てんかん発作中の徐脈や心静止は,発作性徐脈症候群といわれている.脳転移が原因のてんかん発作による発作性心静止の報告はこれまでない.症例は62歳の男性で,多発脳転移を有する肺扁平上皮がんの患者である.これまで失神歴はなかったが,最大16秒の洞停止を伴う失神が出現した.その後も発作性に徐脈や心静止がみられ,腹痛,悪心,意識減損,血圧低下,および一点凝視を伴った.てんかんを疑い脳波を確認したところ多発する鋭波を認めた.発作を繰り返したが,放射線治療により脳転移が改善したところ,発作は消失した.このため,脳転移に起因するてんかん発作による発作性心静止と診断した.がん患者に失神や洞不全症候群がみられた場合,てんかん発作による発作性徐脈症候群の可能性も考慮すべきと考えられた.また,脳転移が原因の発作性徐脈症候群は,脳転移に対する治療が有効である可能性がある.
てんかん発作中の徐脈や心静止は,発作性徐脈症候群(ictal bradycardia syndrome)といわれている1).発作性徐脈症候群はてんかん発作の5%以下にしかみられず,心静止(ictal asystole)の出現は0.3%と合併の頻度は非常に少ない2).脳転移が原因のてんかんによる発作性心静止の報告はこれまでない.肺がんの脳転移を有する患者で,てんかん発作による心静止をきたした症例を経験したので報告する.
【症 例】62歳,男性
【主 訴】頭痛,発語困難,嚥下時違和感
【既往歴】心筋梗塞(冠動脈バイパス術後),高血圧
【家族歴】心臓病なし 突然死なし
【現病歴】これまで意識消失や失神の既往はなかった.2014年4月,頭痛,顔面浮腫が出現し,縦隔浸潤による上大静脈症候群を合併するIV期の肺扁平上皮癌と診断した.上大静脈症候群に対して放射線治療を40 Gy行い,化学療法をカルボプラチンとTS-1で開始した.2015年1月,多発脳転移が出現し,左側頭葉に浮腫を伴う最大(18 mm)の転移巣を認めた(図1).また,放射線治療を行った縦隔浸潤も再発し,上大静脈は再び狭窄していた.その他,頸部リンパ節転移がみられた.脳転移の浮腫に対して,ベタメタゾンを1日2 mgで開始し,脳転移に対する全脳照射のために入院となった.全脳照射を開始し30 Gyのうち15 Gyが終了していたが,ベッド上で安静時に,突然発汗を伴う1分ほどの徐脈(脈拍30/分)が出現し自然に軽快した.その1時間半後,安静時に失神し血圧測定が不可となり,モニター心電図で徐脈と心静止を認め,最大16秒の洞停止がみられた(図2).
【入院時の身体所見】performance status (ECOG):1
症状:頭痛,発語困難,嚥下時の違和感あり
所見:顔面浮腫あり,頸部浮腫あり,頸部リンパ節は軽度腫脹
【検 査】血液検査:明らかな異常なし.心電図:洞調律.心エコー:側壁での壁運動低下あり,心機能は保たれる(左室駆出率50%).
【経 過】モニター心電図で洞停止がみられたため,洞不全症候群による失神と考え,大腿静脈よりペーシングリードを挿入し,一時的ペーシングを開始した.一時的ペーシングを開始したところ,一過性の徐脈および洞停止の時にはペーシングされることで失神はみられなくなった.その後もペーシングとなる数分の徐脈発作が1日1~2回ほどの頻度でみられた.また,徐脈発作時には,腹痛,悪心,意識レベルの低下,収縮期血圧で70 mmHgの血圧低下などの徴候を伴った.このため,洞不全症候群のみではなく,他の病態が合併していると考えられた.徐脈発作時以外は洞調律で症状もなく,鑑別として神経調節性失神の心抑制型,上大静脈症候群,頸動脈洞症候群,冠攣縮性狭心症,てんかんなどの合併が考えられた.一時的ペーシングを開始後は,徐脈発作時はペーシングとなり,洞停止による失神はみられなくなったため,ペースメーカーは有効と考えられた.上大静脈症候群による上大静脈の高度狭窄があり,最も狭い部位の内腔は3 mm程度であったため,通常の鎖骨下静脈アプローチではペーシングリードの不通過や,ペーシングリードが狭窄部を通過することで上大静脈症候群が増悪する危険性があった.このため,あらかじめ上大静脈にステント(Luminexx12×40 mm)を留置し,上大静脈を拡張した後,右鎖骨下静脈アプローチでペースメーカーの植込みを行った(シングルチャンバーペースメーカー).