【目的】日中の過度な眠気(EDS)を主訴に受診した患者を対象として,睡眠呼吸障害(SDB)以外の疾患の有病率を算出した.
【方法】2012年4月~2017年3月に信州大学医学部附属病院,松本協立病院,新生病院,ひろ内科医院のいずれかを受診し,睡眠ポリグラフ(PSG)及び睡眠潜時反復試験(MSLT)が実施され,その結果中枢性過眠症に分類された患者のうち,15歳以上の者(計92名)を対象に,PSG, MSLTの他,主観的睡眠評価表,睡眠日誌,基本情報を用いて,総合的に検討を行った.
【結果】ナルコレプシー37名,特発性過眠症33名,睡眠不足症候群18名,非器質性過眠症4名であった.
【結語】EDSの原因を考える際には,SDB以外の疾患にも留意すべきである.
日中の過度な眠気(Excessive Daytime Sleepiness: EDS)を引き起こす代表的な疾患の1つに,睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome: SAS)が挙げられる.眠気を加味した症状のある閉塞性睡眠無呼吸(Obstructive Sleep Apnea: OSA)の観点で評価すると,およそ男性で3~7%,女性で2~5%とされる1).日本人におけるSASの頻度については症状の有無を加味しない報告では,成人男性の約20%弱と欧米に比べると高く2,3,4),それによる居眠り運転事故も報告されている5).また,日中の眠気は,こういった死亡事故の原因となるだけでなく,日中の仕事や学業の効率を下げ,それがQOLの低下にもつながり,社会生活に障害をきたす6,7).
しかし,日中の眠気の原因は必ずしもSASだけではない.同じく夜間の睡眠障害である周期性四肢運動障害や,十分な睡眠時間を確保しているにもかかわらず睡眠発作が引き起こされるナルコレプシー,また甲状腺機能低下症でも日中の眠気をきたす.このように,いわゆる過眠をきたす疾患は様々だが,長野県内では実際には各々どれ程の割合で存在するのかは明らかになっていない.
そこで,日中の眠気や居眠りを主訴に外来を受診し,終夜ポリソムノグラフィー(Polysomnography: PSG)及び睡眠潜時反復試験(Multiple Sleep Latency Test: MSLT)を実施し,中枢性過眠症に分類された患者を対象として,各原因についての有病率を算出すること,および疾患と患者背景との因果関係を明らかにすることを目的に本研究を行った.
2012年4月1日から2017年3月31日までの期間に信州大学医学部附属病院,社会医療法人中信勤労者医療協会松本協立病院(以下:松本協立病院),特定医療法人新生病院(以下:新生病院),ひろ内科医院のいずれかを受診し,睡眠日誌およびピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)8),エプワース眠気尺度日本語版(JESS),PSGおよびMSLTの記録があり,その結果中枢性過眠症に分類された患者のうち,15歳以上の者を対象に検討を行った.但し,中枢性過眠症と共にSAS等それ以外の睡眠障害を合併している者も対象者に含めた.
2. 方法各医療機関の承認のもと,まず筆頭著者が全症例のPSGおよびMSLTデータの再解析を行った.解析マニュアルにAmerican Academy of Sleep Medicine(AASM)による睡眠および随伴イベントの判定マニュアル version 2.110)を用いた.それが終了した2018年1月に,今度は診療記録および検査結果を再度評価し,著者らでICSD-39)に基づき診断を分類し,疾患の有病率を算出した.ナルコレプシーは,毎日の耐え難い睡眠欲求や日中の居眠りに加え,MSLTにおいて平均睡眠潜時が8分以下,かつ2回以上の入眠時Rapid Eye Movement(REM)睡眠期(Sleep Onset REM period: SOREMP)が認められた場合とした.また,情動脱力発作(カタプレキシー)がある者はtype 1,ない者はtype 2,いずれの記録もない者はtype不明にした.睡眠不足症候群は,睡眠日誌やアクチグラフ等で確かめられた患者の睡眠時間がその年齢相応の標準値より短く,それにより日中の過眠を来たしている場合や,睡眠時間を延長させ,それによりEDSが解消された場合で,且つ,症状を説明できるような不眠や過度の眠気を起こす他の睡眠障害,その他の身体疾患・神経疾患・精神疾患ではよく説明できない場合とした.非器質性過眠症は,EDSが併発する精神疾患に関連して生じている場合とした.特発性過眠症は,MSLTにおける睡眠潜時が8分以下と短いか,あるいは24時間の総睡眠時間が660分以上であり,前夜PSGとMSLTを合わせてSOREMPは1回以下であることに加え,睡眠不足症候群やSASなど,眠気を引き起こす他の睡眠障害がない場合とした.
