今後は遺族を含めた縦断的な調査を行い,BRAT項目の妥当性を確認していく必要がある.また,アセスメント後に,再アセスメントを行いBRATの信頼性の検証を行う必要がある.さらに,リスクレベルに応じた遺族支援を検討することも求められる.

謝辞

本調査にご協力いただきました対象施設の医療者,家族介護者の皆さまに心より感謝申し上げます.本調査は,日本ホスピス緩和ケア研究振興財団の助成を受けて実施した.

References
 
© 2016日本緩和医療学会
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