抄録
Trichodesmium属ラン藻は熱帯・亜熱帯外洋に広く分布し、しばしば大発生する窒素固定ラン藻で、年間約100TgのNが本属により海洋へ導入されると試算されている。酸素発生型光合成を持つラン藻は酸素に高い感受性を持つ窒素固定酵素を酸素から守る機構が必要で、糸状性窒素固定ラン藻は窒素固定のために光化学系II(PSII)を欠いた細胞(ヘテロシスト)を分化する。 窒素固定を夜間にのみ行う種も知られている。しかしTrichodesmium属ラン藻はヘテロシストを分化しないにもかかわらず昼間にのみ窒素固定を行う。演者らは日本近海の黒潮海域から分離した株を用い、明暗周期下で培養した細胞の窒素固定酵素は暗条件では失活すること、細胞を明条件に移すと活性化されることを見出し、本属は光に依存した過程で酸素により不活性化された酵素を再活性化あるいは新規合成することで昼間に窒素固定を行うことを可能にしているのではないかと推測した。近年米国の研究グループは個々の細胞のPSII活性が時間的に変動すること、窒素固定酵素の存在が一部の細胞に限定されることを示している。本属が持つ窒素固定系を酸素から保護する機構についての考察を行う。本属の窒素固定の副産物としての水素発生やヒドロゲナーゼに関する知見はまだ無い。海洋への窒素導入者として近年注目されている単細胞性の窒素固定ラン藻やTrichodesmiumに類似した窒素固定を行うSymploca属ラン藻に関する知見も紹介する。