Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
腫瘍崩壊症候群を呈し,致死的経過をとった下咽頭がんの1例
荻野 行正渡邉 正哉新井 啓仁細川 豊史
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2017 年 12 巻 2 号 p. 530-534

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Abstract

腫瘍崩壊症候群(tumor lysis syndrome: TLS)は,稀ではあるが固形腫瘍においても生じうる.固形腫瘍におけるTLS発症の契機として,化学療法,外科的侵襲,放射線照射などが報告されている.いったんTLSを発症すると致死的経過をたどることが多いため,予防が重要であるとされている.したがって,どのような症例でTLSが発症するかを予測することは重要であると考えられる.今回われわれは,広汎な肝転移を伴う下咽頭がん患者が,入院時にTLSを発症していた症例を経験した.本症例では,TLS発症前に血清lactate dehydrogenase(LDH)が急増していたことから,LDHのモニタリングによりTLS発症が予測できる可能性があることが示唆された.

緒言

腫瘍崩壊症候群(以下TLS)は,バーキットリンパ腫や白血病などの造血器腫瘍の化学療法の際に生じることはよく知られている.固形がんのTLSは稀ではあるが,これまでにさまざまながん種での報告がなされている.TLSは,いったん発症すると致死的経過をたどることが多いため,発症の予防が重要である.しかしながら,固形がんでのTLS発症を予測することは困難であるとされている.今回,われわれが経験した症例では,発症前に血清乳酸脱水素酵素(以下LDH)の急増を認めていた.LDHを経時的にモニタリングすることは,TLS発症を予測する一助となるのではないかと考えられたので報告する.

症例提示

【症 例】64歳,男性.身長161 cm,体重60 kg

【診 断】下咽頭がん,肝転移,肺転移,有痛性皮膚転移(右臀部・左前腕)

【既往歴】とくになし

【生活歴】妻とは離婚し,独居.長男と長女がときどき様子を見に行っている.

【現病歴】2010年12月に肝転移を伴う下咽頭がん(T2N2bM1)と診断された.全身化学療法(シスプラチン),放射線療法(頸部に70 Gy,肝転移に45 Gy)を施行された.2012年に肺転移を認め,ドセタキセル療法を施行された後,肺腫瘤の増大を認めたため,2013年11月に肺転移に対して放射線治療(45 Gy)が施行された.以後,外来化学療法(カルボプラチン,テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)を継続していた.2014年6 月時点では下咽頭がん原発巣の再発は認められなかったが,多発肝・肺転移および右臀部と左前腕に痛みを伴う皮膚転移が認められた.腫瘍量の増大が認められたため,外来化学療法は2014年12月初めで終了となった.

2015年3月に当院の緩和ケア病棟に入院する約2週間前より,乾性咳嗽と全身倦怠感があり,経口摂取量は減少していた.入院3日前に,右臀部と左前腕の有痛性皮膚転移部に対し,鎮痛目的で,それぞれの部位に8 Gyずつの緩和的単回放射線照射が前医にて施行されていた.

【入院時身体所見】全身倦怠感は著しかったが,会話はでき,意思疎通は可能であった.室内トイレまでは何とか歩行できたが,体動時の呼吸困難を認めた.食欲は極度に低下していた.体温36.8℃,血圧99/76 mmHg,脈拍104回/分,呼吸数30回/分.栄養状態は不良.頸部リンパ節腫大を認めた.口唇・舌は乾燥.呼吸音は右肺野で減弱.心雑音は認めず,腹部は軟であるが,正中から左腹部にかけて硬い腫瘤を触知.下腿には軽度浮腫を認めた.また,右臀部に直径5 cm程度の円盤型で可動性に乏しい潰瘍形成を伴う隆起性皮膚病変を,左前腕遠位部に約5×5 cmの可動性に乏しい皮下腫瘤を認めた.

【血液検査】入院時の血液検査結果を入院15日前の結果とともに(表1)に示す.

表1 入院15日前と入院時の検査所見

【入院後経過】脱水所見を認めたため1号輸液の補液を開始し,体動時呼吸困難に対しては,モルヒネ塩酸塩水和物(5 mg)の頓用で経過をみた.入院1日目には会話は可能であったが,点滴留置針を自ら抜針するなど,せん妄様行動が認められた.入院2日目には構音障害が目立ち,傾眠傾向が出てきた.この日より排尿が認められなくなった.入院3日目の昼過ぎまでは訪問客を認識できていたが,夕方からは意識レベルが急速に低下し,やがて心肺停止して永眠した.

考察

TLSは,腫瘍細胞の急速な崩壊により細胞内の代謝産物である核酸,蛋白,リン,カリウムなどが血中へ大量に放出されることによって引き起こされる代謝異常の総称である.

