Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
原著
緩和ケア病棟で亡くなったがん患者における補完代替医療の使用実態と家族の体験
鈴木 梢森田 達也田中 桂子鄭 陽東 有佳里五十嵐 尚子志真 泰夫宮下 光令
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電子付録

2017 年 12 巻 4 号 p. 731-737

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Abstract

本調査は広い概念での補完代替医療(complementary and alternative medicine: CAM)の使用実態や家族の体験を知り,がん患者とのコミュニケーションに活かすことを目的とし,緩和ケア病棟の遺族への自記式質問用紙調査(J-HOPE2016)の一部として実施された.調査の結果,がん患者の54%がCAMを使用し,内容はサプリメントのほか,運動やマッサージなど多岐に渡っていた.多くはがん治療や経済面に影響のない範囲でCAMを用いていたが,一部でがん治療や経済面への影響も懸念され,医療者からCAMについて話題にする姿勢が重要と考えられた.また,CAM使用との関連要因として若年患者,遺族が高学歴であることが抽出され,さらに,CAMの使用は家族の心理面に影響を及ぼしている可能性が示唆された.CAM使用歴のある患者家族の心理面・精神面にも注意を向ける必要がある.今後,CAMの内容別,緩和ケア病棟以外で死亡した患者についても調査を進めることが求められる.

緒言

1980年頃より,がん患者の多くが補完代替医療を使用していることが報告されており1),欧米諸国では症状緩和や生活の質の向上をもたらす補完代替医療と従来の医療を併用する統合医療の概念が広がっている2).補完代替医療の使用にあたっては,担当医とのコミュニケーション不足や患者の補完代替医療の知識が不足していることなどが問題となっており,がん診療の中で補完代替医療についての会話を持ち,適切な情報を提供することが重要であるとされている35).そのためには,がん診療に関わる医療者が患者の使用している補完代替医療について知っていることが大切である.

欧米諸国においてがん患者の補完代替医療の使用頻度が上昇していることが報告されており6),若年,女性,高学歴の患者で使用率が高いことがわかっている7,8).補完代替医療の内容としてはサプリメントや健康食品のほかに,呼吸法,ヨガ,太極拳,瞑想などの心身療法も上位を占めている9).本邦では2005年にHyodoらにより,がん患者の44.6%が補完代替医療を使用し,その96.2%がサプリメントや健康食品を用いていたことが報告された10).近年,がん患者の補完代替医療の使用実態は変化していると考えられるが,それ以降本邦での調査は行われておらず,補完代替医療に含まれる食事療法や運動療法,心身療法の使用実態や,抗がん治療との併用の有無,補完代替医療に関連した体験については明らかとなっていない.今回の調査は,がん患者における補完代替医療の使用実態,家族の体験を明らかにすることを目的とした.がん治療医や緩和ケア医などのがん診療に関わる医療者が日本における心身療法を含めた広い概念での補完代替医療の使用実態やがん患者の体験について理解し,がん患者とのコミュニケーションに活かすことで,がん患者の安全で適切な補完代替医療の使用につながることが期待される.

方法

本研究は,特定非営利活動法人日本ホスピス緩和ケア協会の事業として行われた「遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究2016 (J-HOPE2016)」の付帯研究として実施された.

対象

2015年9月の時点で,都道府県に認可されている269のホスピス・緩和ケア病棟のうち,本研究の参加に同意した施設を対象とした.

各施設にて2016年1月31日以前に死亡した患者のうち,適格基準を満たす1施設80名を連続に後向きに同定し調査対象とした.ただし,2013年10月31日以前の死亡者は含めないこととし,期間内の適格基準を満たす死亡者数が80名以下の場合は,全例を対象とした.対象の適格基準は,①当該施設でがんのために死亡した患者の遺族,②死亡時の患者の年齢が20歳以上,③遺族の年齢が20歳以上,であった.除外基準は,①遺族の同定ができない,②治療関連死,またはICU病棟で死亡,③患者の入院から死亡までの期間が3日以内,④退院時の状況から,遺族が認知症,精神障害,視覚障害などのために調査用紙が記入できないと担当医が判断,⑤退院時および現在の状況から,精神的に著しく不安定なために研究の施行が望ましくないと担当医が判断,⑥うけた医療に対する不満や誤解が強い,医療者との関係が著しく悪いなど担当医の総合的な判断,であった.

補完代替医療に関する本付帯研究は,全調査対象者5641名のうち,無作為に抽出された794名の遺族を対象として行われた.

調査は自記式質問紙による郵送調査で行われた.調査票は研究参加施設から郵送し,事務局(東北大学)で回収した.調査票郵送1カ月後に事務局は未回収者を同定し,督促の調査票は再度,研究参加施設から郵送した.

調査は東北大学大学院医学系研究科倫理委員会の承認を得た.その後,研究参加施設でも倫理委員会へ提出し,承認を得た.研究参加施設に倫理委員会の設置がない場合には,委任状をもって,東北大学で一括して審査した.

