Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
胃がんに合併した後天性血友病Aの1例─緩和ケア医も経験しうる稀な出血性疾患─
前川 健一伊藤 哲也竹井 清純的場 元弘
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2019 年 14 巻 4 号 p. 253-257

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Abstract

【緒言】緩和ケア病棟で診断した後天性血友病Aの事例を報告する.【症例】86歳男性.1年前に胃がんと診断されたが本人に治療の希望がなく経過観察されていた.経過中に全身の皮下出血が多発し,貧血も増悪したため入院.血液検査で活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)の延長を認めたが原因は不明であった.入院後も皮下出血は持続し,疼痛を伴った.緩和ケア病棟に入院後,血液検査でAPTTのみが延長していたため凝血学的検査を行い,後天性血友病Aと診断した.免疫抑制療法を検討したが経過中に抗菌薬が無効の誤嚥性肺炎を合併し,予後は短いと予想されたため免疫抑制療法は行わなかった.緩和ケア病棟入院後20日目に死亡した.【結語】後天性血友病Aは稀な出血性疾患だが,既往歴や家族歴のない突然の出血とAPTTのみの延長が認められた場合には後天性血友病Aを疑うべきである.

緒言

後天性血友病Aは従来出血性素因が認められなかった個人に出血症状で発症する稀な出血性疾患の一つであり,その疾患の本態は悪性腫瘍,自己免疫性疾患,妊娠などの基礎疾患を背景に第VIII因子に対する自己抗体(第VIII因子インヒビター)が出現し,第VIII因子活性が低下することである.

本疾患は出血,とくに皮下出血による貧血や疼痛,呼吸困難をきたすことが多く,致命的な場合もある.また診断されていない状態では医療行為により止血困難になる可能性もあるため正確な診断が求められる.

今回われわれは緩和ケア病棟入院後に診断された後天性血友病Aの事例を経験した.基礎疾患の一つが悪性腫瘍であるため,われわれ緩和医療領域の医療従事者も経験する可能性があると考え報告する.なお本症例を学術誌に報告することに関しては写真の掲載も含めて患者の家族に同意を得た.また写真の掲載に関しては個人が特定できないように配慮した.

症例提示

【症 例】86歳,男性

【主 訴】全身倦怠感,全身性の皮下出血

【家族歴】特記事項なし

【既往歴】本態性高血圧症,II型糖尿病,パーキンソン症候群の診断で通院加療中

【現病歴】1年前に胃がんと診断されたが本人に治療の希望がなく外来で経過観察されていた.診断から6カ月後の造影CTで転移性肝腫瘍が認められたが,そのころよりとくに誘因なく皮下出血が多発し,改善と増悪を繰り返すようになった(図1).その後次第に全身状態が増悪し,自宅で動けなくなったため救急搬送された.救急搬送時にも皮下出血が多発しており,血液検査では貧血,腎機能障害,活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)の延長を認めた.下血や血尿を認めず,全身のCT画像にも明らかな血栓症や出血を認めず,貧血やAPTTの延長の原因は不明であった.

貧血,腎機能障害は赤血球輸血で改善したが皮下出血,APTTの延長は新鮮凍結血漿を連日輸血しても改善せず,とくに両側上腕には硬結,腫脹を生じ,疼痛を伴った.鎮痛薬としてアセトアミノフェンおよびオキシコドンを投与されたが効果がなく,筋膜減張切開まで検討された.鎮痛が困難と判断され,疼痛緩和を目的に緩和ケア病棟に入院した.

緩和ケア病棟入院時現症:意識は清明だが受け答えや動作は緩慢で自立歩行はできなかった.全身性に皮下出血を認め,眼瞼結膜に貧血を認めたが両側上腕の腫脹は以前より軽減しており,疼痛は認められなかった.明らかなバイタルサインの異常は認めなかった.血液検査でAPTTの延長は持続していたが貧血は進行していなかった.

緩和ケア病棟入院後経過:悪性腫瘍に伴うAPTTの延長の場合は後天性血友病が疑われるため,まずは末梢静脈ライン維持のために用いられていたヘパリンを生理食塩水に変更した.

患者および患者の家族には診断を行うことの意義について「診断することで危険な医療処置などを回避することができる可能性があり,また出血自体の治療ができる可能性もある」と説明し,診断のための検査を行う方針に合意が得られた.

検査としてまずはAPTTの延長の原因の鑑別目的でAPTTクロスミキシング試験を検討したが院内に検査の担当者が不在であり,凝血学的検査の方が早く判明するということからAPTTクロスミキシング試験は行わず,凝血学的検査を先行した.検査の結果,第VIII因子活性の低下および第VIII因子インヒビターを認め,ループスアンチコアグラント(LA)は陰性,フォンヴィレブランド因子(VWF)活性の低下は認められなかったため,後天性血友病Aと診断した(表1).

診断した時点では貧血の増悪を認めず,皮下出血に伴う疼痛も改善していたため止血療法は適応がないと考え,プレドニゾロンによる免疫抑制療法を検討した.しかし経過中に誤嚥性肺炎を合併し,抗菌薬の投与を行ったが改善せず,全身状態は急激に増悪し,意識障害も出現した.その時点でのPalliative Prognostic Indexは14点であり,急激な状態の変化から予後は短いと予想されたため,家族とも話し合ったうえで免疫抑制療法は行わずに苦痛の緩和に専念した.その後は呼吸不全が進行し,緩和ケア病棟入院後20日目に死亡した.

