社会学評論
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特集「文化社会学の快楽と困難」
文体(スタイル)としての文化社会学
―井上俊の仕事から考える―
近森 高明
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キーワード: 文化社会学, エッセイ, 文体
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2023 年 73 巻 4 号 p. 327-344

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抄録

文化社会学の第一人者である井上俊は,自身の文章を「エッセイ」と自称する.そしてまた井上のテクストは,一見すると癖のない透明な文体をもつ.これら2点において,井上の仕事は,文化社会学の「文体」を考えるうえで範型となる.本稿では井上のテクストを対象に,その(隠れた)文体的特徴を明らかにする作業をつうじて,文化社会学という領域に対してエッセイ的文体がもつ意義を考える.

井上のテクストの文体的特徴として,下記の3点が抽出される.

①「動的均衡と遊動的距離」.井上のテクストには,対象のうちにダイナミックな均衡関係を触知しようとする動きが認められる.文体に埋め込まれたこの身振りが,俯瞰的な位置へと視座を押しあげ,対象とのあいだの遊動的な距離を可能にする.②「視座の転換」.井上のテクストには,対象の意味を一変させる視座の転換の技法があちこちに仕掛けられている.「○○としての△△」という表現の出現頻度の高さが,その標識となる.③「譲歩のレトリック」.「たしかに…しかし」という譲歩の構文が,井上のテクストには反復的に出現する.これは①②という2つの特徴をブリッジングしつつ,命題的主張へと落とし込む機能をもつ語法である.

「エッセイ」は,近年の文化社会学における実証主義への揺り戻しのなかで,忌避される傾向にある.だがしかし「エッセイ」への固定的見方を解毒するためにこそ,井上の「エッセイ」は役に立つ.

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