抄録
葉緑体成立の過程で、共生体ゲノムから核ゲノムへの大規模な遺伝子転移が起きたと考えられており、葉緑体で機能するタンパク質遺伝子の大多数は核にコードされている。これらのタンパク質のN末端には、葉緑体への輸送シグナルとして機能するトランジットペプチド(以下TPとする)が存在する。いくつかのTPは、特定の構造を形成しないランダムコイル構造であることが示されている。また、ランダムコイル構造はバクテリアの細胞内では安定に存在できないことが知られている。
葉緑体成立の過程の多くは不明であるが、真核細胞の細胞質でランダムコイル構造が安定して存在できることが、TPの獲得を促したという仮説を我々は立て、その実験的実証を試みた。分解を回避するためのタグをN末に付加した形でRbcSのTP-GFP融合タンパク質を大腸菌で産生させた。N末のタグを切除後、大腸菌細胞粗抽出液と混合するとTP部分が速やかに分解された。さらに、この分解反応はo-phenanthrolineによって阻害されたことから、メタロプロテアーゼが分解に関与している可能性が示された。この結果は、TPを分解するプロテアーゼがバクテリアに存在することを示す。TPの獲得に先立って、そのようなプロテアーゼ活性が真核細胞の細胞質中からは失われたと予測される。