日本小児放射線学会雑誌
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第53 回日本小児放射線学会学術集会“Pediatric radiology is fun!”より
小児におけるSynthetic MRIの使用経験
中澤 美咲アンディカ クリスティナ萩原 彰文青木 茂樹
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2017 年 33 巻 2 号 p. 73-78

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はじめに

MRIは現在,小児の発達および病的状態を評価するために広く使用されているが,小児に対しMRI検査を施行する場合いくつかの問題がある.第1にMRI検査は長い撮像時間を必要とする.そのため特に幼児や乳児の検査は鎮静を用いなければいけない場合がある.第2にMRIの信号強度は撮像に使用する装置の種類やシークエンス,コイル感度およびB1磁場の不均一に大きく影響をうける.したがって信号強度値を用いた評価や,信号強度値を用いた定量的なフォローアップは行うことができない.

一方,本稿で述べる定量MRIはR1値(T1 relaxivity),R2値(T2 relaxivity)(それぞれT1値,T2値の逆数)やプロトン密度(Proton Density; PD)といった組織特有の定量評価可能な値を算出して利用している1).小児の撮像では脳組織の髄鞘化などの発達評価,疾患の重症度の評価,その治療効果判定などを客観的に行うことが可能となる1,2).さらに撮像に用いた装置やシークエンスパラメータによる影響を最小限に抑えることができる.

近年開発されたQRAPMASTERを用いた定量MRIはおよそ6分程度の一連の撮像で全脳範囲のR1値,R2値,PDおよびB1磁場の取得,定量が可能である2).これらの定量値に基づいてSyMRI(SyntheticMR, Linköping, Sweden: http://www. syntheticmr.com/)と呼ばれるソフトウェアにより任意の条件でのコントラスト強調画像の合成や脳組織の自動セグメンテーション・容積測定,ミエリン量測定を後処理的で得ることができる.

Synthetic MRIを使用することにより従来のMRI撮像における小児脳画像診断の多くのlimitationを克服することができる.本稿ではQRAPMASTERパルスシークエンスの基本原理からSyMRIソフトウェアの機能,臨床応用やその注意点などSynthetic MRIの概要について述べる.

Synthetic MRIの基本原理

QRAPMASTER(quantification of relaxation times and proton density by multiecho acquisition of saturation recovery with TSE readout)シークエンスによる定量MRIはmulti-delay,multi-echoの構造を利用している.具体的には2つのecho time,4つのdelay timeを使用し,8種類の異なる画像を取得している2).この8種類の画像からT1緩和曲線,T2緩和曲線を求めT1およびT2値(R1値,R2値)を,またそれぞれの不飽和磁化からPDを算出する.R1値,R2値およびPDといった定量値はSyMRIソフトウェア上でそれぞれマップとして表示することが可能であり,マップ上にROIを置くことでその箇所の値を定量値として得ることができる.その際,R1値,R2値,PDの測定は同時に行われるため,各定量マップを互いに位置ずれのない状態で得ることができる.

小児脳では生後2年で白質(WM)の髄鞘形成と灰白質(GM)のシナプスの成長によりMRIのコントラストが大幅に変化し,生後直後から3年でほとんど逆転する.つまり新生児期において組織の緩和時間は延長しており,その後2年間で急激に低下,3年目で低下の程度は緩やかとなり,徐々に成人での値に近づき収束する.したがってR1およびR2値の変化は脳の正常発達の評価における指標となる.