腫瘍細胞核由来の核酸が血中に放出されると,核酸の代謝産物である尿酸が大量に産生される.非水溶性の尿酸は腎尿細管に蓄積して急性腎不全を引き起こす.また,腫瘍細胞よりカリウムイオンが血中に放出されると高カリウム血症となる.無機リン酸が血中に放出されると二次的に低カルシウム血症となり,これらは致死的な不整脈や痙攣などの誘因となる.

固形がんではTLSを発症する頻度は少なく,2010年のTLS panel consensus1)では,化学療法感受性の高い神経芽細胞腫,胚細胞腫瘍,小細胞肺がん以外の固形がんは低リスク群に分類されている.しかしながら,Mirrakhimovら2)のレビューによれば,TLSは上記のがん腫以外のさまざまな固形がんでもみられる.ゆえに,Mirrakhimovらは,進行がんで転移のある患者はTLSのリスクにさらされている可能性があると述べている.また,TLS発症の契機として,化学療法ばかりでなく,放射線照射や外科的侵襲,ステロイド投与などが挙げられているが,何の誘因もなく自然に発症するTLSの報告例もある.

Gemini3)は,固形がんでのTLS発症の危険因子として,腫瘍量が多いこと,肝転移があること,LDH高値あるいは尿酸値上昇,化学療法高感受性であること,治療前から腎機能障害があること,腎毒性のある薬剤で治療されていること,感染,脱水が併存していることの7項目を挙げている.日本臨床腫瘍学会の診療ガイダンスでは,Geminiが提唱する危険因子を1つ以上認めるものを中間リスク群と分類することを提案している4).本症例ではGeminiの危険因子である広汎な肝転移の存在,治療経過から推察して化学療法に対する感受性が比較的よい腫瘍と考えられたこと,LDH高値,さらに脱水所見があったことなどから,診療ガイダンスの提唱する危険因子の4項目が満たされ,中間リスク群であったとみなせる.

TLS診断基準(表2)に従うと,本症例の入院15日前の血液所見(表1)では尿酸値は不詳であるが,尿酸値が基準値上限を超えていたとしても,高カリウム血症および高リン血症を認めないので,この時点ではlaboratory TLS(LTLS)の診断基準を満たしていない.しかるに,入院時の血液所見では,高尿酸血症(19.9 mg/dl),高リン血症(5.2 mg/dl)があることからLTLSの診断基準を満たしている.さらに,血清クレアチニンが2.42 mg/dlと基準値(1.1 mg/dl)の1.5倍を超えているので,clinical TLS(CTLS)の診断基準も満たしている.このことより,入院時にはTLSを発症していたと考えられる.

表2 TLS診断基準(TLS panel consensus)

入院15日前から入院時までのいずれかの時点においてTLSを発症したと考えられるが,明確な発症時点は明らかではない.契機のひとつとして,入院3日前の放射線照射が考えられる.放射線照射によってTLSを発症した固形腫瘍の報告は,これまでに3例のみである57).照射部位は,上位半全身照射(乳がん転移による疼痛に対して9.65 Gy)が最も広範囲5)で,他の2例は,右肺尖部への照射6)(非小細胞がんによる上大静脈症候群に対して総量6 Gy)と左肩への照射7)(前立腺がんの骨転移による疼痛に対して総量18 Gy)と照射範囲は局所的である.この3例とも,TLSの発症は放射線照射開始時より1日から6日以内と急性の経過を呈している.

本症例では,臀部と前腕部の皮膚転移部に単回照射されている.照射部位に含まれる腫瘍量が少ないことを考慮すると,致死的な経過を導くほどの腫瘍崩壊を生じたとは考えにくい.放射線照射されていなくてもTLSが自然発症していた可能性もありうる.いずれにしても,緩和的放射線照射の直前の血液所見がないので,どの時点で発症したかを議論することはできない.

高尿酸血症による腎不全を回避するためには,ラスブリカーゼ(非水溶性の尿酸を水溶性のアラントインに変換する酵素)の投与や血液透析を含めた集中治療を必要とする場合がある.本症例は緩和ケア病棟で対応したため,TLSに対するこれらの積極的治療はいずれも行われなかった.

TLSはいったん発症すると致死率が高いため,ガイダンスでは発症を予防することが重要であるとされている.中間リスク群では,アロプリノールの予防的投与,大量の補液および十分なモニタリングが推奨されている.

本症例での経時的なLDHの変化をふり返ってみると,TLS発症の約1カ月前からLDH値の急激な上昇が認められた(図1).このことより,LDHを経時的にモニタリングすることが,TLSの発症予測の指標となる可能性があることが示唆された.

図1 入院8カ月前からのLDH値の推移

約1カ月前からLDHの急激な上昇を認める.右端のLDHは,入院15日前のもので3,505 U/Lである.

結論

TLS発症前に,LDH値が急上昇していた下咽頭がんの1例を経験した.肝転移があったこと等から中間リスク群と考えられる固形がん症例であった.このような症例では,LDHの経時的なモニタリングがTLS発症を予測する指標となる可能性があることが示唆された.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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