2017 年 12 巻 2 号 p. 222-228
【目的】終末期在宅療養を支える看取りのパンフレット使用の実態と課題を明らかにする.【方法】訪問看護ステーション419カ所に郵送式質問紙調査を行い,118カ所から回答を得た.【結果】パンフレットを使用しているステーションは41.8%であった.パンフレット使用時に考慮することとして,「家族の心配や不安の程度」「家族の在宅死の希望」「患者の在宅死の希望」が極めて多かった(いずれも82.6%以上).家族に対するパンフレットの有用性(家族の看取りに対する覚悟につながる,家族が患者の現状を理解するのに役立つなど)は,ほぼ全てのステーションが認めた.一方,渡す時期の決定に難しさを感じているステーションが67.4%みられた.パンフレットを使用しない理由では「使用可能なパンフレットがない」(64.1%)が多かった.【結語】パンフレットを使用しているステーションは,その有用性を認めているものの,使用の難しさを感じていた.
近年,看取りのケアで使用可能な教材として,死に至る経過の中で生じる症状や徴候と対応の仕方を説明する「看取りのパンフレット」が開発されている.例えば,第3次対がん総合戦略研究事業「緩和ケアプログラムによる地域介入研究」班が作成した「これからの過ごし方について」1),日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団が作成した「旅立ちのとき─寄りそうあなたへのガイドブック─」2),さくらいクリニックが中心となって作成した「あなたの家にかえろう」3)である.
看取りのパンフレットの有用性については,パンフレットを提供された家族と4〜6),病院,診療所,訪問看護ステーションに勤務する医師や看護師7)の報告がある.パンフレットを使用した医療従事者は,口頭での説明が難しい内容でも絵を通して看取りのプロセスを自信をもって家族に伝えることができるので,家族の安心や準備のためにパンフレットが有用であると述べている7).また,看取りのパンフレットを提供された家族の多くが,患者の身体変化についての理解が深まり,患者の状態変化に落ち着いて対応することができたと述べている4〜6).とくに終末期を在宅で療養する患者の家族は,必要とする情報源である看取りのパンフレットが手元にあることで,医療従事者が身近にいない状況下でも正しい情報を何度も確認し,知識を強化して不安を軽減することが可能となる.
しかし,看取りのパンフレットの使用に対する課題も報告されている.パンフレットを渡された時期が早すぎると感じている家族や遅すぎると感じる家族がいるだけでなく4〜6),医療従事者も渡す時期について悩んでいる7).また一部の家族は,パンフレットを渡されたことで不安や恐怖を感じている4,5).そのため,医療従事者が看取りのパンフレットの有用性を認めていても,使用しない場合もあり得る.
以上のように,看取りのパンフレット使用の有効性および課題は検討されているものの,療養場所の違いによってもそれらは異なる可能性がある.また,パンフレットを渡すかどうかを決める時の考慮点については明らかにされていない.そこで,終末期在宅療養を支える訪問看護ステーションの看取りのパンフレットに関する調査を行い,パンフレットの使用の実態と課題を明らかにすることを試みた.
2014年1月に一般社団法人全国訪問看護事業協会に登録されていた8)九州地方に所在する訪問看護ステーション419カ所の管理者に,独自に作成した質問紙を2014年2月に郵送した.回収率が低かったため,3月に再送し協力の依頼を再度行った.そして,宛先不明2カ所と新規訪問看護ステーション2カ所と,看取りを行っていない訪問看護ステーション8カ所を除く110カ所(有効回答率26.3%)を分析対象とした.
調査内容質問紙は,訪問看護ステーション概要(設置主体,2014年1月中の加算等の届出状況,従事者数,利用者数)と,看取りのパンフレットの使用状況(使用の有無および使用していない場合はその理由,がん以外の利用者の家族への使用経験,家族に渡す際に考慮すること,パンフレットの有用性,パンフレットを渡す時期)から構成した.
なお,家族に渡す際に考慮すること(18項目)については研究者間の協議により決定した.パンフレットの有用性(9項目)については,先行研究4〜7)をもとに研究者間で協議して決定した.家族に渡す際に考慮すること18項目については,「考慮する」「考慮しない」の二肢択一法で尋ね,提示以外の項目がある場合にはその項目の記載を依頼した.パンフレットの有用性については,「全く思わない」「あまり思わない」「少し思う」「とても思う」の四肢択一法で尋ねた.
パンフレットを使用していない場合の理由については,「使用可能なパンフレットがない」「パンフレットを使用することで,家族の不安を増強させる可能性がある」「その他」の四肢択一法で回答を求め,「その他」を選択した場合にはその理由の記載を依頼した.
パンフレットを渡す時期の決定方法については,「訪問した看護師による判断」「訪問看護ステーション従事者全体での話し合い」「在宅医療チーム全体での話し合い」「その他」の四肢択一法で回答を求め,「その他」を選択した場合にはその理由の記載を依頼した.渡す時期については,「亡くなる3日以内」「4日前から1週間以内」「1週間から1カ月」「1カ月以上」,渡す時期を決めることに対する困難の程度については「難しくない」「あまり難しくない」「少し難しい」「とても難しい」の四肢択一法で尋ねた.
