日本小児放射線学会雑誌
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症例報告
病初期のMRI拡散強調画像で皮質脊髄路病変を呈した新生児単純ヘルペス脳炎の1例
塚田 裕伍 田中 竜太塙 淳美京戸 玲子池邉 記士鈴木 竜太郎佐藤 琢郎福島 富士子堀米 仁志泉 維昌
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2019 年 35 巻 1 号 p. 50-55

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はじめに

新生児の単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis; HSE)は,重篤な疾患として知られている.高用量アシクロビル(Aciclovir; ACV)(60 mg/kg/日,21日間)治療の導入により死亡率は低下したが,神経学的後遺症は依然高率1)で,早期診断・治療が極めて重要である.新生児HSEは,単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus; HSV)が主に経産道(垂直)感染することによって,日齢16~19にけいれん,活気不良,易刺激性,振戦,哺乳不良,体温変動,大泉門膨隆などで発症する2).皮疹が特徴的な徴候であるが,HSV感染児の母体は60~80%が妊娠・出産時に性器ヘルペスの症状を有さず,新生児HSEの約30%は経過中に皮膚の水疱を伴わない2,3).HSEの診断には,髄液中HSVのPCRによる検出が感度・特異度・迅速性いずれにも優れ,最も有用と考えられているが,発症後72時間以内4)や感度が劣る手法では偽陰性となる場合がある.一方,新生児HSEの早期診断において頭部MRIの有用性が数多く報告されている.それら既報告のなかで,皮質脊髄路病変についての記載は散見されるが,十分知られているとは言えない.我々は,病初期の髄液検査でtraditional PCR法ではHSVが検出されなかったが,皮質脊髄路病変の存在からHSEを除外せず,ACV治療を継続した新生児HSEの1例を経験した.

症例

症例:日齢13(発症時),女児.

主訴:活気不良,哺乳低下,けいれん,呼吸抑制.

家族歴:特記事項なし.

周産期歴:母は本児の妊娠中,HSV感染を示唆する全身症状や外陰部の発疹に気づかれなかった.児が新生児HSEと診断された後(出産36日後)の検査で,外陰部HSV-2抗原は陰性,血清HSV抗体(EIA法)はIgG陽性・IgM陰性で,血清学的に既感染パターンが示された.児は在胎39週5日,破水から36時間が経過した後,吸引分娩で仮死なく出生した.出生体重は3,004 gであった.

現病歴:日齢13(第1病日),活気不良,哺乳低下,下肢の間欠的な筋れん縮が出現した.翌日には右上下肢の間代性けいれんと呼吸抑制をきたすようになり,当院に緊急入院した.

入院時現症:身長49 cm(−0.7SD),体重3,008 g(−1.2SD),頭囲35.7 cm(+0.9SD).体温36.9°C,心拍数120回/分,呼吸数58回/分,SpO2 100%(室内気).大泉門は平坦軟で,項部硬直はなかった.皮膚や口腔内に発疹はなかった.胸腹部は触診および聴診上,異常なかった.末梢性チアノーゼはなく,循環不全はなかった.右上下肢の間代性けいれんがしばしば群発し,呼吸停止とチアノーゼを伴った.

入院時検査所見:血液検査では白血球数18,700/μl,好中球69%と増加していたが,CRPは陰性(0.02 mg/dl)であった.AST 32 U/L,ALT 11 U/Lと正常であった.低Na血症(124 mmol/L)と高K血症(6.2 mmol/L)が認められたが,副腎機能(ACTH,コルチゾール)は正常であった.血液・髄液の乳酸・ピルビン酸,血漿アミノ酸分析,尿中有機酸分析では先天性代謝異常症を示唆する所見は認められなかった.髄液検査では単核球優位の細胞数増多(単核球109/3,多核球12/3),蛋白の増加(113 mg/dl),糖の低下(34 mg/dl)が認められた.頭部CTでは有意な所見は認められなかった.脳波検査では間代性けいれんと呼吸抑制に一致して突発波が認められた.

入院後経過(Fig. 1):細菌性髄膜炎またはヘルペス脳炎の可能性を考え,入院当日から抗菌薬とともにACV(20 mg/kg × 3回/日,8時間毎)静注を開始した.重症感染症と考え,γグロブリン静注(150 mg/kg/日)を3日間行った.フェノバルビタール静注(初回20 mg/kg,12時間後~5 mg/kg/日で維持)によって呼吸抑制を伴う間代性けいれんは消退したが,意識レベルが低下し,自発呼吸が再び微弱になった.そのため,第4~10病日まで気管挿管のうえ人工呼吸管理を行った.