Synthetic MRIの特徴

コントラスト強調画像

小児の撮像においてはとくに12か月未満の乳児では水分含量が成人よりも多く,また先に述べたようにT1値,T2値が延長しているため,長いTR,TEでの撮像,つまりHeavily-T2WIが必要となる.そのため最適なコントラスト画像を得るために患者ごとのパラメータ設定が望ましい.しかし従来のMRI撮像において撮像パラメータを各患者ごとに調節するのは,毎日の臨床診療においては難しく,また事前に至適条件を得ることは困難である.さらに,臨床で施行される頭部MRI検査においては,検査時間の短縮のためにT1WIおよびT2WI,FLAIR等に限定し撮像するが,頭蓋内病変の診断には他のパラメータでの画像も必要となる場合がある35)

そこでSynthetic MRIを用いて検査することで追加撮像なしに任意の撮像パラメータでのコントラスト強調画像をpost-processingで「合成」することができる1).信号強度は各ボクセルで算出されたR1,R2,PDを用いて以下の式により計算される.

  
S PD1-exp-R1TRexp -R2TE

同様にFLAIR,STIRのような反転時間(Inversion Time; TI)を用いた画像や2つのTIを設定して2種類の組織の信号を抑制できるDouble Inversion Recovery(DIR)についても,計算にTIを加えることにより合成できる1,2)

小児脳におけるSynthetic MRIの臨床的実用性について,Synthetic MRIにより取得された画像を従来法で撮像された画像と視覚的に比較したところ,T1WIとT2WIにおいては同等であった.そのためSynthetic MRIは日々の臨床診療に使用可能であると考えられる6).また患者の年齢に基づいた髄鞘形成のパターン推定は従来法とSynthetic MRIにおいて同等だったという報告もある7)

頭蓋内セグメンテーションと脳容積

脳容積の縦断的研究は,発達障害を検出するための良好な客観的指標となり得る.例えば脳性麻痺の小児において全脳容積とGM容積は正常児と比較して有意に減少する.その一方で自閉症スペクトラムの小児では脳容積が増加する.脳容積の評価はまた,水頭症患者における脳室の大きさや白質ジストロフィーの萎縮の重症度のフォローアップなど,脳疾患の評価についても有用である.

脳組織の自動セグメンテーションはR1-R2-PDのそれぞれをx-y-z軸とした三次元空間にクラスターを形成する各脳組織の既定の定量値に基づいてい‍る.‍取得された定量値からWM,GM,脳脊髄液(CSF)に組織を分割し,どれにも属さない部分を非‍WM/GM/CSF(NoN)とみなす.またWM,GM,およびNoNの合計を脳実質体積(brain parenchymal volume; BPV),BPVとCSFの合計を頭蓋内容積(intracranial volume; ICV),ICVに対するBPVの比を脳実質分率(brain parenchymal fraction; BPF)として自動的に計算される.

SyMRIにおける自動セグメンテーションは再現性が高く,マニュアルや他のソフトウェアでのセグメンテーションと比較して計算時間は速く,1分程度で完了することができる.また,1つのボクセルに含まれる2種類の組織をパーセンテージとして計算しているため,高分解画像でなくてもエラーが少なくなるように設計されている.

ミエリン測定

髄鞘形成の評価は,神経発達を評価するための重要な指標である.現在では脳の髄鞘形成は一般にT1WIおよびT2WIの信号強度の変化に基づいて評価される.この信号強度の変化を把握することは,正常な発達の確認や病理的変化の同定に重要となる.しかし視覚評価により正確に把握することは,発達過程にある脳組織においては非常に困難であり,また観察者の経験に大きく影響される.

そこで髄鞘形成を正確に定量化するための方法としてSyMRIではミエリン量の測定が可能である.SyMRIでは各ボクセルを定量値からミエリン体積(myelin partial volume; VMY),細胞内体積(cellular partial volume; VCL),自由水体積(free water partial volume; VFW),浮腫により増加した水分量(excess parenchymal water; VEPW)の4つのコンパートメントに分ける8).各コンパートメントはそれぞれ自身の定量値を持っており,特定の収集ボクセル全体の実効的な定量値に影響を及ぼすと仮定して計算を行っている.VMYについては,標準的なミエリンイメージングであるMagnetization transferイメージングとよく相関することが確認されている9).さらに正常な小児においては,SyMRIによるミエリン測定は既知の脳成長曲線と良好に一致することが報告されている10)