図1 入院時皮膚所見

全身性に皮下出血を認める

表1 緩和ケア病棟入院後の血液検査所見

考察

後天性血友病Aは先天的な第VIII因子欠損症である先天性血友病Aとは異なり,悪性腫瘍や自己免疫疾患,妊娠などの基礎疾患を背景に第VIII因子に対する抑制因子(インヒビター)が後天的に生じることにより第VIII因子活性が低下することで出血症状を呈する疾患である1,2)

後天性血友病Aの発生頻度に関しては,本邦における調査3)で3年間に55例が報告されているが,近年のイギリスでの全国規模の調査4)では年間100万人に1.48人と報告されており,本邦でも実際の発生頻度はこれに近いものと考えられている.性差はなく,発症年齢は60~70歳台が多いが,20~30歳台にも妊娠,分娩に関連する女性優位のピークを認める5)

基礎疾患は悪性腫瘍,自己免疫性疾患,妊娠,薬剤などであるが,明らかな基礎疾患を認めない特発性の症例もある3,4).腫瘍性疾患は後天性血友病Aの5.5~17%に認められ,本邦では胃がんと大腸がんに多い3).後天性血友病Aの臨床症状はさまざまな出血症状であるが,先天性血友病Aに特徴的な関節内出血は比較的少なく,皮下出血の頻度が最も高い3,4,6).重篤な出血があることも稀ではなく,自験例のように皮下出血のみでも輸血を要する程の貧血を呈することや疼痛を伴うこともある.

診断は,まず家族歴や既往歴のない突然の出血傾向とともに血液検査でAPTTが延長し,血小板やプロントロンビン時間(prothrombin time: PT)が正常である場合に疑うことから始まる.その際,血液検体にヘパリンなどの抗凝固剤の混入がないことにも留意する.

次にAPTTの延長の原因の鑑別のためにAPTTクロスミキシング試験を行うことが推奨されている1,7).自験例では検査の担当者が院内に不在であったため施行できなかったが,確定診断のための凝血学的検査はすぐに結果が判明しない場合もあるため有用である.

確定診断には凝血学的検査で第VIII因子活性の低下および第VIII因子インヒビターが認められ,後天性血友病Aと同様にAPTTが延長するフォンヴィレブランド病および抗リン脂質抗体症候群を否定するためにフォンヴィレブランド因子(von Willebrand factor: VWF)活性の低下がないことおよびループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant: LA)が陰性であることが必須である.

治療としては診断時に貧血の進行や血腫などによる強い疼痛,頸部圧迫による窒息の危険などの緊急性の高い出血が認められる場合には活性型第VII因子製剤などの補充による止血療法を行うことが推奨されており,新鮮凍結血漿や第VIII因子製剤はインヒビターによって中和されてしまうため多くの症例で無効である1,3,8).後天性血友病による軟部出血に伴う疼痛に対しての鎮痛薬に関しては本邦のガイドラインにも記載がなく,確立されたものはないと思われるが,一般的に血友病においては出血の問題があることから非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の投与は難しい場合が多い.アセトアミノフェンやオピオイドなどの鎮痛薬は有効なことがあるが,止血療法が行われていない状態では無効な場合もあると示唆されている9).自験例でも緩和ケア病棟入院前に認められた疼痛に対してはアセトアミノフェン,オキシコドンがいずれも無効であった.

また後天性血友病Aの出血傾向は常に持続しているとは限らず,経過中に改善と増悪を繰り返すことがあるといわれている.自験例でも緩和ケア病棟入院前にあった両側上腕の疼痛は緩和ケア病棟入院時には消失しており,貧血も進行していなかった.貧血などの進行がない場合には止血療法の必要はないが,インヒビターが存在する限りは常に重篤な出血の可能性があるため,診断後にはプレドニゾロンなどによる免疫抑制療法を行うことが推奨されている1,10,11).ただし,免疫抑制療法は開始から寛解(第VIII因子インヒビターの消失)に至るまでに1~4カ月程度の期間を要するといわれており12,13),また後天性血友病Aによる死因は出血だけでなく免疫抑制療法に伴う感染症によるものも多い3,5).自験例では経過中に抗菌薬無効の誤嚥性肺炎を合併しており,短い予後が予想されたため,家族とも相談したうえで免疫抑制療法は施行しなかった.

自験例では緩和ケア病棟に入院する前に両側上腕の腫脹、疼痛が強く,筋膜減張切開を検討されるほどであった.皮下,筋肉内の出血の頻度が高いため,自験例と同様に危うく筋膜減張切開を施行しそうになった例14)や外科処置の後に止血困難となった例15)も報告されており,実際に筋膜減張切開が施行されていれば止血困難になっていた可能性が考えられる.このように後天性血友病Aは診断されないままだと医療行為によって重篤な状態に陥る可能性もあるため,まずは診断を行うことが重要と考えられた.

また,本邦のガイドラインでは後天性血友病Aを疑った時点で診断や治療に精通した熟練医にコンサルテーションを行うことが推奨されている1).自験例では緩和ケア病棟で担当した主治医がもともと血液内科医であり,後天性血友病Aの症例を経験したこともあったことから他の血液内科医の助言を得ながら対応したが,疾患の特性を考えると医療機関によっては診療自体が困難な場合もあると考えられ,その場合には診療可能な医療機関への搬送も検討すべきである.

結語

後天性血友病Aは稀な出血性疾患であるが基礎疾患の一つが悪性腫瘍であり,われわれ緩和医療領域の医療従事者が経験しても気づいていない場合もあると考えられる.既往歴や家族歴のない突然の出血傾向を認め,凝血学的検査でAPTTの延長のみが認められた場合には後天性血友病Aを疑うことが重要である.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

前川および的場は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;伊藤および竹井は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2019日本緩和医療学会
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