Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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活動報告
緩和医療臨床実習の必修化において地域のホスピスが果たした役割─カリキュラム編成から実習評価までの実践報告─
田所 学松下 久美子渡邉 啓太山中 恵梨子宮崎 享高橋 美穂子
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2017 年 12 巻 2 号 p. 911-917

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Abstract

【目的】緩和ケア病棟実習に対する学生の評価・知識習得の検証により,地域のホスピスにおける実習の意義を検討した.【方法】実習では,回診・面談への同席,ケアの見学など,患者との生きた係わりを重視した.また,チーム医療を体感するために認定看護師・認定薬剤師による対話型個別レクチャーや多職種合同カンファレンスへの参加も取り入れた.学生へのアンケート,実習前後での知識確認テストを行った.【結果】実習全体への満足度は100%で,95%の学生が当実習を後輩に勧めたいと答えた.項目ごとの満足度は,「初診面談への同席」は100%,「緩和ケアチーム回診」は74%に留まった.全レクチャーで理解できたと答えた学生の割合は95%以上で,知識確認テストの正答率は実習前後で51%から85%へ有意に上昇した.【結語】本実習に対する学生の理解度,満足度は高く,地域のホスピスは緩和ケアの臨床実習を担いうることが示唆された.

緒言

医療のグローバル化に対応し,わが国でも国際基準による医学教育の認証が求められている1).2016年,医学教育分野別評価基準日本版2)が示され,緩和医療学臨床実習の構築も達成すべき基準とされた.また,がん対策推進基本計画3)では実習を組み込んだ緩和ケア卒前教育プログラムの策定が掲げられている.

現在の緩和ケア卒前教育は講義形式が主体であり4),2015年に緩和ケアを必修科目として臨床実習を実施した大学は39%であった5).緩和医療に関する講座や緩和ケア病棟を有する大学病院は少なく,大学病院単独で包括的な臨床実習を完結するには限界があると考える.また,わが国の緩和ケア臨床実習に関して,医学生を対象とした詳細な報告,すなわち,実習カリキュラムを明示し,アウトカムの評価までを報告した論文は筆者らが調べたかぎりなかった.

東京医科歯科大学(以下,医歯大)では2016年度,必修の緩和ケア病棟実習を導入し,当院も協力した.本稿では,実習カリキュラムを提示し,実習に対する学生の評価・知識習得の検証を行い,地域のホスピスにおける実習の意義を検討した.

方法

1 実習方法

1)対象と期間

2016年4〜9月,医歯大医学科6年生100名が4施設の緩和ケア病棟へ割り振られた.当院は1回5日間で1名ずつ,計20名を受け入れた.

2)実習目標

〈大学が提示した学習目標〉

①診療科横断的な視野

②緩和医療の基本的知識

③臨床腫瘍学の基本的知識

④チーム医療における医師の役割

⑤医療者間,患者・家族とのコミュニケーション法

〈当院で追加した目標〉

当病棟入院以前に,担当医から緩和ケア病棟について適切に説明を受けている患者は少ない.われわれはその説明不足が患者の不安や見捨てられ感の要因と考えている.そこで上記目標に加え,「患者・家族のつらさを体感し,将来,緩和ケア病棟へ紹介する側の医師として本実習の経験を自分の言葉で患者に話せるようになること」を設定した.

3)実習カリキュラム

実習内容は各施設に委ねられ,当院では多職種による実習委員会を組織しカリキュラムを編成した.その際「大学医学部・医科大学における緩和ケアの学習到達目標」6),大学病院の緩和ケアを考える会「医学生の緩和ケア教育のための授業実践大会」7)などを参照した(図1).

図1 当院で編成した緩和ケア病棟実習カリキュラム

実習前に目的理解と動機づけのための文章(図1)を付した手引きを学生に配布した.実習中は,回診への同行,面談への同席,看護師のケアやリハビリテーションの見学,ケアプラン作成など患者との係わりを重視し,さらにチーム医療を体感するため,医師だけでなく緩和薬物療法認定薬剤師,緩和ケア認定看護師による対話型個別レクチャーを取り入れ,多職種合同カンファレンスにも参加した.

2 実習の評価方法

実習内容を評価するため,学生へのアンケート,実習前後で緩和ケアの知識評価テスト(表1)を行った.アンケートは「よく理解できた/とても満足した」〜「理解できなかった/全く満足していない」の5段階で行った.テスト問題は緩和ケア研修会資料や「緩和ケア専従医のための自己学習プログラム」8)に準拠した.回答は「正,誤,わからない」の三択とし,前後の正答率の比較はWilcoxonの符号付順位検定で解析し,統計解析はJMP9.0を用いて有意水準はp<0.05とした.

表1 実習前後での緩和ケア知識評価テストの正答率

3 倫理的配慮 

患者に対して,実習目的を説明のうえ同意を得た.学生に対しては,質問紙に「協力は任意であり,回答は無記名で行い,個人を同定しうる情報は除去して行うこと,成績評価には用いられないこと」を記載した.本研究は当院倫理審査委員会の承認を受けた.

結果

1 学生と患者の係わり

全学生が患者と言葉を交わし,患者・家族との面談に最低1回は同席した.医歯大病院からの紹介患者が大学とのつながりへの安心感を述べるなど,学生を歓迎する患者がいた一方で,少なくとも2名の患者が学生の同席を拒否した.顔貌の変化で面会を拒否していた方と,当初は学生を受け入れていたが症状増悪に伴い謝絶した方である.また,つらさの表出が学生へ向いた事例を以下に記載する.