Fig. 1 

入院中の経過

NPPV: non-invasive positive pressure ventilation, ACV: Aciclovir, ABPC: Ampicillin, CTX: Cefotaxime, Ara-A: Vidarabine, PB: Phenobarbital, iv: intravenous administration, po: oral administration.*は検査未実施.

第3病日の頭部MRI検査(Fig. 2)では,T2強調画像(T2-weighted image; T2WI),拡散強調画像(diffusion-weighted image; DWI)で大脳脚~内包後脚~半卵円中心~中心溝周囲の皮質脊髄路に沿った連続性の高信号と,前頭葉皮質~皮質下白質の広範な高信号域が認められた.右頭頂葉皮質,両側視床,両側淡蒼球,左小脳白質,橋にも高信号域が認められた.DWIで高信号を呈した領域はADC mapで著明な低信号を呈し,細胞性浮腫を反映する所見と考えられた.T2WIでも両側内包後脚の高信号と両側前頭葉の皮髄境界の消失が認められたが,病変の範囲は不明確であった.

Fig. 2 

頭部MRI軸位断,第3病日

a–c:拡散強調画像(DWI)では大脳脚~内包後脚~半卵円中心~中心溝周囲にかけての皮質脊髄路に沿った高信号(矢印)が特徴的で,両側視床,両側前頭葉皮質~皮質下白質,右頭頂葉皮質にも多発する高信号域が認められる.

d:DWIで高信号を呈した領域はADC mapで低信号を呈し,細胞性浮腫を反映すると考えられる.

e,f:T2強調画像では,両側内包後脚の高信号(矢印)と両側前頭葉の皮髄境界の消失(矢頭)が認められる.

第12病日の頭部MRI検査(Fig. 3a–c)では,病変は深部白質,側頭葉・頭頂葉にも広がり,いわゆる全脳炎の所見を呈した.

Fig. 3 

頭部MRI軸位断,亜急性期~回復期

a,b:第12病日のDWIでは,病変が側頭葉・頭頂葉にも広がり,一部の皮質および皮質下白質~深部白質が高信号,皮質下白質が低信号となり,全体に無秩序な様相を呈する.

c:第12病日のT2WIでは,中心溝(矢印)周囲の皮質が低信号(T1WIでは高信号),皮質下白質が高信号(T1WIでは低信号)を呈し,皮質壊死と周辺浮腫を反映している.

d:第42病日のT2WIでは,大脳半球は全体に多嚢胞性脳軟化を呈し,視床・基底核も顕著に障害されている.

入院時の髄液でHSVを検索した.Traditional PCR法(A社)では第6病日に不検出と判定されたが,MRIで皮質脊髄路の病変が認められたためHSEは否定できないと考え,ACVを継続した.その翌日,同一検体からreal-time PCR法(Z施設)でHSV2型(HSV-2)が検出されたとの報告を受け,新生児HSEと確定診断された.HSV-2は入院時の血液・咽頭ぬぐい液・便からも検出され,B社のreal-time PCR法でも髄液からHSVが検出された.

人工呼吸器から離脱し,呼吸状態が安定した第14病日から経口哺乳を開始し,順調に増量できていたが,第25病日から哺乳力低下・活気不良をきたした.第19~26病日にかけて髄液の細胞数と蛋白が増加し,real-time PCR法でのHSV-2は陰性化しなかった.そのためACVの効果は不十分と考え,第27病日からビダラビン(Ara-A)静注(15 mg/kg/日)を併用した.

第33病日には髄液の蛋白と細胞数が減少し,real-time PCR法での髄液中HSV-2も陰性化した.以後はHSEの再燃なく,ACVおよびAra-A静注を中止し,ACV内服に変更した.

第42病日の頭部MRI検査(Fig. 3d)では,大脳全体の多嚢胞性脳軟化と脳幹の萎縮・嚢胞化が認められた.経口哺乳が徐々に可能となり,第63病日に退院したが,著明な体の反り返りを伴う重度の四肢麻痺が残った.

考察

新生児HSEは早期診断・治療が重要な新生児神経疾患の一つであるが,症状や一般検査・画像所見の多くが非特異的であり,診断に苦慮する場合がある.PCR法による髄液からのHSV検出は感度が高く,多くの例では診断の決め手になるが,偽陰性となり診断に迷う場合もある.Melvinらの報告5)では,新生児HSEの18例中5例で,髄液からHSVが検出されなかった.本例では,入院当日(第2病日)の髄液で,traditional PCR法ではHSVは検出されなかったが,real-time PCR法ではHSV-2が検出された.Real-time PCR法はtraditional PCR法よりも迅速性と定量性において優れ,感度についても高感度のnested PCR法6)に匹敵することが示されている7).また,本例では第7病日の髄液で,Z施設に依頼したreal-time PCR法ではHSV-2は検出されなかったが,B社に依頼したreal-time PCR法ではHSVが検出された.この経験から,PCRの手法が同じであっても,依頼先によって結果が異なる可能性がある.従って,病初期の髄液中HSVが初回のPCR法で不検出との結果であっても,臨床的にHSV感染症の可能性が否定できない場合には治療を中断せず,別の手法による確認や再検が必要と考えられた.

