本研究はホスピスをはじめとする緩和ケア病棟に入院している患者の希望について,希望の種類や希望のうち外出・外泊についてどのくらいの患者が可能であったかを調査すること,患者の離床耐久性(離床可能時間)と予後予測スコア(Palliative Prognostic Index score:PPI値)との関係性を明らかにし,離床可能な時間やその時期についての参考値を検討することを目的とした.対象者は76名であり,半数の患者で外出や外泊希望があり,その7割の患者が外泊もしくは外出できた.また,延べ480週分のPPI値と離床時間を収集し分析した結果,PPI値と離床耐久性には負の相関関係を認め,相関係数は−0.62であった.Receiver Operating Characteristic(ROC)曲線を用いてカットオフ値を推定した結果,PPI値3.5以下で60分以上の離床を目指すことが可能,4.5以下で30分以上の離床を目指すことが可能,5.5以下では少しでも離床練習が可能,6以上となると離床自体が難しくなってくるという結果を得た.
緩和ケアにおけるリハビリテーション(以下リハ)の目的は,「余命の長さにかかわらず,患者とその家族の要望を十分把握したうえで,その時期におけるできる限り可能な最高のactivities of daily living(ADL)を実現すること」1)とされ,そのゴールは患者やその家族の最高のquality of life(QOL)を実現することである2).さらに最高のQOLの実現とは,死を迎えるまでのいずれの過程段階においても最高の身体機能を維持すること,人生における未完成な課題などを解決する機会を実現させること,争いごとの解決など,患者にとって重要な事柄を達成することで可能2)と述べられている.つまり終末期がんのリハでは,患者の問題点をアセスメントし,理学療法という手段を用いてそれに対処することによって患者・家族のQOLを向上させることが目標であり,WHOの提言にある緩和ケアの定義3)と本質的に同じである.理学療法や作業療法・言語聴覚療法という手段を用いて,患者やその家族の問題点に対処し,その希望を満たしていくことそのものが患者やその家族の心理的サポートやQOLの向上にもつながっていくと考えられる.
当院緩和ケア病棟(以下,PCU)におけるリハの内容はQOL向上を目的に,体力低下をきたす身体状況の中でも患者の希望に沿う形で痛みの軽減やADLの自立もしくは自律の支援,外出外泊実現に向けた離床耐久性の向上や環境調整などを実施している.患者の希望は,「もう1度自宅の空気が吸ってみたい」や「自宅で整理をしたい」,「思い出の場所に行ってみたい」など,外出することにより叶うものが多い印象である.しかし,その実現には病状や離床耐久性,家族の支援体制といった様々な外出を困難にする阻害因子が存在する.少なくとも外出を可能にするためには病院と目的地間の移動に必要な離床耐久性が必要なため,リハでは耐久性を向上させるべくアプローチを行っている.離床可能かどうかについては本人の訴え,全身状態,そしてセラピストの経験により判断されていることが多く,どの時点まで離床可能かといった判断のための指標を示した研究は見当たらない.
本研究の目的は,1.対象患者の希望についてどのような希望があるのか,また希望のうちとくに外出・外泊についてどのくらいの患者が可能であったか明らかにすること,2.予後予測スコア〔PPI(Palliative Prognostic Index)値〕4)と離床可能時間(以下,離床耐久性)の関係を調べたうえでPPI値を用いた離床の可否についての参考値について検討することとした.
対象者は当院PCU(16床)に入院しリハを実施した2015年1月〜2016年6月までの間に退院した患者118例のうち,転院や自宅退院となった17例,リハが介入することができた期間が2週間に満たなかった24例,データ欠損例1例の計42例を除く総計76例とした.
倫理的配慮本研究の主旨と方法論,倫理的配慮は,当院臨床研究審査委員会の承認を得た(研究承認番号:研15-0706).
方法診療録やカンファレンス記録を基に年齢,性別,主病名,リハ実施期間,ADL能力,リハの介入目的,患者の希望内容,入院期間中の外出・外泊の希望や実施の有無,転帰,患者の週毎のPPI値,その時の離床能力を後方視的に調べた.
リハの介入目的や希望についてはリハの初期評価時に本人や家族より外出・外泊の希望の有無,その他の希望,リハへの要望などを口頭にてリハ担当者が聴取し,その内容はカンファレンス記録に記載されているため,その記録より集計した.外出・外泊は診療録よりその実施の有無や実施できない理由などの情報を得た.ADL能力は機能的自立度評価(Functional Independence Measure: FIM)5,6)を用いて評価し,運動項目だけの能力をm-FIMとし,リハ介入初期に評価した.PPI値は基本的には担当のリハスタッフが測定し,判断が難しい際には主治医へ判定依頼し判定された記録を使用した.さらに離床耐久性とは,1週間のうち,リハもしくは病棟看護師が実施できた最大の離床可能時間とした.PPI値と離床耐久性の評価は毎週行われており,研究で使用する頻度はリハ介入初期と死亡退院前1週から最大8週の最大9週分とした.