次に各疾患と因果関係を持つ因子があるかどうか検討した.本研究では,その因子として,①基本情報(受診時年齢,発症年齢,身長,体重,Body mass index(BMI),既往歴・現病歴(精神疾患,アレルギー疾患),喫煙歴,飲酒歴,PSQI8)およびJESS),②PSG(各睡眠ステージ)およびMSLT(平均睡眠潜時)データを使用した.
統計解析には,①の患者背景のうち,受診時年齢,身長,体重,BMI,②のPSGおよびMSLTデータではSteel-Dwass法,その他はfishers正確確率検定を用いた.発症年齢でfishers正確確率検定を用いたのは,問診時に具体的な年齢を答えず「中学生の頃」というような単位で答えていた者が多数いたためである.尚,統計解析では,複数の睡眠障害を合併している者は除外した.
尚,本研究は信州大学医倫理委員会,および各施設の倫理委員会の審査を受け承認された(信州大学医倫理委員会承認番号:3735).
対象者は92名となった(年齢27.2±11.3歳,男性52名,女性40名).その内訳を表1に示す.
男性(名) | 女性(名) | 計(名) | |
---|---|---|---|
ナルコレプシー全例 | 20(21.7) | 17(18.5) | 37(40.2) |
ナルコレプシー単独 | 2/13/3 | 4/3/4 | 29 |
ナルコレプシー+OSA | 1/0/1 | 1/1/1 | 5 |
ナルコレプシー+睡眠相後退症候群 | 0/0/0 | 0/1/1 | 2 |
ナルコレプシー+レストレスレッグス症候群 | 0/0/0 | 0/1/0 | 1 |
特発性過眠症 | 17(18.5) | 16(17.4) | 33(35.9) |
断定 | 5 | 7 | 12 |
疑い | 12 | 9 | 21 |
睡眠不足症候群 | 12(13.0) | 6(6.5) | 18(19.6) |
非器質性過眠症 | 3(3.3) | 1(1.1) | 4(4.3) |
計 | 52(56.5) | 40(43.5) | 92(100.0) |
OSA: Obstructive Sleep Apnea
※ナルコレプシーは,それぞれ(type 1/type 2/不明)の順に記載
本調査ではナルコレプシーが37名(40.2%)〔単独が29名と他疾患との合併が8名〕と最も多かった.他疾患との合併は,OSAが5名,睡眠相後退症候群が2名,レストレスレッグス症候群が1名であった.次いで特発性過眠症(疑い例を含む)が,33名(35.9%),睡眠不足症候群が18名(19.6%),非器質性過眠症が4名(4.3%)となった.本研究では睡眠日誌の記載がなくカルテ上でしか睡眠時間を把握できなかった症例は,21名(22.8%)で,特発性過眠症疑いとした.
2. 疾患と患者背景本稿では,症例数≧10であるナルコレプシー,特発性過眠症(疑い例を含む),睡眠不足症候群の3群で検討を行うこととした.
2.1 基本情報基本情報11項目においては,すべて有意差は認められなかった.その内訳を表2に示す.
NA | IH | ISS | |
---|---|---|---|
受診時年齢(歳) | 24.4±7.9 | 29.9±13.9 | 27.2±7.8 |
身長(cm) | 166.9±9.0 | 163.4±7.7 | 161.8±6.9 |
体重(kg) | 59.9±10.2 | 58.4±12.8 | 59.9±5.1 |
BMI | 21.5±3.2 | 21.7±3.8 | 22.9±1.6 |
アレルギー疾患(%) | 40.0 | 48.4 | 80.0 |
精神疾患(%) | 3.7 | 12.9 | 10.0 |
喫煙者(%) | 5.3 | 28.6 | 28.6 |
飲酒習慣(%) | 5.9 | 17.6 | 25.0 |
PSQI(点) | 5.0±1.5 | 5.0±1.5 | 7.0±2.8 |
JESS(点) | 17.5±4.0 | 16.8±3.6 | 17.4±4.4 |
発症年齢 | |||
~9 | 2 | 1 | 0 |
~12 | 2 | 1 | 0 |
~15 | 9 | 12 | 2 |
~18 | 9 | 6 | 2 |
~21 | 2 | 5 | 1 |
~24 | 1 | 0 | 0 |
25~ | 1 | 2 | 2 |
NA(Narcolepsy):ナルコレプシー,IH(Idiopathic Hypersomnia):特発性過眠症,ISS(Insuffisient Sleep Syndrome):睡眠不足症候群,BMI: Body mass index,PSQI:ピッツバーグ睡眠質問票,JESS:エプワース眠気尺度日本語版
PSGにおける各睡眠ステージでは有意差が認められなかった.MSLTの平均睡眠潜時では,ナルコレプシー群及び特発性過眠症群で,睡眠不足症候群よりも有意に短縮した(p<0.01)(図1).
