抄録
光化学系IIにおける酸素発生反応は、マンガンクラスターの5つの中間状態(S0-S4)の光駆動サイクル(S状態サイクル)によって行われる。Ca2+は酸素発生に必須であることが知られているが、Ca2+イオンとMn原子との構造的関係は未だ不明である。本研究では、ホウレンソウ及び好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus elongatusから、Ca2+をSr2+に置換した光化学系II標品を調製し、そのフーリエ変換赤外(FTIR)スペクトルを測定することにより、マンガンクラスターの反応におけるCa2+の関与について調べた。マンガンクラスターの各S状態遷移(S1→S2, S2→S3, S3→S0, S0→S1)の閃光誘起FTIR差スペクトルにおいて、カルボキシル基のCOO-対称伸縮振動領域(1450-1350cm-1)に、Sr2+置換により著しく変化するバンドが観測された。それらの変化は、ホウレンソウとシアノバクテリアとでおおよそ共通であり、S1→S2及びS3→S0遷移において特に顕著であった。この領域のSr2+−Ca2+二重差スペクトルには複数のピークが確認されたことから、Ca2+自身またはMn原子上のいくつかのカルボキシル配位子がSr2+置換により影響を受けたと考えられる。これらの結果から、Ca2+はMnクラスターの構造と直接的に相互作用しており、そのS状態サイクルにおける反応に密接に関わっていることが示された。