脳疾患においては,ミエリンの減少を表すVMYの低下や浮腫を表すVEPWの増加が起きる.また,VMYを神経突起の配向分散および密度イメージング(neurite orientation dispersion and density imaging; NODDI)と組み合わせると,軸索径と神経線維径の比であるg-ratioおよび軸索体積率を計算することができる11)

小児におけるSynthetic MRIの臨床応‍用12)

髄膜炎

細菌性髄膜炎は致死的な疾患であり,迅速な診断と治療が必要となる.しかし小児における髄膜炎は非特異的で診断がしにくく,髄液検査も有用とならない場合がある.髄膜炎においては造影後FLAIRが診断に有用という報告はあるが,一般的に造影後に撮像されるのはT1WIであり,FLAIR画像はあまり撮像されないのが現状である.しかし造影後にSynthetic MRIを撮像することで,検査後に造影後T1WIと同時にFLAIR画像も取得することができる.さらに骨髄脂肪およびCSFの信号を抑制したDIR画像を合成することでわずかな硬膜の増強効果も画像化することができる5)

Sturge-Weber症候群

Sturge-Weber症候群(SWS)は,顔面毛細血管奇形および同側の軟髄膜血管腫を特徴とする疾患である.予防的抗てんかん治療の開始には,早期診断および脳異常の程度を評価するため,詳細な検査が重要である.

SWSにおける硬膜の血管新生は病理学的に証明されているが,それによるMRIでの硬膜の増強効果はほとんど報告されていない4).しかし造影後にSynthetic MRIを使用して撮像することによって骨髄脂肪およびCSFの信号を抑制したDIR画像を合成でき,これにより軟膜に加えて硬膜の増強効果を示すことができる4)

髄鞘形成が完了する前のSWS患者において,患側白質はT2強調像において反対側と比較して相対的な低信号を示す.この現象を説明する仮説の一つとして,“accelerated myelination”が考えられる.このようにSyMRIの定量マップによって髄鞘過程を反映した患部の定量値の低下を示すことが可能である3).また通常のT2WIよりも長いTR,TEでコントラスト強調像(Heavily-T2WI)を合成することで患部の信号強度の低下を明確に画像化でき3),同時にDIRを利用して未髄鞘化領域およびCSFの信号を抑制することで髄鞘化領域のみ描出することができる3).さらに左右の半球でVMYマップやミエリン量測定の結果を比較することで,いわゆる“accelerated myelination”を客観的に観察することが可能である(Fig. 113).このようにSWSの患者に対してSynthetic MRIで撮像することにより早期診断につなげられる可能性がある.

Fig. 1 

右顔面血管腫を伴うSWSを疑われた4か月男児

造影後Synthetic MRIで合成された(A)PDマップ,(B)VMYマップを示す.左半球と比較して右半球(顔面血管腫と同側)の大脳白質におけるPD減少およびVMYの増加がみられる.また表示スライスにおけるミエリン量は右半球が0.45 ml,左半球が0.19 mlである.全スライスのミエリン量の合計は右半球が5.98 ml,左半球が2.75 mlであり,“accelerated myelination”を反映している可能性がある.

Mild encephalopathy with a reversible splenial lesion

Mild encephalopathy with a reversible splenial lesion(MERS)は前駆症状に続く軽度の神経学的症状を特徴とする疾患である.MERSの典型像は,脳梁膨大部において左右対称に現れるT2WI,FLAIRの信号上昇,T1WIの信号低下,DWIにおける拡散制限である.またMERSは造影効果を示さない.この病変は一般的に数日から数週間で消失する.

SyMRIにおいてWMとCSFを抑制したDIRを合成したところ,T1WI,T2WIと比較して病変部を顕著に描出できた.VMYマップでは病変部でのミエリン量の減少を示し,R1値,R2値の低下及びPDの増加から含水量が増加したことがわかった.これによりMERSは髄鞘浮腫が関連している可能性があると考えられる(Fig. 2).

