日本小児放射線学会雑誌
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症例報告
複数磁石の誤飲による消化管穿孔をきたした1歳男児例
秋山 佳那子 田中 文子阿部 礼臼井 秀仁新開 真人
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2019 年 35 巻 1 号 p. 41-45

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はじめに

小児の異物誤飲は日常よく経験する.その多くは自然排泄が期待でき,外科的治療や内視鏡等の処置を要する症例は多くない.しかしながら複数磁石の誤飲は消化管穿孔や腸閉塞の危険性が高く,緊急の処置が必要となる場合が多いとされている.

今回われわれは複数磁石を誤飲し,消化管穿孔をきたした症例を経験したため報告する.

症例

症例:1歳4か月.

主訴:嘔吐,活気不良.

家族歴・既往歴:特記事項なし.

現病歴:X − 3日に嘔吐2回あり前医を受診し,胃腸炎の診断にて整腸剤,制吐剤を処方され帰宅した.X − 2日に再度嘔吐2回あり,前医を再診し内服継続となった.X − 1日に38℃の発熱を認め,活気がなくなった.X日の朝,嘔吐1回あり前医を再診し,精査目的に当院に紹介受診となった.

来院時理学所見:体温37.8°C,脈拍140回/分,血圧110/52 mmHg,意識はぼんやりして視線が定まらない状態,顔色不良あり,眼窩陥凹あり,腹部膨満あるが軟,腸蠕動音弱いが聴取可,上腹部圧迫にて苦悶様表情あり,筋性防御なし,末梢冷感なし,capillary refilling time <2秒.

血液検査所見(Table 1):CRP 15.8 mg/dlと著明な上昇を認めたが,白血球数はむしろ低値であった.また静脈血ガス(室内気)でpH 7.311,HCO3 18.8 mmol/lと軽度の代謝性アシドーシスを認めた.

Table 1  当院受診時血液検査
​WBC 5,700/μl ​TP 7.1 g/dl ​PT 12.2 sec
​ Seg 56.0% ​Alb 4.2 g/dl ​APTT 25 sec
​ Band 1.0% ​AST 34 IU/L ​Fib 386 mg/dl
​ Lym 33.0% ​ALT 10 IU/L ​FDP 22.2 μg/ml
​ Mon 11.0% ​LDH 212 IU/L
​ Eos 0.0% ​Na 135 mEq/L ​pH 7.311
​ Bas 0.0% ​K 4.4 mEq/L ​PCO2 39.6 mmHg
​RBC 544 × 104/μl ​Cl 99 mEq/L ​HCO3 18.8 mmol/L
​Hb 11.3 g/dl ​BUN 15 mg/dl ​BE −4.1 mmol/L
​Ht 35.0% ​Cr 0.24 mg/dl
​Plt 50.2 × 104/μl ​CRP 15.79 mg/dl
​NH3 20 μg/dl

腹部臥位単純X線写真(Fig. 1):著明に拡張した小腸ガス像を認め,7 mm大の球体が5個連なった異物が右腹部背側寄りに小腸ガス像と重なるように存在していた.腹腔内遊離ガス像は認めなかった.

Fig. 1 

当院受診時腹部臥位単純X線検査

7 mm大の球体が5個連なった異物が右腹部背側寄りに認められる.拡張した小腸ガス像も認める.

腹部単純CT(Fig. 2a:当院受診時):十二指腸下行脚付近に金属アーチファクトを伴う異物を認め,小腸は全体的に拡張していた.肝周囲に少量の腹腔内遊離ガス像を認めた.腹水は認めなかった.

来院後経過:来院当初は胃腸炎による脱水・活気不良を考え,細胞外液の投与を開始した.しかし急速補液開始30分後にさらに意識レベルの増悪を認め,炎症反応が高値であることもあわせて,なんらかの感染によるsepticな状態が考えられた.腹部単純X線写真(Fig. 1),単純CT画像(Fig. 2a)より金属製の異物誤飲が疑われ,母に再度問い直したところ,チラシを貼り付けるために複数の磁石が冷蔵庫に付いており,児はよくそれを触って遊んでいたとのことであった.複数磁石誤飲とそれに伴う消化管穿孔が疑われ,手術目的に同日小児病院へ転院搬送となった.当院の画像では,遊離ガス像を認めるものの,磁石は5個連なったものが消化管に存在するように見え,全身状態不良を起こす程の腹膜炎をきたしているとは考えにくかった.画像と臨床所見に乖離があるとの判断で初回CTから3時間後に転院先で造影CT(Fig. 2b:転院先搬送後)を撮影したところ,腸管壁の浮腫,腹水の増加,と所見の進行を認めたため同日緊急手術の方針となった.

Fig. 2 

当院受診時腹部単純CT((a) CTDIvol 11.60 mGy, DLP 316.00 mGycm)・転院先搬送後腹部造影CT((b) CTDIvol 7.10 mGy, DLP 227.3 mGycm)

(a)肝臓周囲に少量の腹腔内遊離ガス像(⇩)あり.小腸は拡張しており,十二指腸下行脚付近に異物(点線)が存在する.

(b)小腸壁の浮腫,腹腔内遊離ガスの増加,腹水の出現(*)を認める.

