日本小児放射線学会雑誌
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症例報告
頭蓋骨線状骨折後にくも膜下腔の拡大を伴う頭蓋内圧亢進をきたした一幼児例
富田 慶一 鉄原 健一辻 聡堤 義之宇佐美 憲一
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2019 年 35 巻 1 号 p. 66-70

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はじめに

小児の外傷では頭部打撲の頻度が高く,頭蓋骨が成人に比して薄いため,骨折を生じやすい.小児の頭蓋骨骨折における線状骨折の頻度は高く,75%を占める1).頭蓋骨線状骨折は,頭蓋内損傷を伴わなければ,通常3–6か月程度で骨折線が消失する.頭蓋内合併症をきたす頻度は低く,頭蓋内圧亢進や水頭症の報告は非常に稀である2).今回,頭蓋内損傷を伴わない頭蓋骨線状骨折後に,くも膜下腔の拡大を伴う頭蓋内圧亢進をきたした例を経験した.

症例

症例は,周産期歴・発達歴に異常のない1歳3か月の女児.父が河原で走りだした児を抱きかかえた際にバランスを崩して後方に転倒し,児は地面にあった石で後頭部を打撲した.その後,嘔吐と傾眠が出現し,受傷の約30分後に当院救急外来を受診した.来院時,意識レベルはGlasgow Coma Scale(GCS)E3V3M5であり,嘔吐を繰り返していた.頭部コンピュータ断層撮影(computed tomography; CT)で,頭蓋内出血や脳実質の損傷は認めなかったが,後頭骨に3.5 cm長の線状骨折を認め(Fig. 1a–c),後頭骨骨折,脳震盪の診断で入院した.入院後,嘔吐は改善し,第2病日の頭部単純CTで新たな画像変化を認めず,第3病日に軽快退院した.退院後は症状なく経過したが,第28病日より嘔吐と不機嫌が出現し,救急外来を受診した.以降,同様の主訴で計5回救急外来を受診したが,バイタルサインの異常や神経学的異常所見は認めず,頭部CTの再検査は施行しなかった.血液検査,尿検査,胸腹部単純写真,胸腹部超音波検査で原因を特定しうる所見を認めず,輸液や浣腸による症状の一時的な改善があり,急性胃腸炎,アセトン血性嘔吐症,便秘症の診断で自宅経過観察としていた.帰宅後は,不機嫌の再燃を認め,経口摂取量は症状発症前の半分程度となっていた.第40病日に頭蓋骨骨折後の合併症の評価のため施行した頭部CTで,脳溝および頭蓋縫合の開大,両側側脳室の軽度拡大を認め(Fig. 1d–f),眼底検査でうっ血乳頭を認めたため,頭蓋内圧亢進の疑いで入院となった.

Fig. 1 

頭部単純CT(上段a,b,c:第1病日,下段d,e,f:第40病日)

a:脳溝の開大や脳室の拡大を認めない(横断像).

b,c:後頭骨に3.5 cm長の骨折(b:白矢印,c:黒矢印)を認めた.頭蓋縫合の開大は認めない(b:骨条件横断像,c:3D画像).

d:脳溝の開大,両側側脳室の軽度開大を認めた(横断像).

e,f:冠状縫合・矢状縫合・人字縫合の開大(e:白矢印,f:黒矢印)を認めた(e:骨条件横断像,f:3D画像).

入院時の身体所見は,呼吸数24回/分,心拍数122回/分,血圧90/50 mmHg,GCS E4V5M6,瞳孔径3 mm/3 mm,対光反射は両側迅速,体温36.8°C,頭囲44.7 cm(−1.0 SD,浸透圧利尿薬投与後),大泉門は閉鎖しており,神経学的異常所見を認めなかった.頭部単純CTでは,脳溝の開大,両側側脳室の軽度拡大,冠状縫合・矢状縫合・人字縫合の開大を認め,頭蓋内出血は認めず,後頭骨骨折は癒合傾向となっていた(Fig. 1d–f).眼底検査では,網膜出血は認めず,両側に中等度のうっ血乳頭を認めた.

入院後,浸透圧利尿薬の投与により,不機嫌と経口摂取不良の改善を認めた.第41病日の頭部磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging; MRI)では,脳実質外腔の内部に圧排のない皮質静脈の走行を認め,また,眼球後部の平坦化~眼球側への突出,視神経周囲脳脊髄液腔の拡大,下垂体の扁平化を伴うempty sellaを認めた(Fig. 2).第47病日にオンマイヤリザーバー留置術を行い,その際の脳室内圧は7.4 mmHgであった(幼児の正常頭蓋内圧3–7 mmHg3)).術後は,第54病日まで髄液穿刺による減圧処置を連日施行し,第57病日以降は減圧処置を要さず,第62病日に軽快退院とした.