本例では,Ara-Aを併用することで髄液中HSVの陰性化が達成できた.単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン20178)では,十分な量のACV治療を行っても14日目の髄液高感度PCRでHSVが陽性の場合は,ACV耐性HSVの可能性を考え,Ara-Aないしホスカルネットを併用すると述べられている.Kakiuchiら9)は,新生児HSEで,ACVにAra-Aを併用したことでHSV陰性化を達成した症例において,HSVのチミジンリン酸化酵素に遺伝子変異が生じ,ACVの感受性を低下させていることをin vitroで実証した.本例でもHSVがACV耐性を獲得した可能性が考えられたが,Kakiuchiらと同様の検証は行えなかった.

新生児HSEは,非特異的で多彩な脳病変を呈するが,皮質脊髄路病変は特徴的で,診断的にも予後予測のうえでも重要な所見である.本邦の新生児HSE13例の頭部MRI所見を後方視的に検討したOkanishiらの報告10)によると,発症後7日以内のDWIで,8例に内包病変を認め,そのうち5例が両側性で重度の運動障害を残した.内包病変はすべて大脳皮質病変を同時に伴っていたが,本例で認められた中心溝周囲の病変については言及されていない.Kidokoroら11)は,本邦とオランダの新生児HSE13例について後方視的に検討し,新生児HSEでは下部前頭葉および側頭極,分水嶺,皮質脊髄路の3領域が障害されやすく,皮質脊髄路の病変は運動障害の後遺症と関連することを見出した.また,それら3領域の病変は新生児HSEに特徴的で,脳室周囲白質が障害されやすい他の新生児期のウイルス性脳炎(エンテロウイルス,ヒトパレコウイルス,ロタウイルス)の病変分布とは異なると述べている.Bajajら12)も同様に,HSV感染症で頭部MRIに異常を認めた新生児11例のうち5例が内包後脚から中心溝周囲にかけての皮質脊髄路に沿った大脳白質病変を呈し,5例とも痙性麻痺を残したと報告している.酒井ら13)も,病初期のDWIで皮質脊髄路に沿って連続した白質病変を呈し,重度の運動麻痺を残した例を報告している.Bajajら12),酒井ら13)の論文中に提示されているDWIの画像は,本例のそれと極めて類似している.

本例では,既報告10,14)で示されているように,病初期においてはT1WI・T2WIよりもDWIのほうが病変の分布と進展を鋭敏に捉えることができ,有用性が高かった.一方,亜急性期の大脳皮質壊死や回復期の嚢胞化15)を捉えるにはT1WI・T2WIが有用であった.

年長児~成人のHSEでは,HSVは神経行性に脳内に侵入し限局性の病巣を形成すると考えられているが,新生児HSEではHSVの侵入経路についての見解が分かれている.すなわち,新生児HSEでは病初期から脳病変が多発するため,HSVは血行性に脳内に侵入し散布されるという見解16)と,年長児~成人のHSEと同じく神経行性に脳内に侵入し初期病巣を形成してから,他の領域に伝播するという見解17)がある.本例では,病初期から広範囲に多発する脳病変を認めたため,HSVは血行性に散布されたと考えられるが,皮質脊髄路に沿った病変も認めたため,HSVが特定の神経路を伝って広がった可能性もあると考えられた.

皮質脊髄路が障害を受けやすい理由には,新生児期に髄鞘化が進行し代謝が活発な神経路であるため外的侵襲に脆弱であること,HSVはニューロンおよびオリゴデンドロサイトに核内封入体を形成し18),髄鞘化線維に高い親和性を有することなどが挙げられるが,直接的な裏付けはなく,今後の知見の集積が必要である.

結語

病初期から特徴的な皮質脊髄路病変を呈した新生児HSEの1例を経験した.traditional PCR法では髄液中HSVは検出されなかったが,皮質脊髄路病変の存在に着目し,HSEを除外せずACV治療を継続した.病初期の病変の分布と進展を把握するには,DWIが優れていた.新生児HSEでは,診断をPCR法のみに頼るのではなく,病初期のMRI所見についても認識を深めることが重要である.

本例の報告については,両親からインフォームドコンセントを得た.

 

日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はない.

謝辞

画像に関するご指導を賜りました東京都立小児総合医療センター放射線科の河野達夫先生,微生物学的検査を行っていただきました茨城県衛生研究所に深謝を申し上げます.

文献
 
© 2019 日本小児放射線学会
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