MSLTにおける平均睡眠潜時の比較
NA(Narcolepsy):ナルコレプシー,IH(Idiopathic Hypersomnia):特発性過眠症,ISS(Insuffisient Sleep Syndrome):睡眠不足症候群
※複数の睡眠障害を合併している者は除外
睡眠障害の頻度に関しては様々な報告がある.他施設における同様の調査によると,ナルコレプシーが24.4%,特発性過眠症が14.6%,睡眠不足症候群が34.1%であったと報告されている11).一方,本研究では,ナルコレプシーが40.2%,特発性過眠症が35.9%,睡眠不足症候群が19.6%となったことから,日本では地域差があることが示唆された.そのため,その地域に適した対策が必要となる.長野県では上記の通りナルコレプシーが最も多くなり,更にわが国ではナルコレプシー罹患率が0.16%と世界で最も高いとされていることから12),今後それらの疾患を正しく診断・治療ができる施設・医師の必要性が示唆された.
また,本研究は医療機関における患者の調査であることから,対象となる患者の多くは睡眠不足以外の睡眠障害を疑っているものと考えられる.しかし,本研究では睡眠不足症候群が92名中18名(19.6%)であることが明らかになった.実際,20歳以上を対象とした厚生労働省の調査によると,「日中,眠気を感じた」と答えている者は男性37.7%,女性43.0%であるのに対し,「睡眠時間が足りなかった」と感じている者は男性23.3%,女性27.8%である13).この日中の眠気がEDSレベルなのかは定かでなく,また,「日中,眠気を感じた」者の中には睡眠不足症候群以外の睡眠障害に罹患している可能性もある.しかし,この結果から自身にとっての適切な睡眠時間が把握できていない者が少なからずいる可能性は考えられる.
更に,表1に示す通り,有意差はなかったものの,睡眠不足症候群は男性に多い傾向にあった.厚生労働省の調査によると,睡眠の妨げとなっていることとして男性では仕事,健康状態が主として挙げられた13).よって,労働環境の改善や病気を予防する,あるいは現疾患を適切に治療するための環境作りはまだまだ求められるであろう.しかし,本研究で睡眠不足症候群と診断された18名のうち4名(22.2%)は10代であり,労働環境や健康管理以外にも,10代の睡眠不足に対する対策が必要であると考えられる.青年を対象とした研究では,21世紀に入ってからの液晶画面を使用した機器やインターネットの急激な普及14,15),始業時刻の早さ16,17)が,睡眠不足に関係していると報告されている.このように,現代では青年期での睡眠不足も少なくないため,10代の睡眠障害を考える上で,その年代に多いナルコレプシーだけに目を向けるのではなく,生活習慣にも目を向け,その改善を図る必要もあると言える.睡眠不足の持続は,慢性的にストレスに対する生体防御反応システムである視床下部-脳下垂体-副腎皮質系(Hypothalamic-Pituitary-Adrenocortical System)の機能亢進を引き起こし18),それがうつ病の引き金になるという仮説がある19).このように,睡眠不足は生活に支障をきたすだけでなく,精神疾患をも引き起こす可能性がある.そのため,今後,学生や労働者に対する睡眠衛生教育や労働環境改善が求められるであろう.
本研究は後方的研究の為,特発性過眠症と睡眠不足症候群との鑑別が困難であるのが問題点のひとつであり,両者を正確に分類することができなかった.そのため,今後は睡眠日誌の記載がなされた,より正確な調査が必要とされる.
近年,生活習慣に起因する睡眠障害やSASは注目されるようになった.しかし,EDSを引き起こす疾患は様々存在することから,診断の際にはSDBだけでなく他の疾患にも留意すべきである.また,学生や労働者に対し睡眠衛生教育や労働環境改善を積極的に行っていき,個々の生活の質が向上することを期待する.
本研究を行うにあたり,数多くの症例を提供して下さった松本協立病院の増田真一先生,新生病院の佐藤裕信先生,ひろ内科医院の八重樫弘信先生に,感謝の意を表します.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.