回診時,「治療ってなんだよ.何も良くならない.看護師さんよ,俺が夜どれだけ苦しんでいるかを先生に報告しているのか,今ここで先生に言ってやれよ」と叫び,一同が沈黙する中,「何で誰も何も言わないんだ.こんなに力がなくなったんだぞ.家族に迷惑しかかけていない.生きている意味があると思うか?あんたはどう思うんだ」と学生を指名した.さらに「どうせつらさなんてわからないよな.全く治る気配がないよ.死んだほうがいいや」と述べ,その翌日に永眠した.学生は実習後に,「実習初日に私の名前を覚えてくれた患者さんが最終日に旅立って行かれました.亡くなる前,俺の苦しみがわかるかと私にぶつけてくださり,答えのない問いかけから逃げずに向き合うことの難しさを味わい,とても貴重な経験となりました」と述べた.

2 学生の看取りへの立ち会い

実習以前に臨終に立ち会った経験は,「身近な人」で3名(15%),「他科実習中の患者」で6名(30%)であった.本実習中,看取り(死亡宣告や病院からの見送り)に立ち会った学生は9名(45%)で,言葉を交わした人が亡くなることへの衝撃と悲しみ,看取りの神聖さなどの感想があった.また,その機会がなかった11名中3名は看取りに立ち会いたかったと述べた.

3 レクチャーの理解度,実習項目の満足度(図2

実習後アンケートの回収率は100%であった.実習の全体的な満足度は「とても満足した」「満足した」を併せて100%,当実習を後輩に勧めたいかも「是非勧めたい」「勧めたい」を併せて95%と高かった.レクチャーを「よく理解できた」「だいたい理解できた」割合は,全コマで95%以上であった.実習項目別に「とても満足した」「満足した」割合は,「初診面談への同席」が100%であった一方で,「緩和ケアチーム回診」は最も低く74%に留まった.

図2 学生による実習項目の満足度およびレクチャーの理解度評価

4 実習前後での知識の変化(表1

総合正答率は実習前後で51%から85%へ上昇し,15問(56%)で有意に上昇した.オピオイドについて,Q2「生命予後の短縮」,Q3「非オピオイド鎮痛薬の中止」,Q8「緩下剤の必要性」は実習前に80%以上の正答率であった.その一方,Q6「悪心・嘔吐の出現率」について実習前の正答率は0%と,オピオイドに嘔気が常に伴うイメージを持っていたと考えられたが,実習後には75%が正答した.Q9「中毒(精神依存)の発生率」について実習前は45%が中毒(精神依存)のイメージを持っていたが実習後には全員が正答した.「身体症状」,「緩和ケア病棟の環境」についても全項目で有意に正答率が上昇した.Q21「心停止の確認」も実習前は80%の学生が心電図モニターを用いると回答したが実習後は15%へ減少した.

考察

1 学生のニーズと実習の効果

医学生を対象とした調査9)では93%が終末期医療の授業を必要と感じ,34%がホスピスの訪問を,32%が患者の話を聞くことを希望した.本実習でも学生の満足度は高く,95%の学生が後輩に勧めたいと答え,本実習が貴重な経験として捉えられたことが示唆された.

「緩和ケアチーム回診」への満足度が低かった理由として,当院では病棟看護師からのケアに関する相談が多く,医学生にはその意義が理解しにくかったことが考えられた.この結果はチーム回診を見直す契機となり,学生実習の受け入れによる医療の質の向上の可能性が示唆された.

病院死の増加や核家族化で,看取り経験のない学生が増加している10).本実習でも身近な人の看取り経験がある学生は15%であった.本実習中に45%が看取りに立ち会い,驚きや悲しみを感じ,死について考える機会となったと考えられた.

知識習得効果について,多くの項目で正答率の有意な上昇を認めた.緩和ケア研修会の知識習得効果を検証した報告11)や薬学生に対する緩和ケア実習の報告12)では,精神症状,呼吸器症状の理解が困難であった.本実習ではせん妄,呼吸器症状についても正答率は有意に上昇し,十分な理解が得られた.これらは講義だけではイメージが難しく,実際の現場で学ぶ意義は大きいと考える.

2 今後の課題

本実習では,学生と患者との間で互いに顔と名前が一致する関係性を構築できており,2名の患者以外からは学生同席の拒絶はなかった.しかし,患者の状態は日々変化し,初対面の学生の同席は悲嘆表出を妨げるなど患者・家族の負担ともなりうるため13),今後遺族調査などで学生実習に対する家族の受け止め方を調査する必要がある.また今回の実習では,患者のつらさに直面した学生や看取りを経験した学生はそれを学びとして前向きに捉えていたが,状況によっては精神的動揺をきたしうるため,学生への精神的サポート体制も必要である.

3 本研究の限界

第一に,単一の大学の学生を対象とし,恵まれたマンパワーの下で実施したことから,結果を一般化することには慎重であるべきである.今回は4施設が各々独自にカリキュラムを編成したため,今後,相互評価を行い,医歯大の緩和ケア臨床実習内容の均てん化を図る必要がある.さらに,大学間でも相互評価を行いカリキュラムを醸成することが,わが国の緩和ケア臨床実習の標準化に寄与すると考える.

第二に,本報告は学生の主観的評価と知識習得効果の検証にとどまっており,目標の達成度に関しては検討しなかった.今後,学生の感想などの質的分析に基づく学びの検討も必要である.

結論

緩和ケア病棟実習における学生の理解度,満足度は高く,地域のホスピスも臨床実習の役割を担いうることが示唆された.今後の実習受け入れに当たり,患者・家族への影響や学生の精神的サポート体制の検討が必要である.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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