抄録
寒冷地に自生するザゼンソウは、寒冷環境下においても生殖器官である肉穂花序の体温を20度前後に維持している。雌雄異熟型の生殖ステージは発熱ステージとともに移行して、雌期における安定した恒温性は、両性期に入ると崩れはじめ、雄期では完全に失われる。したがって、熱産生機構およびその生理学的な意義を理解するためには、各生殖ステージにおける生殖器官の特徴を明らかとする必要がある。そこで本研究では、発熱ステージの移行にともなう生殖器官の形態や細胞内構造の変化について詳細な観察を行った。
肉穂花序から作成した各組織切片をトルイジンブルーおよびDAPIで染色して観察したところ、雌期の間に雄蕊が著しく発達して、葯におけるタペート組織の崩壊や花粉の成熟化がみられた。雌期と雄期の各組織についてTEM観察を行ったところ、雌期の花弁、雌蕊、雄蕊ではオルガネラ密度が高くミトコンドリアが豊富に含まれていたのに対して、雄期では細胞の大部分が液胞で占められていた。雌期と雄期の肉穂花序からミトコンドリアを単離してその回収率を比較すると雌期の方が雄期に比べて2倍程高かった。ミトコンドリアの諸性質を解析したところ、雌期ミトコンドリアでは脱共役タンパク質UCPの発現レベルが雄期に比べて有意に高かったが、各ミトコンドリアの呼吸活性に大きな変化はみられなかった。以上の結果を踏まえ、本植物の熱産生機構について議論する。