心臓カテーテル検査では冠動脈バイパスの狭窄はなく,狭心症の再発はなかった.頸部リンパ節転移による頸動脈洞症候群の可能性もあったが,頸動脈洞圧迫試験は陰性であった.徐脈発作時の心電図はペーシング波形で,発作の前後に虚血性の変化もなく,ニトログリセリンも無効であったため,冠攣縮性狭心症も否定的であった.その後,徐脈発作中に開眼したまま一点を凝視し,疎通不可となる意識減損が出現したことをとらえた.てんかん発作が疑われたため,発作間欠期の脳波を確認すると,鋭波が多発していた(図3).脳波でてんかんの波形を認めたため,今回の発作は脳転移による症候性のてんかんと診断し,てんかんの自律神経発作からの腹痛,悪心,血圧低下,発作性心静止による失神,また,複雑部分発作による意識減損,一点凝視と考えられた.脳転移に対し全脳照射はすでに開始しており,抗てんかん薬のバルプロ酸の併用を開始した.全脳照射は一時中断したものの,初回の失神から12日目までに完遂した.バルプロ酸の血中濃度は24.0 μg/mlと有効血中濃度に達しておらず効果は得られていないと考えられたこと,また全脳照射でてんかん発作は改善の傾向であったためバルプロ酸は中止した.てんかん発作の程度は徐々に軽減し,初回の失神より25日目にはてんかん発作は消失した.その後もてんかん発作はなく経過し,初回発作より37日目に退院となり,退院後もてんかん発作はなく経過した.
今回の症例は,洞不全症候群による失神が疑われたが,最終的にてんかんに伴う発作性徐脈症候群と診断した症例であった.てんかんの既往はなく,てんかんの原因は肺がんの脳転移と考えられた.このため,全脳照射で脳転移が改善したことで,てんかん発作や発作性徐脈は出現しなくなった.
てんかん発作時の徐脈や心静止は発作性徐脈症候群(ictal bradycardia syndrome)といわれている1).てんかん患者の8~17%の患者は突然死しており,その原因の一つは発作性徐脈症候群と考えられている3,4).発作性徐脈症候群の原因はいまだに明らかにはなっていない.てんかん発作による,自律神経系の異常による副交感神経活動の亢進や交感神経活動の抑制,また,迷走神経の直接刺激が原因である可能性が報告されている4).発作性徐脈症候群は,側頭葉のてんかんで見られることが多い.発作の起源は側頭葉が主であるが,側頭葉外の発作が原因となることもある5).今回の症例でも左側頭葉にもっともサイズの大きい脳転移がみられた.発作性徐脈症候群には,推奨されている治療法はない.抗てんかん薬が有効であるという報告もあるが,無効である報告もなされている.ペースメーカーの有用性も明らかになっていないが,致死的な不整脈が出現する場合には有効である可能性があるとされている6).
今回の症例は,多発脳転移に対する全脳照射で転移巣や周囲の浮腫が縮小し,てんかん発作が消失したことで,発作性徐脈も出現しなくなっている.退院後はペースメーカーの記録にも洞停止の記録はなかった.脳転移が原因の症候性てんかんは,転移巣を手術や放射線で治療することで,改善することが期待できる7).全脳照射により脳浮腫が一過性に増悪したことが初回のてんかん発作の誘因であった可能性はある7).しかし,抗浮腫療法はすでに行っていること,肺扁平上皮癌であり多発脳転移に対しては放射線治療以外の有用な治療法はないため,全脳照射は最後まで行った.本症例の経過より,脳転移が原因の発作性心静止に対し,全脳照射は有効である可能性が考えられた.
ペースメーカーについては,洞停止を繰り返していたこと,上大静脈症候群のため体外式ペーシングは大腿アプローチであったこと,体外式ペーシング中は臥位での安静が必要であることより,ペースメーカーの植え込みは必要であったと考えた.最終的には洞停止は出現しなくなった.
本症例は,肺がんの脳転移による症候性てんかんにより発作性心静止となった稀な症例と考えられた.がん患者が失神や洞不全症候群を認めた場合,てんかん発作による心静止の可能性も考慮すべきと考えられた.脳転移が原因と考えられる発作性徐脈症候群は,徐脈や心静止に対する心臓への支持療法のもと,転移に対する治療を行うことは有効である可能性がある.