Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
緩和ケア医が苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要と考える方言:緩和医療専門医・認定医に対する質問紙調査
三輪 聖森田 達也松本 禎久上原 優子加藤 雅志小杉 寿文曽根 美雪中村 直樹水嶋 章郎宮下 光令山口 拓洋里見 絵理子
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2021 年 16 巻 4 号 p. 281-287

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Abstract

【目的】緩和ケア医が苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要と考える方言を収集する.【方法】2020年2月から4月に緩和医療専門医・認定医762名を対象とした全国質問紙調査を実施した.緩和ケア医が苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要と考える方言とその意味を自由記述で質問し,症状別に分類した.【結果】有効回答492名(64.8%).233名(47.4%)が方言として116語を挙げ,苦痛を表現する方言は101語であった.「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」(N=62),「疼痛」(N=13),「呼吸器・循環器症状」,「精神症状」(各N=8),「消化器症状」,「神経・筋・皮膚症状」(各N=5)であった.【結語】緩和ケア医が苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要と考える方言とその意味が明らかになった.苦痛の適切な評価のために,苦痛を表す様々な方言があることを理解することが必要である.

緒言

緩和医療において,どのような苦痛があるかを評価することは,適切な症状緩和を提供する上で不可欠である1,2)

患者や家族は,医療者に対して痛みなどの自覚症状を自分たちの親しんでいる方法で伝えようとするが,標準語を用いるとは限らない.患者によっては,標準語では上手に表現できない微妙なニュアンスを伴った感覚や感情を伝えるために,方言を用いることも少なくない36).さらに,近年,医療コミュニケーションにおける医療方言の役割が注目され,患者や家族,医療者間における心理的距離を近づける効果や有用な医療情報を円滑に引き出す効果があることが報告されている7,8).すなわち,方言を用いることで患者との感情的な距離が近づき,コミュニケーションが円滑になる可能性が指摘されている.

したがって,主な苦痛を表現する方言を理解しておくことは緩和ケア医にとって有用であると考えられる.しかし,プライマリケア,災害医療,歯科領域などにおいて,どのような方言が用いられているかを示した研究はあるが36),緩和医療の現場で,どのような方言がどのような意味で使用されているかについて調査した報告はない.緩和ケア医が苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要と考える方言を収集することを目的として本研究を実施した.

方法

本研究は,がん治療認定医,緩和医療専門医・認定医,ペインクリニック専門医,IVR(interventional radiology:画像下治療)専門医,在宅医療専門医を対象とした難治性のがん疼痛および症状に関する専門医対象の全国質問紙調査の付帯研究として実施した.

研究の対象は,2019年4月1日時点で日本緩和医療学会のホームページ上に記載されている緩和医療専門医・認定医(日本緩和医療学会認定)とした.質問紙送付対象者に対して,趣旨説明書,質問紙および返信用封筒を同封し封書によって郵送した.質問紙到着後1カ月以内に返信をするように趣旨説明書に記載し,質問紙発送後1カ月以内に葉書の郵送による督促を未返送者に対して1回行った.調査期間は令和2年2月5日から令和2年4月30日であった.

主要評価項目として,医師が勤務している地域で,「苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要であると考える方言」とその意味を三つまで回答を求めた.質問文は「あなたの勤務している地域の方言で,緩和ケアを行う上で医師が知っておかないと診療上困る(苦痛のアセスメントができない)ことに通じる方言と意味について,思いつくものがあれば三つまで教えてください」とした.回答者の背景として,年齢,性別,医師免許取得後の臨床経験年数,年間に診療するがん患者数,年間に診療期間中に死亡するがん患者数,主に勤務している医療機関,診療形態,日本緩和医療学会認定の専門資格を尋ねた.

解析対象は,質問に対して一つ以上の回答があるものとした.返送のあった回答のうち,「調査には協力しません」とチェックして返送された場合には不参加として扱った.