分析パンフレット使用群と不使用群における訪問看護ステーションの特徴の違いにはFisherの直接法もしくはMann-WhitneyのU検定を用いた.現在のパンフット使用状況については記述統計を行った.看取りのパンフレットを使用していない理由についてはパンフレット不使用の管理者のみを,看取りのパンフレットの使用時に考慮すること・パンフレットの有用性・パンフレットを渡す時期については,パンフレットを使用している管理者のみを対象にして分析した.パンフレットの有用性については,「全く思わない」「あまり思わない」を“有用性なし”,「少し思う」「とてもあり」を“有用性あり”とした.分析にあたっては,SPSS 21.0を用いて実施した.統計的有意水準は5%未満を採用した.
倫理的配慮書面にて,本調査への協力は,対象者の自由意思に基づいて行うこと,調査に協力できなくても不利益を被らないことを伝えた.個人を特定する可能性のある情報は取り扱わないこと,質問紙の保管を厳重に行い成果公表後にシュレッダーで裁断することを説明し,訪問看護ステーション管理者に協力を求めた.本調査では,質問紙の返送をもって同意が得られたとみなした.
対象施設110カ所中パンフレットを使用しているステーションは46カ所(41.8%),使用していないステーションは64カ所(58.2%)であった.ステーションの設置主体で最も多かったのは,看取りのパンフレットの使用の有無にかかわらず,医療法人であった.看取りのパンフレットを使用しているステーションは使用していないステーションに比べ,24時間対応体制加算・24時間連絡体制加算・重症者管理加算を届けている数が有意に多く,職員数や利用者数も有意に多かった(いずれもp<0.05)(表1).
パンフレットを使用しているステーションにおいて,非がん患者の家族に対してパンフレットを使用した経験があるステーションは26カ所(56.5%),経験がないステーションは18カ所(39.1%)であった.
看取りのパンフレットを使用していない理由について(図1)パンフレットを使用していない理由で最も多かったのは,「使用可能なパンフレットがない」(64カ所中41カ所;64.1%)であった.
その他の理由では「口頭で説明している」が1番多く(7カ所;10.9%),次いで「必要性を感じない」(4カ所;6.3%)が多かった.その他に,「利用者の経過や受入れが異なる」,「パンフレット作成中もしくは検討中」(それぞれ3カ所;4.7%),「画一的な説明にしない」「医師からの説明がはっきりとされていないことが多い」「一時使用していたパンフレットがなくなった」(それぞれ1カ所;1.6%)が挙げられた.
看取りのパンフレットの使用時に考慮すること(図2)パンフレットを使用時に考慮することとしては,「家族の心配や不安の程度」と「家族の在宅死の希望」が最も多く(42カ所;91.3%),次いで「患者の在宅死の希望」(38カ所;82.6%)であった.その他としては,「医師がターミナル期と判断している」(1カ所;2.2%)が挙げられた.
家族にとってのパンフレットの有用性に関する6項目(家族の看取りに対する覚悟につながる,家族が患者の現状を理解するのに役立つ,家族が患者に対してできることがわかる,家族が臨死期に生じる身体上の変化をイメージできる,他の家族に患者の状況を伝える際に家族が利用できる,家族の安心につながる)については,ほぼ全ての管理者が認めていた.
また,訪問看護師にとっての有用性に関する3 項目(訪問看護師が家族にわかりやすく説明できる,訪問看護師が自信をもって家族に説明できる,訪問看護師と家族の関係性を深めることができる)については,約86.9%以上の管理者が有用性を認めていた.
パンフレットを渡す時期の決定方法で最も多かったのは,「訪問看護ステーション従事者全体での話し合い」(27カ所;58.7%)であった.その他の理由は,全て主治医に関連するものであった.具体的には,「主治医が残された時間や看取りの時期に入ったことを説明した時」(2カ所;4.3%),「主治医からの指示」(2カ所;4.3%),「主治医が渡している」(1カ所;2.2%)であった.
パンフレットを渡す時期として最も多かったのは,「(亡くなる)1週~1カ月」(28カ所;60.9%)であった.「1カ月以上前」は3カ所(6.5%),「1週間以内」は14カ所(30.5%)であった.
渡す時期を決めることに「少し難しい」(23カ所;50.0%),「とても難しい」(8カ所;17.4%)が大多数を占めた.その一方で,「難しくない」「あまり難しくない」と回答しているステーションは(15カ所;32.6%)であった.
本調査では,パンフレットを使用している訪問看護ステーションは41.8%であり,その中の60.9%が最期の1週~1カ月の間にパンフレットを渡していた.山本らの調査でも同時期に最も多くパンフレットを渡していた(49.7%)4).しかし,渡す時期の決定に難しさを感じているステーションが67.4%みられた.先行研究でも,訪問看護師を含む医療従事者がパンフレットを渡す時期に悩んでいることが報告されている7).一方,パンフレットを渡す時期の決定に難しさを感じていないステーションが約32.6%みられた.そのため,パンフレットの渡す時期を明らかにすることで,渡す時期に迷ってパンフレットを使用していないステーションにおけるパンフレットの普及につながると考える.また,パンフレットを渡すことを医師が決定しているステーションもあるため,医師との協同もパンフレットを使用するかどうかを決める際に不可欠となるだろう.
