抄録
高等植物の花色や紅葉にみられる赤色は、そのほとんどがアントシアニンにより発色されているのに対し、ナデシコ科、ザクロソウ科を除くナデシコ目ではアントシアニンは存在せず、その赤色は、ベタシアニンにより発色されている。高等植物界におけるアントシアニンとベタシアニンの分布は互いに排他的で両者が同一植物に共存する例は報告されていない。両赤色色素の高等植物界における排他的な分布は、古くより注目され、教科書にも採り上げられているが(Harborne 1996)、この事実に対する「なぜ」という問いに対してはまったく答えがなくmysteryとさえいわれている。
このうちベタシアニンの生合成については、これに関与する酵素群の実態をはじめとして、いまだ不明な点が多く残されているが、一方のアントシアニンに関しては、多くの植物の二次代謝産物のなかでも最も研究が進んでいるものの一つであり、生合成系の酵素群のほぼ全容が明らかにされ、現在では、その発現調節機構の詳細が分子レベルで解析されている。このような背景から、我々は、ナデシコ目植物のフラボノイド合成系に注目し、高等植物に普遍的に存在するアントシアニンが、ナデシコ目植物ではなぜ合成されないのかという問題について、分子生物学的な側面から解析を試みている。本講演では、最近の知見を中心に、比較ゲノムという視点から、アントシアニン合成の進化について考察する。