手術所見(Fig. 3, 4):右上腹部横切開で開腹.腹腔内に黄色腹水を認めた.洗浄しながら腹腔内を検索すると,胃後壁から腹腔内に向かって4個連なった磁石が突き出ており,胃内にある1個の磁石と,胃後壁を挟み込んで接着していることが分かった.Treitz靭帯より150 cm肛門側の小腸に3箇所,180 cm肛門側に2箇所,盲腸前壁に1箇所のいずれも磁石大の穿孔があり,磁石同士が腸管壁を挟んで接着したことで腸管壊死が起きて,それによってできたものと考えられた.胃後壁,盲腸前壁の穿孔はトリミングして縫合,Treitz靭帯から150 cm,180 cmの小腸(↔部位)はそれぞれ切除して吻合した.ダグラス窩にドレーンを挿入し,閉創して手術終了した.摘出された磁石はネオジム磁石という強力磁石であった.

Fig. 3 

手術記録(神奈川県立こども医療センター 外科手術記録に追記)

Fig. 4 

術中画像(神奈川県立こども医療センター 外科手術記録より借用)

(左上)胃後壁を挟み込んで,胃内の1個の磁石と4個の腹腔内の磁石が接着している.

(右上)小腸穿孔部.小腸の穿孔はいずれも磁石大であった.

(下)取り出されたネオジム磁石.

術後経過:術後経過良好で,術後4日目から経口摂取開始し,術後8日目に退院となった.

考察

小児の異物誤飲は小児の全事故の約20%を占め1),日常よく遭遇する.誤飲異物の種類としては,硬貨,ボタン電池,磁石等が多い2).通常多くの異物は自然排泄され,外科的処置を必要とするのは1%程度である3)

磁石誤飲も単数であれば危険性は低く,経過観察が原則である.しかし,複数磁石の誤飲の場合,腸管壁を挟み込んで磁石同士が接着することで腸管の穿孔,壊死,閉塞をきたし,とくに時間差をもって誤飲した場合,その危険性が高くなる4,5).一方,複数磁石であっても同時に飲み込んだ場合などは,磁石同士が早期に接着して消化管内で一塊となり,経過観察で排泄された症例報告もある6).本症例の初診時の腹部単純X線写真,CTでは5個の磁石が一連となって写っていた.また本症例では誤飲を家族が目撃しておらず穿孔の時期が不明であり,今後どのような速度で悪化をしていくのかの予測が困難であったが,全身状態および数時間でのCT所見の変化から結果的には当院でのCT撮影の直前に穿孔したものと推測された.これらから,単回の画像所見のみでの緊急性の判断は困難であり,慎重な評価が必要であると考えられた.

次に磁力から考察すると,磁力の弱いトラベル用オセロ石を67個誤飲したが全て便と一緒に排泄されたとの報告もあり7),消化管損傷のリスクは誤飲した磁石の磁力にも起因すると考えられる.本症例で誤飲したネオジム磁石はレアアースであるネオジムと鉄,ホウ素を主成分とする強力磁石であり,従来の鉄を主成分とした磁石の約10倍の磁力を有するとされ,玩具の小型化に寄与するようになった.磁石誤飲による消化管損傷例のうち,玩具の小部品によるものが149例中66例(43.1%)と約半数を占めており8),米国や欧州連合(EU)は玩具の小部品への強力な磁力を持つ磁石の使用を規制している.子ども向けの玩具のみでなく,大人を対象とした商品の誤飲事故も報告されている.2009年に5 mm前後の小型のネオジム磁石の球体を数百個のセットで様々なモチーフを作って楽しむ製品(商品名:bucky ball等)が登場し,以降小児の誤飲事故が激増した.トロント小児病院での研究では,同商品の販売前の8年間と,販売後の3年間の2期間での比較を行い,後期間では磁石誤飲事故のIRR(Incidence Rate Ratio)が2.94倍になったことを報告した9).さらに後期間では複数磁石の誤飲が8.4倍に増加し,誤飲磁石の平均サイズは約1/3程度になっており,同商品の小型化かつ強力な磁力が誤飲事故に大きく関与していた9).米国やカナダでは小型球形ネオジム磁石を含む磁石性玩具のリコールを発表し,以降磁石誤飲事故は減少傾向にある10).一方わが国では国としての磁石に関する規制が存在しておらず,ホームセンターやネット通販,100円均一ストアでも販売されており,安価で簡単に手に入る状況である.

磁石誤飲による消化管損傷の初期症状は嘔吐や腹痛などの非特異的なものであり,今回のように目撃がなく,児が誤飲したことを伝えられない場合,診断に時間を要する可能性が高い.また一般市民,医療従事者の認識として,画鋲や安全ピン等の鋭利な物やボタン電池等と比較して磁石誤飲の危険度の認識は薄いように思われる.本症例でも,冷蔵庫の児の手の届く位置に多数のネオジム磁石が置かれており,母親は児が時々それで遊んでいるのを認識していたにも関わらず今回の事故が起きてしまった.

今後同様の事故を防ぐために,玩具への磁石使用の規制や小型磁石玩具の販売中止等の対応を国として早急に行い,子どもの手が届かない状況をつくることが望まれる.それと同時に複数磁石誤飲の危険性を一般市民,医療従事者の啓発することは,われわれ小児科医の役目として重要と考えられる.

 

本報告に関連し,日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.

文献
 
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