社会学評論
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特集・現代社会論の現在
市民社会論から栗原社会学へ
アイデンティティ概念の冒険1967~2006
杉山 光信
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2008 年 59 巻 1 号 p. 57-74

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抄録

この論文では栗原彬の仕事を取りあげるが,それは歴史的現実へのコミットという点でわが国の市民社会論の立場を受け継いでいると考えるからである.栗原彬の仕事はエリクソンのアイデンティティの概念を出発点としている.ふつうアイデンティティは幼児期から老年期に至るまで個人がライフサイクルの各段階での課題を達成するとき確立されると考えられている.つまり個人の心理発達の問題と理解されている.しかし,栗原の理解はこれとちがっている.1960年代アメリカでの公民権運動にコミットするエリクソンに学び,歴史の転換期と青年期の存在証明の探求が出会うときにアイデンティティがもつ衝迫力を中心とするものである.それゆえ栗原にとって,アイデンティティは個人と歴史社会とを同時に視野に取り込むことのできる戦略的概念なのである.このような理解に立って,栗原は昭和前期の政治指導者のパーソナリティや行動と時代を分析してみせる.また高度成長期に豊かさとともに増大する管理社会化のもとにいる青年たちを分析する.そして最近では水俣病未認定患者たちの運動とともにあり,彼らのもとで「存在の現れ」の政治を認めるに至っている.「存在の現れ」とはアレントが『人間の条件』で語る「行為」に近い考えである.以上のような理解のアイデンティティ概念を手に歴史的現実にコミットする栗原彬の仕事は,社会学研究に多くの示唆を与えるものである.

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© 2008 日本社会学会
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