パンフレットを使用しない理由として,「使用可能なパンフレットがない」(64.1%)が多かった(図1).パンフレットを使用していない訪問看護ステーションは,使用しているステーションと比べ24時間対応体制加算と重症者管理加算の届出と職員数・利用者数が少なく,24時間連絡体制加算の届出が有意に多かった.利用者の要請により定期訪問以外に必要時訪問する体制を整えている「24時間対応体制加算」については,積極的に終末期患者の受け入れを行っているステーションにおいて届出数が多いことが報告されている9).そのため,施設の属性が終末期患者の受け入れを左右し,パンフレット使用状況で違いを示したのかもしれない.
看取りのパンフレット使用にあたって考慮すること看取りのパンフレット使用時に考慮することとして,「家族の心配や不安の程度」と「家族の在宅死の希望」が最も多く,次いで「患者の在宅死の希望」が多かった(図2).パンフレットを使用しない理由として,18.8%の管理者が「家族の不安」を挙げている.そのため,パンフレットを使用する際には,患者と家族の希望や精神状態を把握する必要がある.
医療従事者が常に見守ることができない在宅では,看病の中心を家族が担っている.家族が患者の状態を把握できなければ,意識レベルが低下していく患者の状態に応じた治療を代理決定することが困難になり,代理決定が求められるたびに家族は苦悩し,在宅での療養継続が困難になる可能性がある.また,死にゆく過程で生じやすい症状や兆候を急変と捉えて患者と家族の不安が増強することによって,緊急入院して最期まで病院で過ごし,患者と家族が希望する在宅死を叶えられなくなる可能性がある.そのため,パンフレットの使用時に考慮する項目として,患者および家族の在宅死の希望を,パンフレットを使用している多くのステーション管理者が挙げたと考える.
非がん患者家族に対する看取りのパンフレットの使用状況非がん患者家族に対する看取りのパンフレットの使用状況についてみると,パンフレットを使用していた訪問看護ステーションの39.1%は,非がん患者の家族には使用していなかった.非がん患者の場合は余命予測が難しいので10〜12)パンフレットが使用されていないのかもしれない.今後,非がん患者の家族におけるパンフレット使用についても様々な視点から検討する必要がある.
看取りのパンフレットの有用性私たちが提示した家族にとってのパンフレットの有用性については,ほぼ全てのステーション管理者が認めている.パンフレットの活用によって,患者の現状に対する家族の理解度が高まり,患者と家族は残された時間を充実して過ごすことができる.遺族を対象とした調査でも,パンフレットの有用性を認めている4).家族がパンフレットを活用しながら患者と過ごすことができれば,患者と死別後の家族の悲嘆プロセスにも好ましい影響を及ぼす可能性が高い.
また,訪問看護師についてのパンフレットの有用性も,86.9%以上の管理者が認めている.パンフレットを用いることで,訪問看護師が家族にわかりやすく看取りのプロセスを説明することができる.さらに,パンフレットの使用によって,患者の病状に即した患者と家族の希望の話し合いをすることが容易になるため,訪問看護師と家族との関係性を深めることに役立つと考える.
本調査の課題本調査にはいくつかの限界がある.まず,回収率が低いため,結果を一般化するには限界がある.次に,看取りのパンフレットを使用している訪問看護ステーションでも,ステーション利用者の終末期がん患者全員に使用しているかは不明である.また,訪問看護ステーションの管理者のみを対象とした点である.今後,終末期在宅がん患者と家族の療養を支えるチームについて看取りの件数を踏まえたパンフレットの使用状況を把握することが必要である.
看取りのパンフレットを使用しているステーションは41.8%であった.パンフレットを使用していたステーション管理者が認めたパンフレットの有用性は,「家族の看取りに対する覚悟につながる」「家族が患者の現状を理解するのに役立つ」など家族にとっての有用性であった.パンフレットを渡す時期として最も多かったのは,「(亡くなる)1週~1カ月」(60.9%)であったが,渡す時期を決めることに難しさを感じているステーションが67.4%みられた.パンフレット使用時に考慮することとして,「家族の心配や不安の程度」と「家族の在宅死の希望」(それぞれ91.3%以上),「患者の在宅死の希望」(82.6%)が極めて多かった.パンフレットを使用していない理由では「使用可能なパンフレットがない」(64.1%)が最も多かった.パンフレットの渡す時期を明らかにすることで,パンフレットの使用が広がると考える.
本研究にご協力いただいた訪問看護ステーション管理者の皆様に,心より感謝申し上げます.本研究は,JSPS科研費(JP 23890158と25862226)の助成を受けて行った.