Fig. 2 

頭部MRI(第41病日)

a:脳実質外腔の内部に圧排のない皮質静脈の走行(白矢印)を認めた(T2強調画像,3,890 msec/77 msec/3(TR/TE/excitation)).

b:眼球後部の平坦化~眼球側への突出(黒矢印),視神経周囲脳脊髄液腔の拡大(白矢印)を認めた(T2強調画像,4,000 msec/85 msec/3).

c:下垂体の扁平化を伴うempty sella(白矢印)を認めた(T1強調画像,500 msec/8.5 msec/1).

退院後の頭部単純CTでは,脳溝の開大,両側側脳室の軽度拡大,頭蓋縫合の開大は,いずれも改善傾向である(Fig. 3).頭蓋内圧亢進症状の再燃はなく,発達についても遠城寺式乳幼児分析的発達検査で,運動,社会性,言語ともに年齢相当である.

Fig. 3 

頭部単純CT(第187病日)

a:右側脳室前角にオンマイヤリザーバーチューブが留置されている.脳溝の開大や脳室の拡大の程度に改善を認めた(横断像).

b:頭蓋縫合開大の改善(黒矢印)を認めた(3D画像).

考察

本症例で認めたように,小児の頭部外傷では,頭蓋内損傷を伴わない頭蓋骨線状骨折であっても,稀ながら頭蓋内圧亢進や水頭症を合併しうる.

まずは,本症例における診断の根拠について以下に述べる.本症例で頭蓋内圧亢進が疑われた第40病日の頭部単純CTでは,脳室拡大よりも脳溝開大が目立ち,一般的な水頭症の画像所見とは異なっていた(Fig. 1d).脳溝の開大の所見から鑑別すべき疾患としては,頭蓋内圧亢進や水頭症の他に,脳萎縮,硬膜下水腫,良性くも膜下腔拡大があげられる.脳萎縮については,受傷当日の頭部CTで脳実質や脳溝・脳室に異常がなく,発達歴や神経学的所見に異常がないこと,頭蓋内圧亢進の所見を複数認めることから,可能性は低いと考えた.硬膜下水腫については,頭部MRIで脳実質外腔の内部に圧排のない皮質静脈の走行を認めており,否定的と考えた(Fig. 2a).また,良性くも膜下腔拡大は,一般に乳児期の頭囲拡大を契機に頭部画像検査で指摘され,多くが特発性に生じ,外科的介入を要することなく2歳前後までに軽快することが知られている4).本症例の頭囲の推移は,出生時から6か月検診までは+1 SD前後,頭蓋内圧亢進発症後の第41病日では−1.0 SDであったが,浸透圧利尿薬の投与後の測定であり,頭囲の推移の評価は困難と考えた.しかし,本症例は外傷後に発症しており特発性ではなく,外科的介入を要した臨床経過からも,良性くも膜下腔拡大とは臨床像が異なると考えた.

また,本症例では,複数の頭蓋内圧亢進の所見を認めた.本症例の頭蓋内圧亢進の所見には,頭部単純CTでの冠状縫合・矢状縫合・人字縫合の開大(Fig. 1e, f),眼底検査での両側うっ血乳頭があげられるが,加えて特発性頭蓋内圧亢進症(idiopathic intracranial hypertension; IIH)に類似した画像所見を認めた点も参考となった.IIHは,頭蓋内圧を亢進させる頭蓋内病変を欠く,頭蓋内圧の上昇を伴う特発性の頭痛症候群と定義され,頭部MRIで,眼球後部の平坦化,視神経周囲脳脊髄液腔の拡大,眼窩内視神経の垂直性屈曲,empty sellaを認めうることが知られている5).本症例は,外傷後に発症しておりIIHの診断とはならないが,頭部MRIで眼球後部の平坦化~眼球側への突出,視神経周囲脳脊髄液腔の拡大,下垂体の扁平化を伴うempty sellaを認め,これらも頭蓋内圧亢進を反映する参考所見と考えた(Fig. 2b, c).また,浸透圧利尿薬の投与やオンマイヤリザーバー留置後の減圧処置により,症状の改善を認めた点も,頭蓋内圧亢進の臨床経過に合致した.

以上より,本症例は,頭部外傷に合併したくも膜下腔の拡大を伴う頭蓋内圧亢進,広義の水頭症であると判断した.

なお,小児の外傷では虐待の可能性に常に注意を払う必要があるが,本症例では,受傷当日の全身診察で後頭部以外の外傷は認めず,保護者の説明する病歴と外傷の部位や程度に乖離はなく,聴取した病歴は一貫していた.外来での経過も含め,保護者の児や周囲に対する対応には,問題を認めなかった.また,第40病日の眼底検査では,時間経過から偽陰性の可能性は考慮されるものの,網膜出血は認めなかった.以上のことから,虐待の可能性は,否定はできないものの,低いと考えた.