Fig. 2 

軽度神経症状を訴える患者(20歳女性)

DWIとSynthetic MRIを撮像した.脳梁膨大部に(A)DWIおよび(B)T2WIで高信号を示した.これに対し(C)WMとCSFを抑制したDIR画像を合成したところ,(A)および(B)と比較して顕著に病変を観察出来た.この10日後にフォローアップのため再度MRIを施行したところ病変は消失したため(D: DWI),MERSと診断された.SyMRIにより(E)VMYマップを作成したところ,ミエリン量の減少,さらに(F)PDマップでは水含量の増加がみられ,これはMERSが髄鞘浮腫と関連していることを裏付ける.

多発性硬化症

小児における多発性硬化症(multiple sclerosis; MS)はすべてのMS患者の3–5%を占める(18歳までに発症).この場合のMSは成人で発症するMSと比較してよりaggressiveであり,認知機能障害を発症する傾向にある.そのためMSの治療は確定診断後すぐに開始される.また小児のMSについては疾患の治療効果を評価するため,6か月ごとの頭部MRI検査によるフォローが推奨されている.

これまでにMS患者に対するSynthetic MRIの研究は成人患者に対して多く報告がされているが,それらは小児のMS患者でも成人患者と同様あるいはそれ以上に有効であると考えられる.例えばSyMRIでは自由にコントラストを変えることができるため,従来法によるMRIよりも多くのプラークを検出することができる14).特にDIRやphase-sensitive inversion recovery(PSIR)は皮質内やWMとGMの境界部分の病変の検出に有用である(Fig. 314).Yehらは成人のMSと同様に小児MSでも有意に低いBPFを示したことを報告している15)

Fig. 3 

多発性硬化症(8歳女児)

Synthetic MRIにより合成した(A)T1WI,(B)T2WI,(C)FLAIR,(D)PSIRおよび(E)DIR .(D)および(E)では皮質下プラークが良好に描出されている.

造影剤により増強されるMSプラークは活動性炎症のマーカーとなる.Blystadらは,造影されるプラークは造影されないプラークと比較して非造影の状態でR1・R2は高く,PDは低くなることを報告している16).つまりSynthetic MRIで撮像することで造影剤を使用せずに活動性炎症を評価することができる可能性がある.また我々はこれまでの研究で,VMYおよびVEPWは,R1,R2およびPDよりもMSの疾患プロセスに対して感受性の高いバイオマーカーであることを報告した17)

Limitation

SyMRIにより合成されたFLAIRは従来法によるFLAIRと比較してコントラストノイズ比が低く,画質は劣る.さらに脳実質とCSFの境界面において部分容積効果により高信号の縁取りが形成される2).このアーチファクトはくも膜下出血やMSプラークなどとして誤って診断される可能性があり,臨床で使用する際にはSynthetic MRIの撮像に加え,従来法FLAIRの撮像が必要と考える.したがってSyMRIによって合成したFLAIRで読影をする場合はこういったアーチファクトが生じることを把握しておかなければならない.

まとめ

小児脳画像診断への定量的アプローチでは,脳の正常発達や病的状態の客観的評価を行うことができる.QRAPMASTERシークエンスを使用することで日常臨床の限られた時間内でR1値,R2値,PDといった定量値を1スキャンで取得することができる.またSyMRIと呼ばれるソフトウェアを使用することで,様々なコントラスト強調画像の合成,脳組織の自動セグメンテーション,脳容積およびミエリン量の測定をpost-processingに行うことが可能である.合成されたコントラスト強調画像は従来のMR画像と比較して同等の画質を有し,脳病変の診断に有用である.さらにSyMRIによる脳組織のセグメンテーションおよびミエリン量の測定は,脳の成長曲線と良好に一致する.ただし合成されたFLAIRの画質低下などいくつかのlimitationに留意すべきであり,今後も様々な脳疾患に対しさらなる研究が必要である.

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