社会学評論
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統制される/されない身体
医療に取り込まれた母性批判イデオロギー
柄本 三代子
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キーワード: 身体, 母性, 医療
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1999 年 50 巻 3 号 p. 330-345

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抄録
現代において強力に統制が加えられる場となった身体を論じるとともに, 抵抗を試みる可能性をはらむ身体の議論への道筋をつける。'生々しい感覚や感情'に根ざす私的領域へ, 国家や医療という公権力が介入するためには, 匿名化された知による「健康の規準」という根拠が必要である。しかしこの介入は一方で, 抵抗の欲求を喚起するというパラドックスを孕む。われわれの現前性を確保する領域でもある身体についての議論は, 「何が当該の問題となっているか」と, 現状と切り結びながら進めることが肝要であり有効でもある。本論においては, 1965年に成立して以来すべての女性たちの身体を「母性」と定義づけ, 国家の管理下におくと同時に, 生涯にわたって医療の介入が必要であると方向づけた母子保健法に注目する。母子保健法は, 母性イデオロギーを批判する言説を巧妙に取り込むことにより, その中心的概念である「母性」のイデオロギーを強靭なものにしている。その言説とは, 〈何らかの母性の本質の自明視〉であり〈ミニマム母性の等閑視〉である。そしてこの強固な基盤を出発点として制度化されている限り, 〈発達するものとしての母性概念〉も〈置き換えによる母性概念の棄却〉も, もはや国家の管理と医療の介入を招くことに大いに活用される。この流れに絶大なる正当性を与えているのが, リスクとしての少子化の喧伝である。「少子化により低下した育児能力」ゆえの育児支援に, 医療は介入の能力を発揮する。
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