Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
ブプレノルフィン経皮吸収製剤の予定外中断により急性退薬症状を来した在宅訪問診療患者の1例—社会的考察を含め—
高橋 聡 三田 知子村上 恵理遠藤 雅士丹波 嘉一郎長谷川 聰白井 克幸
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2023 年 18 巻 1 号 p. 89-94

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Abstract

【緒言】ブプレノルフィン経皮吸収製剤(BTDP)の自己中断により,急性オピオイド退薬症状を呈した在宅医療患者を報告する.【症例】84歳,在宅訪問診療利用中の男性.腰部脊柱管狭窄症の悪化により,4カ月前からBTDPで鎮痛されていた.症状改善傾向と考えた家人が,患者本人に無断でNSAIDs経皮吸収製剤に貼り替えたところ,約50時間後から5分ごとの頻尿や失禁,水様性下痢,発汗,血圧低下,足裏の不快感,不眠などの多彩な症状が表出された.Clinical Opiate Withdrawal Score(COWS)では12点の軽度退薬症状に該当した.発症後24時間で激しい症状はほぼ自覚されなくなり,48時間後には完全に消退した.【結論】BTDPの急速な中止による退薬症状の報告例は少ない.医学薬学的な側面のほか,在宅医療におけるオピオイド製剤使用上の社会的問題点も明らかとなった.

Translated Abstract

Introduction: Since the commercial availability of buprenorphine extended-release transdermal patches (BTDP) from the early 2010’s, the therapeutic indications for opioids have widely expanded to include chronic benign diseases. We report a case of a home health care patient with acute opioid withdrawal symptoms due to self-interruption of BTDP. Case: An 84-year-old man using home health care services due to worsening of lumbar spinal canal stenosis had been receiving analgesia with a BTDP, a mixed opioid agonist/antagonist analgesic, for the preceding five months. Since the patient's spouse thought that his pain and symptoms were gradually improving, she secretly replaced the BTDP with an NSAID patch without informing the patient. About 50 hours later, the patient experienced a variety of symptoms, including frequent urination with incontinence every five minutes, watery diarrhea, sweating, decreased blood pressure, discomfort in the feet, and insomnia. Evaluation of the Clinical Opiate Withdrawal Score (COWS) by the home health care physician indicated a score of 12, corresponding to mild withdrawal symptoms. About 12 hours after symptom onset, the severe abnormalities were barely noticeable and completely disappeared after two days. Conclusion: Few previous case reports have described withdrawal symptoms due to rapid discontinuation of BTDP. In addition to the medical considerations, we report the social issues associated with onset of the condition in a home environment. Opioid use for non-cancer pain requires medication management from a different perspective than that for cancer pain.

緒言

部分作動性オピオイドのブプレノルフィンは,本邦では注射剤,坐剤,経皮吸収製剤の3剤型が保険収載されている.このうち,ブプレノルフィン経皮吸収製剤(Buprenorphine transdermal patch: 以下,BTDP)は,日本国内では非がん性痛の腰痛および変形性関節症のみの適応である.週1回の投与であり,開始および使用に当たっては医療者側・患者側の双方が十分な注意を払う必要がある.当該経皮吸収製剤の予定外中断で,予期せぬオピオイド退薬症状を来した在宅訪問診療利用患者の1例を報告する.

症例提示

患者は84歳の男性,体重70 kg,2回/月の自宅訪問診療導入中.配偶者との二人暮らし.患者本人は医療にやや不信感があり,新規受診には積極的でない.

【既往歴】

12年前の右被殻出血により左下肢不全麻痺および左上肢の神経障害性疼痛が残存.5年前に胸腹部大動脈瘤グラフト置換術を施行.この手術に前後し腰部脊柱管狭窄症が悪化し,両下肢の末梢神経障害性疼痛が続いていた.