回答者の背景の記述統計を計算し,次に,記載されている方言の一覧を作成した.そして,方言の意味を日本方言大辞典と全国方言辞典,二つのオンライン医療方言データベース912)より同定し,医師からの回答と照合した上で意味を決定した.辞典とデータベースに記載された意味が医師からの回答と一致しなかった場合は,辞典とデータベースの意味を採用した.辞典やデータベースで該当する方言が確認できなかった場合は,医師からの回答を採用した.苦痛を表現する方言の整理を主目的とし,程度や部位など苦痛を表現したものではない方言は以降の解析から除外した.最終的に,「疼痛」「呼吸器・循環器症状」「消化器症状」「神経・筋・皮膚症状」「精神症状」「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」に分類し,それぞれの方言の頻度を集計した.「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」を表現する方言とは,倦怠感の意味として使用されるもの,倦怠感と呼吸困難など複数の苦痛を表す意味で使用されるもの,特定できない苦痛の意味で使用されるもの,全体的な調子の意味で表現されるものとした.表現の類似している方言は,出現数は別々に集計し,分類表はまとめて示した.

以上の過程においては,研究者1名(SM)が主として行ったものを,共同研究者2名(TM,YM)が確認する方法で合議に基づいて行った.

本研究は無記名とし,調査依頼用紙に研究趣旨や匿名性やプライバシーの確保,研究参加への拒否権利などについて明記した.国立がん研究センターの研究倫理審査委員会の審査を経て実施された(令和2年2月7日,第6000-021).

結果

対象となった緩和医療専門医・認定医は762名(専門医244名,認定医518名)であった.発送時に3名を除外した(所属先が不明,国外など).発送した759名のうち495名から返送があった.3名が不参加であったため,有効回答の492名(64.8%)を解析母数とした.調査対象者の背景を表1に示す.492名の専門資格の内訳としては,緩和医療専門医170名,認定医321名,不明1名であった.平均年齢は49.4歳,平均臨床経験年数は23.5年,年間に診療するがん患者数の中央値は150名であった.

233名(47.4%)が一つ以上の「知っておくことが必要」な方言を挙げ,方言として116語が得られた.このうち苦痛を表現する方言は101語であった.除外した15語は,感情に関する方言5語(おとろしい:恐ろしい,げんねか:恥ずかしい,ごーわく:腹が立つ,しょんない:諦め・どうしようもない,むげねー:哀れだ),程度表現に関する方言5語(がい:とても,げっとに:強く,すったい:とても,ずんやり:ずっと),改善・軽快に関する方言3語(あずましい:快適である,うちばになる:軽快する,べっちゃない:大丈夫だ),名称に関するもの1語(あっぱ:大便),感嘆語に分類される方言1語(あがー:痛い時の感嘆語)であった.

苦痛を表現する101語の方言を意味別に集計した結果を表2表3に示す.内訳としては,疼痛を表す方言(12.9%),呼吸器・循環器症状を表す方言(7.9%),消化器症状を表す方言(4.9%),神経・筋・皮膚症状を表す方言(4.9%),精神症状を表す方言(7.9%),倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」を表す方言(61.4%)であり,多くの方言が「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」に分類された.

方言として10名以上に挙げられたものは,「えらい」(N=82),「こわい」(N=45),「しんどい,しんでー,しんの」(N=19),「ずつない,づつない,じゅつなか」(N=17),「せつない,ぜつない,せつい,せちー」(N=17),「なんぎ,なんぎい,なんぎな」(N=11)であり,すべてが「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」に分類された.これら六つの方言で共通した意味は,「つらい」「苦しい」「だるい」であり,「疲れている」「具合が悪い」が高頻度であった(表4).

表1 医師の背景
表2 苦痛に関する方言
表3 倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さを表す方言
表4 緩和医療専門医・認定医の10名以上から挙げられた方言

考察

緩和ケア医が苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要と考える方言について質問紙調査を実施した.知っておくことが必要と考える方言として101語の方言と意味が明らかになり,多くが「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」に属する方言であった.