頭蓋内損傷を伴わない頭蓋骨線状骨折における,頭蓋内圧亢進や水頭症についての報告は,稀ではあるが本症例以外にも認める.21歳以下の頭部外傷患者91,583人を対象とした研究では,頭蓋内出血を伴わない頭蓋骨骨折患者23,139人のうち12人に,また,線状骨折患者に限定した場合でも極めて稀に,外科的介入を要する水頭症の合併を認めたと報告されている6)

本症例で頭蓋内圧亢進,広義の水頭症を発症した病態について考察する上では,水頭症における髄液循環の概念,外傷性水頭症の発生機序についての理解が重要と考える.近年では,古くから知られる髄液循環の経路である,脈絡叢での産生,脳室・くも膜下腔の循環,くも膜顆粒での吸収からなるmajor pathwayに加えて,脳室上衣,血管周囲腔,神経周囲リンパ管,nerve root sleeve,間質腔を循環するminor pathwayが想定され,いずれの障害でも水頭症をきたすとされている7).また,頭部外傷後の水頭症の発症機序としては,髄液の吸収障害によるmajor pathwayの障害が主病態と考えられ,硬膜とくも膜下腔の間の外傷性剪断,くも膜下腔の機械的または炎症性の閉塞,頭蓋内出血が髄液の吸収障害を来す要因として考えられている8,9).これに対して,本症例では,頭部CTやMRIで頭蓋内損傷や頭蓋内出血を認めなかったにも関わらず,頭蓋内圧亢進をきたした.その機序としては,画像検査で指摘できない程度の微量の出血による髄液の吸収障害や,何らかの機序による上記のminor pathwayの障害の可能性が考えられる.

なお,本症例では,病態不明の二次性の頭蓋内圧亢進であったため,一期的なシャント術よりも,オンマイヤリザーバー留置と反復減圧処置の反応をみて改善がなければシャント術を施行するほうが望ましいと考え,リザーバーを治療として選択した.リザーバー留置後の一時的な反復減圧処置により,頭蓋内圧亢進が改善した臨床経過からは,本症例の頭蓋内圧亢進の発症機序として,頭蓋内圧が亢進している状態自体が,髄液循環の障害を惹起するといった病態が関与した可能性も示唆された.

髄液循環の概念は,近年様々な知見の積み重ねにより新たな可能性が提示されている.頭部外傷後の水頭症の病態についても,今後の知見の蓄積による,より詳細な病態解明が期待される.

本症例で認めた臨床的に重要な注意点としては,頭部外傷後の頭蓋内圧亢進では,臨床症状が非特異的でありうることがあげられる.本症例の臨床症状は,嘔吐と不機嫌であり,これは一般的な頭蓋内圧亢進の症状に合致する.一方で,嘔吐と不機嫌という臨床症状は,消化器疾患や心疾患など,その他の多くの疾患で生じうる非特異的な症状である.本症例では,対症療法による症状の一時的な改善があったため,この非特異的な臨床症状を,急性胃腸炎,アセトン血性嘔吐症,便秘症によるものと解釈した.しかし,同一の臨床症状が再燃・遷延していたことからは,その時点で改善されていない病態が背景にあることを想定し,稀な合併症である頭蓋内圧亢進の可能性も考慮すべきであった.なお,頭部外傷後の頭蓋内圧亢進を疑う際の検査としては,頭部単純CTが有用と考える.所見としては,脳室の拡大が一般的だが,本症例のように,脳溝や頭蓋縫合の開大が主体となる場合もあるので注意を要する.また,頭蓋内圧亢進を疑う場合は,眼底検査におけるうっ血乳頭の評価が重要であるが,特に小児の頭部外傷では,虐待を考慮した網膜出血の評価も必要となる.本症例では,頭部MRIでIIHに類似した画像所見を認めたことも診断に寄与したため,診断に苦慮する場合は頭部MRIでの評価も有用と考える.

結論

小児の頭部外傷では,頭蓋内圧亢進や水頭症を合併しうる.特に,多くが合併症なく治癒する頭蓋内損傷を伴わない線状骨折であっても,稀ながら頭蓋内圧亢進を合併しうる点には注意を要する.

頭部外傷後に,嘔吐や不機嫌などの非特異的症状が遷延する場合は,頭部CTを含めた追加検査を考慮すべきと考える.

 

本報告に,利益相反はない.本報告は,国立成育医療研究センターにおいて倫理審査委員会の承認を得て行った(番号1755).

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