【現病歴】

6カ月前までプレガバリン100 mg/日の服用により日常生活が保たれていたが,公共交通機関で長時間外出したことをきっかけに腰痛が一気に増悪した.直後のCT検査では,第4腰椎の椎体高減少と第1~第3腰椎レベルの側弯悪化が確認された.また同レベルでの自律神経障害が一因と考えられる下腿浮腫,リンパうっ滞も出現した.年齢および既往から手術適応とならず保存的療法が選択された.自宅近くの整形外科で腰痛および下肢浮腫の重苦感に内服および経皮吸収性のNSAIDs投与が開始されたが,奏功乏しく,Numerical Rating Scale(NRS)5/10程度の疼痛および夜間不眠が1カ月後も続いていた.このため,多剤内服および長期間のNSAIDs使用を懸念した在宅訪問医よりBTDP 5 mg/1枚/週が導入された.速やかにNRS1-2/10まで腰痛が軽快し,また同時に開始された下肢圧迫およびリンパドレナージにより下肢浮腫も徐々に改善したため,自宅内移動に不自由しない程度にはActivities of Daily Living(ADL)が回復した.なお,治療期間中の自宅での薬剤管理(経口剤の準備,BTDPの貼り替え)は本人ではなく配偶者が行っていた.またBTDPは,原則前胸部に加温のない状態で使用され,週1回日曜夜の就寝前に交換されていた.併用内服薬( 表1)は3カ月以上変更されておらず,服薬アドヒアランスも良好であった.平時の家庭内血圧は130/80前後と安定的に維持されていた.

表1 発症時の併用薬

【経過】

BTDP導入から約4カ月半後,腰痛が自然軽快したと考えた妻が自身の判断でBTDPを中止し,過去に処方されたNSAIDs経皮吸収製剤( 表1)に差し戻した.推定50時間を経過した火曜深夜から患者が体調不良を訴え始めたが,配偶者は食あたりもしくは感冒等の感染による不調と解釈し,翌日午前に予定されていた在宅診療医の定期訪問を待っていた.在宅診療医はBTDP中止後,推定60時間(水曜午前)の時点で来訪した.

【現症】

水様性下痢(便意頻回でトイレから出られない),最短5分間隔の尿意/失禁.多量の発汗とこれに伴う陰部不快感あり.脱水著明で悪心があるが経口水分摂取は可能.嘔吐はない.かすみ目/羞明があり,部屋を暗くしている.ソワソワとした気分変調あり.前夜は足底部に繰り返し熱感を感じ,全く眠れなかった.

血圧98/68 mmHg:脈拍85回/分 正,呼吸正.体温36.0°C.瞳孔径4 mm/4 mm(室内)

Clinical Opiate Withdrawal Score(COWS)1:安静時脈拍①,消化器症状③,発汗②,振戦⓪,静坐不能⓪,あくび⓪瞳孔径①,不安といらいら②,骨と関節の痛み⓪,鳥肌⓪,鼻汁/流涙① 計12点.

【治療経過】

発熱や咳はなく上気道感染は否定的であった.尿意は頻回であったが,排尿時の違和感や尿の性状変化は自覚されなかった.また強い消化器症状の割に腹痛や食欲不振はなかった.日常のNSAIDs内服もないことから,感染を積極的に疑う状況にはないと考えられた.問診中に,妻から「しばらく前からBTDPを止めて,過去にもらったNSAIDs経皮吸収製剤に変えていた」との発言があり,一連の症候はオピオイドの退薬症状ではないかと疑われた.その時点でのCOWSでは軽度退薬症状に該当したが1,夜間のピーク時よりは下痢/頻尿が軽快傾向で,耐えられないほどの足底の熱感も消失していたため,本人および妻の同意を得たうえで脱水を回避するためにフロセミドとルビプロストンのみ休薬とし,経過観察の方針とした.数時間後から羞明や不安感も徐々に消失し,48時間後の再往診時に症状の完全消退が確認された.一連の経過より,最終的にも当初の予想通りブプレノルフィンの退薬症状と診断された( 図1).当日採取した血液検査の結果は 表2の通りであった.