調査項目

患者背景として,年齢・性別,原発部位,婚姻状態,同居者の有無,未成年の子供の有無,居住地域の人口,年収,死亡前1カ月間の医療費について調査し,遺族背景として,年齢・性別,続柄,最終学歴,患者入院中の健康状態,死亡前の付添日数,サポーターの有無,宗教について調査を行った.

補完代替医療に関する調査項目としては,補完代替医療をNational Institutes of Health(NIH)が定める「一般的に従来の通常医療と見なされていない,さまざまな医学・ヘルスケアシステム,施術,生成物質など」の定義に従い,本邦において補完代替医療と認識されにくい各種心身療法も含めた補完代替医療のリストを作成し,それぞれの補完代替医療の使用経験,使用時期について質問した.補完代替医療の目的について,先行文献を参考に作成した「病気の治癒」「病気の進行抑制」「苦痛症状緩和」「免疫力向上」「精神的な希望」の5項目について「期待していなかった」から「とても期待していた」の4件法で質問した11)

補完代替医療に関する体験については,補完代替医療の効果や副作用,経済的な負担,従来の抗がん治療への影響,情報入手方法,担当医とのコミュニケーションについて「なかった」から「よくあった」の4件法で質問した.さらに,補完代替医療に対する担当医の態度について,先行文献を参考に作成した「親身ではない態度」「補完代替医療使用を支持」「補完代替医療使用に反対」「危険性について助言」「中立的な態度」の5項目について「相談していなかった」「なかった」「たまにあった」「時々あった」「よくあった」の5件法で質問した4)

解析

各質問項目の度数分布を算出し,比較検定はカイ二乗検定を用いた.補完代替医療使用との関連要因については,補完代替医療使用の有無を目的変数,患者・遺族背景の各項目を説明変数とし,便宜的に単変量解析でP<0.15であった項目を投入し,多変量解析として変数減少法によるロジスティック回帰を行った.統計学的有意差は,P<0.05とした.全ての統計解析はEZRを用いて行った.

結果

794名の遺族に質問票を発送し,576名(73%)から返答を得た.そのうち,質問票への回答を拒否した79名と,補完代替医療の項目について全て無回答であった46名を除いた451名を調査の対象とした.患者・遺族背景を表1に示す.

表1 患者・遺族背景

補完代替医療の使用実態

調査対象者の451名中,がん診断から死亡までの間に何らかの補完代替医療を使用したのは237名(53%)であった.補完代替医療の内容と頻度を図1に示す.サプリメントが最多だが,運動やマッサージなどの補完代替医療の使用者も一定数みられた.補完代替医療の使用時期として,抗がん治療中,抗がん治療をしていない時はそれぞれ68名(21%),42名(13%)であったが,抗がん治療の有無に関わらず使用は127名(66%)と半数以上を占めた.補完代替医療の内容ごとの使用時期を図1に示す.補完代替医療の使用数では,1種類のみが91名(38%),2種類が61名(26%)と1~2種類が大部分を占める一方で,5種類以上使用は28名(12%)であった(付録図1).

図1 補完代替医療の内容とその使用時期

補完代替医療への総費用は146名中,10万円未満が83名(57%)と大半であったが,300万円以上も7名(5%)みられた(付録図2).

補完代替医療の目的とその期待度について回答を得られた144名の結果を図2に示す.カイ二乗検定を用いて解析した結果,「病気の治癒」への期待度に対し,「進行抑制」「苦痛症状緩和」「免疫力向上」「精神的な希望」の期待度全ての比較において有意差を認めた(P<0.001).すなわち,病気の治癒ではなく,進行抑制や苦痛症状緩和,免疫力向上,精神的な希望になることを期待して補完代替医療を使用していた.

図2 補完代替医療を使用する目的とその期待度

補完代替医療に関する体験について全ての項目に回答を得られた113名の結果について図3に示す.身体的・精神的な効果を半数以上が実感している一方,身体的な副作用も一部でみられた.3割の患者家族が補完代替医療による経済的な負担を多少なりとも感じ,ごく一部ではあるが借金例もみられた.補完代替医療のために治療を中断したケースも認めた.半数以上が精神的な支えとしての効果を実感していた.情報入手方法はインターネットや本よりも,家族や友人からの割合が高かった.3割で担当医からの勧めで補完代替医療を使用していたが,担当医から補完代替医療について質問をうけた患者・家族は2割程度にとどまった.

図3 補完代替医療(CAM)に関する体験

補完代替医療に関する担当医の態度については,回答を得られた127名のうち,約半数が補完代替医療について担当医に相談することなく使用していた.担当医から補完代替医療使用について反対をされたのは11名(8%),危険性を助言されたのは14名(11%)と少なく,使用を支持された経験も37名(29%)にとどまった(付録図3).

