Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
がん性疼痛に対してオキシコドン塩酸塩を使用した妊婦から出生した児に新生児薬物離脱症候群が出現した1例
徳永 愛美縄田 修一横山 和彦稲垣 彩美瀬尾 晃平井川 三緒村川 哲郎市倉 大輔峯村 純子佐々木 忠徳
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2020 年 15 巻 4 号 p. 297-302

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Abstract

がん性疼痛に対してオキシコドン塩酸塩を使用している妊婦症例を経験する機会は極めて少ない.今回,長期にオキシコドン塩酸塩を使用した妊婦を経験した.妊娠経過中は,オキシコドン塩酸塩使用による妊娠経過への悪影響はなく,胎児の発育も順調であった.しかし,児は出生直後に無呼吸発作が出現し,人工呼吸器管理が必要となった.また,新生児薬物離脱症候群に対する薬物治療を必要とした.

緒言

第3期がん対策推進基本計画1)では,Adolescent and Young Adult(AYA)世代のがん対策が重点項目の一つとなっている.AYA世代の対策は,妊娠・出産機会の確保が重要とされており,がん性疼痛にオピオイドを使用しながら妊娠を継続する症例も少なからず存在すると想定される.また,慢性疼痛に対するオピオイドの適応が広がってきていることから,オピオイドの使用を必要とする妊婦が増える可能性がある.このような症例においては,疼痛対策にオピオイドを使用することによる母体や胎児への影響が懸念される.また,モルヒネ硫酸塩水和物徐放錠やオキシコドン塩酸塩水和物徐放錠の添付文書2,3)においては,「有益性投与」と記載されているほか,出産時の疼痛緩和を目的とした投与においても,胎児の呼吸抑制などへの注意喚起がされている.

国内では,妊娠中にフェンタニルを使用した母体や胎児への影響に関する症例報告はあるが4),オキシコドン塩酸塩を長期に使用した報告はない.米国では,妊娠中の薬物乱用に関連したオピオイドの使用による母体や胎児への影響が報告されているが5),がん性疼痛に使用した際の報告は見当たらない.

今回,がん性疼痛を有する後腹膜平滑筋肉腫患者が,経過観察中に妊娠し,疼痛緩和の目的でオキシコドン塩酸塩を投与した症例を経験した.胎児成長により増大した子宮が腫瘍を圧迫することにより,次第に疼痛が悪化し,オキシコドン塩酸塩の増量や出生した児の新生児薬物離脱症候群(Neonatal abstinence syndrome: NAS)への対応など,妊娠合併がん性疼痛患者特有の対応について報告する.

倫理的配慮

本症例報告は,昭和大学横浜市北部病院臨床試験審査委員会の承認を得た.

症例提示

30代,女性.2013年4月,後腹膜平滑筋肉腫に対して摘出術,後腹膜への放射線治療を実施した.2015年に第1子を自然妊娠し,経腟分娩した.2016年に肺転移,寛骨転移が出現したが,患者は抗がん薬による治療希望なく経過観察となった.2017年に肺転移,寛骨転移が増悪し,坐骨転移も出現したが,経過観察を継続した.2018年9月に第2子を自然妊娠し,妊娠12週時点で前医での対応が困難と判断され,当院へ転院となった.2018年10月,妊娠14週時点で疼痛コントロール不良のため,入院での疼痛管理が必要と判断された.