図1 貼付剤中止後の諸症状
表2 訪問医初診時の血液データ

考察

薬理学的考察

ブプレノルフィンは麻薬拮抗型鎮痛薬に分類される.μオピオイド受容体に対する親和性が高くかつ脂溶性に富むため,受容体からの乖離が穏やかで短時間での状態変化が起こりにくいオピオイドとして知られる2,3.この性質を利用し,諸外国では他の強オピオイド濫用患者の離脱療法に際し,急性退薬症状緩和のために一時的に本剤の使用を挟む一種の代替療法としても使用されている4

原理的にはブプレノルフィンそのものも退薬症状を起こしうると考えられるが,前述の通り急激な血中濃度の変化が小さいこともあり,過去の症例報告例は少ない.本邦で2022年6月現在までにBTDP退薬症状を報告した文献を医中誌でレビューしたが,学会等での口頭報告が散見されるだけで,成文化された報告は中止後に下肢静止不能症候群増悪を来した1例のみであった5.なお,国内市販製品(ノルスパン®)のインタビューフォームでは,六つの第2–3相試験および安全性試験で3.9–25.9%に退薬症状が疑われたとの記述があるが,いずれも軽度とコメントされたのみで内容や症状の詳細は不明である6

本症例では,約4カ月半のBTDP使用の後,突然の中止から約50時間で諸症状が出現した.下痢,発汗や流涙などの強いコリン作動性の分泌過剰のほか,過去に国内報告がみられたレストレスレッグ症候群様の訴えなど,特徴的なオピオイド退薬症状を呈した.オピオイド退薬症状をスコア化する代表的な指標であるCOWSでは,12点と軽度退薬症状に該当した1

日本ペインクリニック学会の定める「非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン」は,COWSを代表的な診断ツールとして取り上げたうえで,COWSに含まれないさまざまな退薬症状についても紹介している7.患者が最も強く訴えたのは,中止後50–55時間頃の下痢とイライラ感であったが,貼付中止後60時間ほど経った医師の訪問時点では既にピークアウトしており,他の症状も経過観察のみで自然回復した.

厚生労働省医療麻薬適正使用ガイドラインによれば,本邦で使用されているBTDP 5/10/20 mg製剤の薬物放出速度は,それぞれ5/10/20 µg/時である6,8.これは注射剤持続投与時の1日量0.12/0.24/0.48 mgに相当し,経口モルヒネ1日量のおよそ9/18/36 mg程度に換算される9.また中止後の血中半減期は15–30時間と想定される2.本症例に当てはめると,経口モルヒネ9 mg/日換算程度の最小規格の経皮吸収製剤が,中止後2–3半減期で退薬症状を生じたことになる.最小規格の使用でも退薬症状を来した点にはとくに留意すべきと考える.その一方で,離脱症状のピークは1半減期にも満たないわずか数時間後で自然消滞の傾向を示し,症状の消長が薬物血中濃度と必ずしも一致しないことが示唆された.過去に他のオピオイド退薬症状の報告で示された「退薬症候の出現時期は多様であり,投与期間の長さや用量と必ずしも相関しない」との見解とも矛盾しない10, 11ものと考えられた.

また患者は,主たる代謝酵素CYP3A4がブプレノルフィンと競合する2剤( 表1)を併用していた.これらは,競合による血中濃度上昇,酵素誘導による休薬後の急速な濃度低下の双方向で,ブプレノルフィンの代謝に影響を与えていた可能性がある12

社会医療的考察–在宅医療と経皮吸収製剤

高齢夫婦のみの在宅医療下に経皮吸収製剤が使用される場合の利点とピットフォールを示す.非がん性疼痛に対する長時間型経皮吸収製剤として,本邦ではブプレノルフィンとフェンタニルが保険適用となっている.医療者の介入頻度に限界があり,認知症や独居高齢者も多い在宅緩和医療の現場では,数日に1度の交換で済む長時間型経皮吸収製剤には一定のメリットがある( 表3).しかし,安全性担保には,従来同様の十分な監視が必要であることが示されたのが本症例の教訓である.

