主催: 一般社団法人日本周産期・新生児医学会
会議名: 周産期学シンポジウム
回次: 2
開催地: 東京都
開催日: 1984/01/21
p. 38-50
I はじめに
産科医療の近年における進歩と発展,そしてそれに伴う生命の尊厳に対する倫理感の変遷は,子宮内の胎児を「独立した生命」として慎重に考えさせる機会をわれわれに与えている。今日,早産の周産期管理を例にあげても,集中的かつ重治療的に実施されつつある。その結果,新生児医療においても,重症新生児仮死,MAS,RDS,敗血症,頭蓋内出血などの異常は徐々にではあるが減少の傾向にあるものと確信する。
近年の周産期医療の進歩の中で,代表的な内容1)をあげると,
①超音波診断装置の改良・普及により正確な妊娠週数の算定,近似的推定体重の把握が可能となり,さらに羊水穿刺が安全にできるようになって,胎児の機能的成熟の度合の評価が可能となった
②瞬時胎児心拍数モニタリング装置を利用してNST・CSTを行い,子宮内環境の良否を推定し,胎児機能の判定がより正確となった
③β-stimulantに代表される子宮収縮抑制剤の開発により,より安全に陣痛制御・妊娠期間の延長が可能となった
④ステロイドホルモン授与による胎児肺成熟の促進が可能となった
⑤経胎盤移行が良好で,優れた抗菌作用をもつ広範囲抗生物質が開発された
⑥早産をはじめ,周産期管理に利用される各種の薬剤について,母体―胎児間のpharmacokineticsと副作用についての知識が集積されてきて,intensive care and cureが可能となってきた
などの諸項目をあげることができる。
しかし,子宮のなかの胎児を「独立した生命」として尊重することは概念的には容易でも,その生理・病理を解明することには多くの隘路が存在することは当然である。ヒト胎児の医学は月面への到着より距離を感じるものの一人でもある。胎児医学の基礎と臨床を発展させるために,ヒトの胎児のみを対象としていたのでは,おのずと著しい制約と限界を見るのみである。直接的にしかも継続的に胎児自身,胎児をとりまく子宮内環境から科学的情報をえることこそ胎児医学の研究の原点ともいえる。この意味で,実験動物を用いたchronic preparation techniqueが採用される。
chronic preparationにおいては,胎盤での血液ガス,栄養素,その他の物質(ホルモン,酵素,薬剤など)の移行や受け渡し,胎児の営む各種の内分泌機能,代謝機能,生体防御機能などについての機構を把握することが可能である。
今回,われわれは早産管理に利用される薬剤である子宮収縮抑制剤と抗生物質の経胎盤移行と胎児に与える薬剤の影響を検索することを目的にして,妊娠ヒツジにin utero chronic catheterizationを作成して検討をすすめたのでその一部を報告する。