今回収集された方言の多くは,「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」に属する方言であるとみなされた.倦怠感は国際的にも言語的な差があることが知られている.例えば,英語のfatigue, tiredness, weakness, astheniaなどが他言語において該当する言語があるかを比較する研究が行われている13,14).また,終末期の緩和できない苦痛に関する研究では,いわゆる「身の置き所のなさ」が,terminal restlessness, profound fatigue, agitation, general malaiseなどとまちまちに表現されることも知られている1518).本研究からは,倦怠感や身の置き所がなさを表現する際に,「えらい」「こわい」「しんどい,しんでー,しんの」「ずつない,づつない,じゅつなか」などの「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」に属する方言が使用されていることが示唆される.また,それらの方言は,多彩な意味を持ち合わせ,その使用状況において意味が変化するため,身体的な苦痛(倦怠感,呼吸困難,疼痛など)だけでなく,心理的苦痛やスピリチュアルペインも表現する場合もある.「倦怠感・特定できない苦痛・全体的な調子の悪さ」を表現する日本語の中核的な意味や違いについて言語学,症候学の両面からの研究がさらに必要である.

標準語は多くの人々に用いられるために細かなニュアンスを欠いてしまう側面があり,方言でしか言い表せない微妙なニュアンスを伴った感覚や感情が,標準語化が進んだ現在においても存在している36).ゆえに,診療を行っている地域に根づいた苦痛を表現する方言を理解しておくことは有用であると考えられる.また,方言は使用された状況や文脈によっては,意味が変化する場合があり,同じ言葉であったとしても解釈の違いによるコミュニケーションエラーには注意が必要である7,8).本研究で「えらい」が多義的に使用されることが示唆されたように,「えらい」と患者が表出した場合,倦怠感や疲労感,呼吸困難,複合的な要因から生じる身の置き所のなさなど,実際にどの症状を指しているのかを医療者側が判断することが求められる.加えて,患者や家族,医療者間で意味の捉え方が異なるように医療者と医療者間でも違いが生じうるため,他者と情報の共有を行う際には標準語に言い換えて症状を確認するなどのコミュニケーションエラーに配慮する対応も必要である.

本研究の限界として,以下のことが挙げられる.第一に,文章ではなく単語での調査であったため,日常診療で使用される場面や文脈による回答の意味を正確に汲み取ることができなかった可能性がある.第二に,方言が使用されている地域や方言の使用頻度などを調査しておらず,地域ごとの解析や方言の使用頻度に関する解析が実施できなかった.今後の研究では,地域ごとの使用頻度を明らかにできるような研究デザインが必要である.第三に,調査対象の緩和医療専門医・認定医は主にがん診療に携わっていることが推測されることから,本研究ではがん患者の苦痛に関わる方言が多く収集され,非がん患者の苦痛に関連する方言の情報は少ない可能性がある.今後の研究では,非がん患者の苦痛の表現を調べるためには,非がん患者の苦痛緩和の臨床経験の多い医師を対象とするなどの工夫が必要である.第四に,回収率が50%程度であること,回答者の勤務地域が不明であることから,未回答の医師,医師の居住地域による解析を行うことができなかった.緩和医療専門医・認定医は都市部に偏在しており,地方に勤務している医師をより多く対象とした場合には,異なる結果になる可能性がある.

結論

本研究により緩和ケア医が苦痛の評価を行う上で知っておくことが必要と考える方言と意味が明らかになった.苦痛の適切な評価のために,苦痛を表す様々な方言があることを理解することが必要である.

謝辞

本稿を終えるにあたり,本研究にご協力をいただきました日本緩和医療学会専門医・認定医の先生方に深謝いたします.

研究資金

本研究は厚生労働省科学研究費(がん対策推進総合研究事業)「がん患者の療養生活の最終段階における体系的な苦痛緩和法の構築に関する研究(19EA1011)」班(班長:里見絵理子)の研究の一部として行われた.

利益相反

山口拓洋:講演料(日本たばこ産業株式会社),研究費(エーザイ株式会社,大塚製薬株式会社,協和キリン株式会社,寄附講座(ACメディカル株式会社,エイツーヘルスケア株式会社,FMD K&L Japan株式会社,小野薬品工業株式会社,3Hメディソリューション株式会社,日本たばこ産業株式会社,日本メディア株式会社,株式会社ニュー・エイジ・トレーディング,株式会社NOBORI,メディデータ・ソリューションズ株式会社,Medrio, Inc)

その他:該当なし

著者貢献

三輪,森田は研究の構想およびデザイン,研究データの収集分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;松本は研究の構想およびデザイン,研究データの収集分析,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;上原,加藤,小杉,曽根,中村,水嶋,宮下,山口,里見は研究の構想およびデザイン,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2021日本緩和医療学会
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