表3 在宅訪問診療での良性疾患に対する長時間作用型オピオイド経皮吸収製剤使用の利点と問題点(著者による考察)

また下痢や悪心,発汗などの見慣れた症状を見た患者と家族は,当初から一貫して感染症であろうとしか考えていなかった.したがって,仮に薬手帳なしで他の医療機関を救急受診した場合には,全く誤った初動となった危険性があったと考えられる.身体に既に経皮吸収製剤の痕跡のない状態では,救急医が初見からオピオイド退薬症候群を想定することは極めて困難だった可能性が高い.退薬症状が感冒に誤診される危険性については,先に触れた日本ペインクリニック学会のガイドラインでも強調されており7,より広く周知されるべきである.

在宅患者に経皮吸収製剤を使う際のピットフォール

上記以外で本症例から得られた教訓を以下に三つ挙げたい.

まず,非がん性疼痛には保険適応のある速効性オピオイド製剤が少ない.したがって,がん性疼痛にある,手持ちのレスキュー薬使用で退薬症状を一過性にキャンセルする手法が使えない.医療機関から離れた場で退薬症状を生じた場合,多岐多臓器にわたる症状に個々に対応することはかなり困難である.したがって,使用中の定期的な服薬薬指導,中止直後の頻回な経過観察といった社会的バックアップが極めて重要であると考えられる.なお症状改善による中止の対応ではないが,BTDP使用患者に予定手術を行う際に,数日前から代謝時間が短いフェンタニル経皮吸収製剤にスイッチするという方法を紹介した文献が存在する13,14.どうしても退薬症状のコントロールが難しい症例に遭遇した際は,これらの報告が参考となるかもしれない.

次に,当然ながら非がん性疼痛は自然軽快しうる.慢性期の在宅患者は原則月1~2回の訪問が多く,アセスメントの頻度も小さくなりがちである,医療者はがん性疼痛の場合と同様に意識的にアセスメントを反復し,計画的な薬剤の減量や離脱を考慮することが重要である.

最後に,強オピオイド製剤の非がん領域への適応拡大は,医療者により広くアナウンスされるべきであると考える.BTDPの処方に関わる医師と処方薬剤師にはe-learningによる再教育が義務づけられる一方で,処方に直接関わらない医療者への情報提供は十分とは言い難い状況である.救急受診時に備え,典型的退薬症状を示した使用者カードなどの配布が考慮されてもよいのではないか,と考えられた.

やや古い資料となるが,2018年度の流通状況を示した企業データ15で,BTDPの総売上高は同社製フェンタニル経皮製剤(1日型)の4割程度に相当していた.がん性疼痛の治療で既に広い実績を持っている後者の実績を鑑みれば,BTDPもまた,既に限られた患者だけの特殊な処方ではなくなってきている.医師/薬剤師を問わず,医療関係者が積極的にe-learningを受講し,理解を深めることが求められている.

本症例における課題

本症例は在宅患者が対象だったこともあり,経時的な病態報告としては厳密さを欠く.とくに初回診察は発症約10時間後であり,退薬症状出現初期の客観データが乏しい.また,単一患者の報告であるため,他の薬物との相互作用の検証や再現性の予測という点では,さらなる検討が必要である.

また本症例では,下痢や発汗と同様の自律神経失調の一環と捉え,頻尿/失禁を離脱症状として報告したが,各種ガイドラインや過去の文献で頻尿を明示しているものは少ない.再現性については,今後の類似症例を通じての検証が必要である,

以上のような限界はあるものの,単に医学的側面のみならず,社会的側面の考察が重要と考え,経過の概要を示した.

謝辞

Forte社(www.forte-science.co.jp)の英文校正に感謝申し上げる.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反状態はなし

著者貢献

白井は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈/原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.高橋は,研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析・研究データの解釈,原稿の起草に貢献した.長谷川は,研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析・研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.三田,村上,遠藤,丹波は,研究データの解釈/原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2023 日本緩和医療学会
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