統計処理統計ソフトはSPSS Statistics Ver.19を使用した.男女比はχ2検定を用い,外出外泊を実施した患者の初期PPI値と実施していなかった患者の初期PPI値の差についてはMann-WhitneyのU検定を用いた.PPI値と離床耐久性の相関関係についてはSpearmanの順位相関係数を用いて算出した.さらに離床耐久性についてどのくらいのPPI値の時期まで離床可能かについてReceiver Operating Characteristic(ROC)曲線を用いて検討し,感度,特異度,ROC曲線下面積(area under the curve: AUC)を求め,そのカットオフ値を推定した.有意水準は5%未満とした.
2015年1月〜2016年6月までに緩和ケア病棟を退院した患者は163例であり,このうちリハを実施した患者は118例(72.4%)であった.118例中101例(93.5%)は死亡退院であり,このうち24例はリハ実施期間が2週間に満たなかった.さらにデータ欠損があった1例を除き,対象となった76例の属性を表1に示す.対象者に関して男女比に有意差はなく,疾患については肺がん患者が22例(28.9%)と最も多く,続いて大腸がん10例(13.2%),膵がん7例(9.2%),胃がん,乳がん,胆のう・胆管がんが各5例(6.6%),腎がん,前立腺がん各4例(5.3%),悪性リンパ腫3例(3.9%),その他のがん患者11例(14.5%)であった.対象者はすべて理学療法もしくは作業療法を実施(23例は両方実施)しており,14例(18.4%)は言語聴覚士による介入も行われていた.対象者の平均入院日数は64.1±45.3日であり,対象者の内66例(86.8%)は入院後1週間以内にリハが処方され,リハ開始となっていた.
希望について対象者のうち外泊や外出を希望していたのは38例(50.0%)であり,その内27例(71.1%)が外泊もしくは外出を実施していた.外出外泊を希望したが実施できなかった11例の原因は,家族の協力が得られなかったのが7例,症状コントロール不良が3例,準備途中での本人の希望が変化した例が1例であった.逆に外出した患者のうちの1例では初期時PPI値が10であり,離床練習すらも困難であったにも関わらず,本人および家族の強い希望にてストレッチャーで外出できた事例もあった.外出を実施した患者の初期PPI値の平均は2.8±2.1点,実施できなかった患者の初期PPI値の平均は3.8±2.0であり,数値上外出を実施した患者のPPI値は低い値となっているが統計学的に有意差はなかった.
外出外泊以外の希望(患者1例に対し複数回答あり)について,表2に示す.外への散歩や身辺整理・遺品の作成,趣味など離床することにより実現可能な希望がみられたり,トイレや歩行の自律,介助量の軽減など尊厳に関わる希望,症状緩和目的のものがみられたりと,多様なニーズがみられた.具体的に身辺整理・遺品の作成については,絵手紙や手紙で想いを記す,折り紙で折ったひな人形を孫に贈る,ちぎり絵を作って家族へ贈りたい,家族皆での会食などがあった.趣味については旅行したいやガーデニングをやりたい,カメラで好きなものを撮りたい,調理したい,喫煙に行けるようになりたいなどがあった.症状緩和には,痛みをとってほしいや浮腫を軽くしてほしい,きつさを楽にしてほしいなどがあった.
PPI値と離床耐久性との関係対象者76例のPPI値と離床耐久性について延べ480週分の情報をカンファ記録およびカルテより収集した.離床耐久性とPPI値には負の相関関係を認め,相関係数Rは−0.62であり中等度の相関を認めた.
ROC曲線を用いてカットオフ値を推定した結果,PPI値3.5以下で60分以上の離床を目指すことが可能でその感度は72.8%,特異度は73.1%,ROC曲線下面積であるAUCは0.80であった(図1).PPI値4.5以下では30分以上の離床を目指すことが可能でその感度は71.9%,特異度は71.8%,AUCは0.79であった(図2).またPPI値5.5までは少しでも離床練習が可能であると捉えることででき,その感度は79.3%,特異度は71.4%,AUCは0.84であった(図3).逆にPPI値が6以上となると離床自体が難しくなってくるという結果であった.
PPI値3.5以下(感度:72.8%,特異度:73.1%,AUC:0.80)
PPI値4.5以下(感度:71.9%,特異度:71.8%,AUC:0.79)
PPI値5.5以下(感度:79.3%,特異度:71.4%,AUC:0.84)
当院PCUでは病棟看護師よりリハについての情報が患者へ提供される.そして患者やその家族がリハを希望したうえ,主治医がリハの専門性が必要と判断した場合に処方される.PCU患者など進行がん患者のリハの効果として,ADL向上7)や耐久性の向上8),倦怠感の軽減9~11),眠気の軽減10),幸福感の向上10),QOLの向上9,11,12)などを示す研究が散見される.がんリハの目的は,患者の身体状況の中で理学療法や作業療法,言語聴覚療法を用いることで患者や家族のQOLを向上させることである.そのため患者や家族がリハを希望しなくなった場合は無理に介入の継続は行っていない.逆に身体的に厳しい状況になったとしても,本人や家族がリハ継続を希望した場合には主治医と相談のうえ,最期までリハを継続することもある.リハを行うPCU患者の割合は,年々増加し2016年度で7割を超えている.リハの介入頻度は週3~5回で,1回20~40分を基本としている.