臨床経過

1.母体のがん性疼痛治療の経過

寛骨,坐骨転移のため鼡径部に体性痛が持続し,Numerical Rating Score(NRS) 7〜8/10で経過した.疼痛コントロール目的で,妊娠14週から緩和医療チームが介入した.Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs(NSAIDs)やアセトアミノフェンでは疼痛コントロール不良のため,オピオイド鎮痛薬としてモルヒネ硫酸塩またはオキシコドン塩酸塩の導入を検討した.モルヒネ硫酸塩は動物実験で催奇形性が報告されているが2),オキシコドン塩酸塩では同様の報告がない3)ため,本症例ではオキシコドン塩酸塩を選択した.なお,両薬剤ともヒトでの胎盤通過性は不明であった.妊娠14週より,ロキソプロフェンNa錠180 mg/日およびアセトアミノフェン錠1,500 mg/日に併用して,オキシコドン塩酸塩水和物徐放カプセル5 mg/日を開始した.レスキューは,オキシコドン塩酸塩水和物散2.5 mg/回とした.オキシコドン塩酸塩の導入により,疼痛はNRS 2〜3/10まで改善し,母体への有害事象は認められなかった.その後,後腹膜平滑筋肉腫の進行は認められなかったが,胎児の成長に伴い増大した子宮が腫瘍や転移部を圧迫し,疼痛が増悪した.オキシコドン塩酸塩は疼痛の状況により増量され,妊娠期間中の投与日数は妊娠14週から分娩までの163日,総投与量は6,125 mgであった(図1).なお,入院期間はオキシコドン塩酸塩の導入期である妊娠15週までであり,分娩のために入院するまで外来で管理することが可能であった.

分娩前の鎮痛薬は,オキシコドン塩酸塩水和物徐放カプセル80 mg/日,アセトアミノフェン1,500 mg/日,レスキューはオキシコドン塩酸塩水和物散10 mg/回で使用した.ロキソプロフェンNa錠は妊娠末期には禁忌となるため,妊娠35週より中止した.妊娠36週2日より入院管理し,妊娠37週0日で選択的帝王切開にて分娩となった.オキシコドン塩酸塩は分娩日の朝まで服用し,術後2日目から同量で再開した.なお,帝王切開術時の所見では,腹腔内癒着はなく,腹腔内に腫瘍は視認できなかったが,術後のCT検査で肺転移と寛骨転移に増悪がみられた.分娩後の疼痛は,胎児による疼痛部位の圧迫が軽減されたことやNSAIDsの併用を再開したことで徐々に軽減した.分娩後1カ月の時点では,分娩前と同量のオキシコドン塩酸塩水和物徐放カプセル80 mg/日を使用していたが,徐々に減量し,分娩後6カ月時点では40 mg/日であった.その後,後腹膜平滑筋肉腫の治療目的で他院へ転院となった.

図1 オキシコドン塩酸塩の投与量と胎児体重の推移

下図は,妊婦に投与された各週のオキシコドン塩酸塩投与量を示した.折れ線は1日徐放性オキシコドン量,棒グラフは速放性オキシコドンの1日平均使用量を示している.

上図は,胎児の体重変化を示した.

2.児の経過

出生前,母体がオキシコドン塩酸塩開始後も超音波検査等で発育不全や奇形は認められなかった.児は,37週0日で帝王切開によって出生となった.体重2,934 g,Apgar score 8/9,臍帯動脈血ガスpH 7.304であった.第一啼泣はみられたが,出生5分後に心拍152, SpO2 87%のため酸素投与開始.出生20分後にはSpO2 98%となり,その後も酸素投与下でSpO2 90%後半を保てるが呻吟がみられた.出生後約1時間の動脈血ガスデータはpH 7.244, pCO2 52.2 mmHg, pO2 137.5 mmHg, BE-5.8 mmol/Lであり,出生後約3時間の動脈血ガスデータはpH 7.194, pCO2 69.5 mmHg, pO2 56.7 mmHg, BE-4.1 mmol/Lであった.オキシコドン塩酸塩の影響と考えられる呼吸不全が認められ,新生児特定集中治療室(NICU)で人工呼吸器を装着し,新生児薬物離脱症候群チェックリスト6)で経過を確認した.日齢2で離脱スコアが9点(不安興奮状態3点,易刺激性2点,嘔吐2点,哺乳不良2点)となったため,薬物治療を開始した(図2).一般的にNASの治療は,離脱スコア8 点以上で考慮される.重篤副作用疾患別対応マニュアル7)では,麻薬性鎮痛薬によるNASではモルヒネ,非麻薬性鎮痛薬の場合は,ジアゼパムとフェノバルビタールが推奨されている.本症例は,当院でNASにモルヒネの使用経験がなかったため,フェノバルビタールを先行使用し,改善がなければモルヒネの使用を検討することにした.日齢2でフェノバルビタール45 mg/日(16 mg/kg/日)を初回投与し,日齢3で離脱スコアは4点まで低下したため,維持投与は行わなかった.その後,日齢11で離脱スコアは0点となった.嘔吐と哺乳不良が遷延したが,哺乳が確立し離脱スコアが低下すると,児の体重は順調に増加したため日齢16で自宅退院となった.1カ月検診,3カ月検診では,児の発育や発達に異常は認められなかった.なお,母体がオキシコドン塩酸塩の内服を継続していたため,母乳育児は行わなかった.

