抄録
ステロール類は製品および医薬原料バルク体としての市場規模が、世界的に見ると約7000億円にものぼる産業上極めて有用な物質である。たとえば医療用ステロイドは動植物から抽出したステロール類を化学変換することで生産されているが、動物原料の安全性、あるいは資源の枯渇の問題から、望むステロール・トリテルペン類を植物で安価に製造するプロセスの開発が急務となっている。最近、複数の遺伝子導入と遺伝子破壊により酵母で有用ステロイドを生産できることが明らかにされたが、植物は殆ど無機栄養で生育可能なので、いわゆるself-sufficient系を構築する場としては、さらに可能性が高いと考えられる。これまで動物ではステロイドの代謝あるいは抗肥満の研究を軸に、菌類においては抗菌剤の開発を目指して、ステロールの生合成経路および輸送・蓄積系の研究が進んできた。一方、植物においては、ブラシノステロイドの生合成経路・シグナル伝達を軸に、精力的に研究が行われてきたが、生合成経路の制御系、あるいはステロールの輸送・蓄積に関する知見は十分とは言えない。本講演では、動物・酵母・植物でのステロール類の生合成・輸送蓄積経路の研究を俯瞰しながら、有用ステロール・トリテルペン類の、植物を用いた生産系開発のために今後必要となる知見・技術を展望する。本調査研究の一部は経済産業省「植物の物質生産プロセス制御基盤技術開発プロジェクト」の一環として行われた。