補完代替医療使用の関連要因

補完代替医療使用と患者・遺族背景との関連についての単変量解析の結果,患者年齢,生計,遺族の学歴,入院中の家族の心の状態,死亡前の付き添いの有無が有意に関連した(P<0.05)(付録表1).これら5項目に,P<0.15であった患者の婚姻状態,居住地人口,遺族性別,遺族と故人との続柄を加えた9項目を投入し,変数減少法にて探索的にロジスティック回帰を行った結果,補完代替医療使用との独立した関連要因として,若年患者,遺族が高学歴,緩和ケア病棟入院中に家族の心の状態が不良,死亡直前に毎日の付き添い困難の4項目が抽出された(表2).

表2 補完代替医療使用との独立した関連要因

考察

本調査によって,広い概念での補完代替医療の使用実態が明らかとなった.

補完代替医療の内容では,前回のHyodoらによる調査10)と同様にサプリメントや健康食品が50%と最も多い一方で,運動やマッサージ,温泉・温熱療法などの使用者も一定の割合でみられ,がん患者が用いる補完代替医療の内容が多岐に渡っていることがわかった.補完代替医療の使用目的として,前回の調査では,がんの進行抑制,治癒が多くあげられたが,今回の結果からは精神的な希望を持ち続けるために使用している患者も多いことが明らかとなり,補完代替医療ががん患者の精神的な支えになっていることが示唆された.多くのがん患者は身体的・精神的に影響のない範囲で補完代替医療を用いているが,高額な費用負担や抗がん治療中断例もみられており,補完代替医療が一部のがん患者の治療選択や経済面に影響を及ぼしている可能性が示された.さらに,前回のHyodoらによる調査10)と同様,未だに担当医に相談せずに補完代替医療を使用していることが多いということが明らかとなった.一方,相談をうけた担当医が補完代替医療について反対したり,危険性について助言した割合は低く,患者側が補完代替医療について理解を示してくれたり,反対しない担当医にのみ話をしている可能性が示唆された.担当医を含めた医療者は,半数以上の患者が補完代替医療について担当医に伝えていないこと,補完代替医療を精神的な支えにしている患者が多いことを念頭にいれ,支持的な態度でこちらから補完代替医療について話題にしていく必要がある.また,前述したように補完代替医療の内容が多岐に渡っており,担当医が全ての補完代替医療について精通するのは難しい状況となってきている.海外ではすでに統合医療科として補完代替医療について相談できる窓口が設けられているがんセンターもあり,日本においても担当医だけではなく薬剤師なども含めた多職種で相談に応じられる体制を整えていくことが期待される.

補完代替医療使用の関連要因の結果からは,若年患者,遺族が高学歴である場合,補完代替医療を使用する傾向があることがわかった.さらに,補完代替医療使用群では緩和ケア病棟入院中に家族の心の状態が不良であることが示唆された.補完代替医療への強い期待が,死別を前にした家族の悲嘆につながっている可能性もあり,補完代替医療使用歴のある患者の家族,あるいは補完代替医療使用中の患者の家族に対する臨死期の心理的なサポートが重要といえる.死亡直前の連日の付き添いが困難であることと補完代替医療使用とが関連したことについては,家族の就労が関与している可能性が予想されるが,今後の調査が必要である.

本調査の限界として3点あげられる.1点目は本調査が遺族調査であるという点である.実際,がん患者の補完代替医療の使用実態を正確には反映していない可能性がある.2点目として本調査が緩和ケア病棟を死亡退院した患者の遺族を対象としているという点があげられる.Hyodoらの調査10)では,補完代替医療使用の関連要因の一つに緩和ケア病棟入院中があがっており,緩和ケア病棟以外の病院や自宅で死亡した患者の補完代替医療の使用実態は異なる可能性がある.また,一般的に緩和ケア病棟では家族ケアが提供されていることが多く,死別前の家族の心の状態についても結果が異なってくる可能性がある.3点目として,今回広い概念で補完代替医療について調査をしたことで,個々の補完代替医療の患者や家族への影響についての判断は難しい点があげられる.今後,補完代替医療の内容別の調査,さらに,緩和ケア病棟以外で死亡退院した患者における補完代替医療の使用や家族の体験についても調査を進めていく必要がある.

結論

現在,多くのがん患者が何らかの補完代替医療を用いている.がん闘病の精神的な支えのために一定の役割を担っていると考えられるが,一部の患者において,治療の選択や経済面に影響を及ぼしている可能性がある.がん治療に関わる全ての医療スタッフが補完代替医療についての基本的な知識を持ち,補完代替医療について話しやすい環境をつくること,患者側から話題にしてくるのを待つのではなく,医療スタッフから質問をする姿勢が非常に重要である.また,補完代替医療の使用が遺族の心理面に影響を及ぼしている可能性もあり,今後,さらに補完代替医療使用者の特性・心理状態などの背景因子と共に,補完代替医療が患者や家族へ与える影響についても調査を進め,医療者と患者家族とのコミュニケーションに活かしていく必要がある.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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