抄録
カルシウムシグナルは生物の細胞内外の情報伝達に欠かせない因子である。最近の研究により、昆虫―植物間の相互作用においては植物細胞内のカルシウムのダイナミックスが食害応答シグナル伝達系の初期シグナルとして重要な役割を担うことが示唆されつつある。本研究では、昆虫の食害によって活性されるカルシウム依存性タンパク質リン酸化酵素(Calcium-Dependent Protein Kinase: CDPK)とCDPKと相互作用するタンパク質ユビキチン化制御系に着目し、それらのシグナル伝達系を介した遺伝子転写制御機構の解明を試みた。
シロイヌナズナCDPK遺伝子のT-DNA挿入変異体を取得し、ヨトウガ幼虫に被食された変異体における防御遺伝子の発現誘導を解析した。19系統の変異体の中でCPK3とCPK13の変異体は、野生株と比べ、防御遺伝子PDF1.2の発現誘導が著しく抑制されていた。コムギ無細胞タンパク質合成系を用いて作成された植物転写因子ライブラリーから、CDPKによりリン酸化される基質ターゲットに探索した結果、CPK3がERF1などの転写制御因子とタンパク質のユビキチン化に関与する酵素ATL2をリン酸化することを明らかにした。これらの結果より、食害ストレス応答に関与するCDPKは、転写制御因子ならびにユビキチン化酵素に作用し、防御遺伝子の発現を制御することが考察される。