Yoshioka7)が示したように,PCU患者はその病状によっては例え終末期であってもリハを実施することにより身体機能の向上,ADL能力を向上させることができる場合もある.しかし必ずどこかのポイントで病状が悪化し全身機能・ADLは低下するため,リハの目標設定は短い期間で設定し,身体機能向上のみに固執せず,積極的に環境にアプローチして目標達成を目指す.
今回の研究では,まず患者と家族の希望について調査した.単一施設のみの調査であるが,その結果表2で示したように患者の希望は外出・外泊や外への散歩,身辺整理・遺品の作成,趣味の実施など離床耐久性が向上することで実現可能となる事柄が多い結果となった.ここでは離床耐久性の維持・向上が患者や家族のQOL向上に寄与する可能性が考えられた.
予後予測についてはPPI値を用いて評価した.PPI値はADL能力(Palliative Performance Status:PPS値)と食思,浮腫,呼吸困難感,せん妄の有無といった身体状況によって評価する予後予測スコアである.臨床上使用が多くみられる予後予測スコアはこのPPIのほかにPaPスコア(Palliative Prognosis Score)やPiPSモデル(Prognosis in Palliative care Study predictor models)などがあるが当院のPCUにおけるリハ評価を行う際は,より簡便で症状の有無という客観的データを用いて測定できるPPIを使用している.この予後予測スコアを用いて外出・外泊を実施した患者と実施できなかった患者の初期PPI値を比較した結果,両者には統計学的有意差はみられなかった.予測としては外出・外泊を実施した群は,比較的予後が長く身体機能が高い,それに対して外出・外泊を実施できなかった群は予後が短く身体機能が低いためPPI値に有意差がでると考えられたが,有意差のない結果となった.これは結果にも示したように,予後が短いと予測された離床耐久性の低い患者であっても,自宅になんとしても帰りたいと望む患者とその希望を全力で支えるか家族が一定数存在し,外出外泊を実現していることが示唆される.逆にPPI値が低く,離床耐久性の高い患者であっても,十分な家族のサポートがないゆえに希望が実現されない患者もみられた.今回の調査により患者の希望を実現するには,離床耐久性向上のためのアプローチや環境調整など医療者のサポートに加えて「家族の強いサポート」も実現のための大きな因子であることが示唆された.
離床耐久性とPPI値の評価は,初期および死亡退院する1週間前から最大8週間前のデータであるため,ADL能力や離床の耐久性が低下する時期が含まれている.今回の研究で身体機能が低下する時期の離床能力とPPI値の関係をみることにより,予後に対する目指すことが可能な離床時間の指標について検討した.その結果,離床能力とPPI値は中等度の負の相関関係にありPPI値が高い(生命予後が短い)ほど離床能力は低くなることが示唆された.また結果に示した通りROC曲線を用いてカットオフ値を推定した結果,PPI値3.5以下で60分以上の離床ができる可能性が高いことがわかった.さらにはPPI値4.5以下では30分以上の離床を目指すことが可能で5.5以下までは少しでも離床練習が可能であることが示唆され,逆にPPI値が6を超えると厳しい身体状況となっていることが多く離床自体が難しくなることがわかった.
これまでPCUでのリハでは,身体評価を行い,患者の訴えを聞きながらまずはギャッチアップから開始し,どこまで離床可能か徐々に進めていくという流れで実施していた.今回の研究結果は,リハ介入初回より目標設定を患者と話し合って決定していくプロセスの中で,具体的な離床プランをたてるための1つの指標となりうると考える.
研究の限界について,今回の研究は単一施設における後方視的研究であり患者数も76例と寡少である.エビデンスレベルを高めるためには多施設間でのrandomized controlを含めた前向き研究を行う必要がある.希望の聴取の方法やその実現についての調査については同一の質問紙を使用するなど方法において統一する,さらには離床をはじめとするリハの実施方法についてもある程度統一し,セラピストによるバイアスを少なくする必要性が考えられた.
今回,われわれはPCU患者がリハビリに対して希望する内容を明らかにした.離床耐久性とPPI値の間には中等度の,負の相関関係が示された.これにより,PPI値が,離床のゴール設定を行う際のツールとして有用であることが示唆された.
論文作成にあたりご助言を頂きました井手睦院長,泉室長,ブランディさんに深謝いたします.
著者の申告すべき利益相反なし