図2 日齢と新生児薬物離脱スコア・体重の推移

実線は離脱スコアの推移,点線は出生児の体重の推移を示した.

児の離脱症状は,多呼吸,不安興奮状態,易刺激性,嘔吐,哺乳不良であり,嘔吐と哺乳不良が遷延した.日齢0(1点:多呼吸),日齢2(9点:不安興奮状態,易刺激性,嘔吐,哺乳不良),日齢5(4点:嘔吐,易刺激性),日齢8(4点:嘔吐,哺乳不良),日齢10(2点:嘔吐)

考察

妊娠中のがん性疼痛に対してオキシコドン塩酸塩を継続服用し,分娩した症例を経験した.出生した児はNASを発症し,一時的に人工呼吸器管理および薬物投与が必要であった.

本症例では母体にオキシコドン塩酸塩を投与していたが,出生した児のNASに対して,過去のNASに対する薬物療法の経験からフェノバルビタールを選択した.しかし,ヘロインやメサドンなどモルヒネ以外のオピオイドによるNASにおいても,フェノバルビタールよりモルヒネが有効であると報告されている8)ことから,オキシコドン塩酸塩によるNASでも第一選択としてモルヒネの使用も考慮すべきと考える.

国内では,医療用麻薬は適応範囲が限定されており,妊娠期の使用症例は稀で使用経験の報告は少ない.本症例の妊婦や胎児,新生児に対するオキシコドン塩酸塩の影響は,重要な情報となり得る.

米国においては,妊娠期のオピオイド使用が問題となっている.民間保険のデータでは妊娠期にオピオイドを使用した患者は14.4%,主に低所得者などを対象にした公的医療保険であるMedicaidのデータでは21.6%との報告がある5,9)

しかし,妊娠中のオピオイド使用は,母体や胎児に影響を及ぼすことが報告されている10).母体へのオピオイドの長期投与は,妊娠合併症として子宮発達遅延,羊水減少,早産,早期胎盤剝離,重症妊娠高血圧腎症,死産リスクの増加が報告されており11),胎児に対する影響においても,発育不全や先天性奇形のリスクの報告がある12).周産期にオピオイドに曝露されていた新生児の約60%がNASを発症するとの報告も存在する10,13).以上のように,米国では主にオピオイド依存症や不適切使用による妊婦や出生した児に対する影響の報告は多いが,がん性疼痛に適切に使用していた際の妊婦や児に対する影響に関する報告は少ない.本症例では,分娩までの長期間にわたり高用量のオキシコドン塩酸塩が投与されたが,母体の妊娠経過に問題はなく,胎児の発育不全などの異常は認められなかった.しかし,出生した児は,出生直後に呼吸不全の症状が認められ,NICUで挿管管理が行われた.帝王切開による出産は,39週に比較して37週では呼吸器系の障害リスクが高く,NICU入室の割合も高いとの報告14)もあるが,本症例ではNASを発症していることから,オキシコドン塩酸塩による呼吸不全の可能性が高いと考えられた.

現在,日本国内では,オキシコドン塩酸塩の適応はがん性疼痛のみであり,妊婦に対する投与はがん性疼痛を有する場合に限定される.がん性疼痛と慢性疼痛では,精神的依存が起こる機序に違いがあることが知られているが15),妊婦への影響の違いは不明である.今後オキシコドン塩酸塩が慢性疼痛に使用されるようになると,オキシコドン塩酸塩内服中に妊娠するケースが増えることが想定されることから,本症例はそのような状況時にも有用な情報になり得る.

今後症例を集積して妊娠や母児への影響を評価する必要があると考える.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

徳永,縄田および横山は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;稲垣,瀬尾,井川,村川,市倉,峯村および佐々木は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2020日本緩和医療学会
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