日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
背臥位での運動療法が有効であった特発性胸膜肺実質線維弾性症患者の1症例
神吉 健吾 白石 匡杉谷 竜司水澤 裕貴野口 雅矢武田 優木村 保西山 理松本 久子東本 有司
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2025 年 34 巻 2 号 p. 171-174

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要旨

【はじめに】特発性胸膜肺実質線維弾性症(iPPFE)に対する呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)の介入方法は確立されていない.

【症例】64歳女性.心肺運動負荷試験Peak O2/W: 9.8 ml/min/kg,定常負荷試験耐久時間(Endurance time: ET):3分21秒,呼吸困難(修正Borg Scale; mBS)6であった.超音波診断装置を用いて横隔膜変位量(DE)を評価した.深吸気でDEは,座位19.7 mm,背臥位40.1 mmであった.

【理学療法】DEの結果から,背臥位で下肢筋力増強,仰臥位用負荷量可変式エルゴメーターによる持久力運動を実施した.

【結果】Peak O2/Wが 12.5 ml/min/kg,ETが5分15秒,呼吸困難はmBS3へ改善した.

【結論】iPPFE患者に対する背臥位での運動療法は,より効果的に運動耐容能や呼吸困難を改善する可能性が示唆された.

緒言

特発性胸膜肺実質線維弾性症(idiopathic pleuroparenchymal fibroelastosis; iPPFE)は特発性間質性肺炎の稀な型であり1,息切れおよび乾性咳嗽を主訴2とする,上肺優位に病変が見られる進行性疾患である.また,治療法が確立していない難治性疾患である.iPPFEでの呼吸機能障害は,努力性肺活量の減少,総肺活量の減少,および1秒率の増加によって示される拘束性換気障害が特徴である3.iPPFE患者の身体的な特徴として,るいそうが強く,病状の進行に伴いさらに体重が減少する.また,扁平胸郭は先天的な素因であると推測されているが,後天的にも進行し2,予後は特発性肺線維症患者と比べて,同等か悪いことが報告されている4

iPPFEに対する呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)の効果に関する既報では,運動能力,呼吸困難,不安,うつ症状,健康関連QOLが改善したと報告されている5.iPPFEは間質性肺疾患(Interstitial lung disease: ILD)であるものの,他のILDとは生理学的特徴が異なるため,ILDに対応した呼吸リハプログラムを適用できるか明らかにされておらず,臨床においてもiPPFE患者の呼吸リハに難渋するケースが多い.

今回,座位と背臥位の横隔膜変位量(Diaphragm Excursion; DE)の違いを考慮した上で運動療法を実施したことで,短期的な介入でも効果的に運動耐容能や呼吸困難が改善したiPPFE症例を経験したため報告する.

症例

【症例紹介】症例は64歳女性,主訴は座って話をするだけで生じる強い呼吸困難であった.2017年,両側肺尖部の胸膜肥厚を指摘され,近医でフォローされていた.2021年,呼吸困難が強いため当院呼吸器・アレルギー内科に紹介され,iPPFEと診断された.その後,2週間の包括的呼吸リハ目的で入院となった.BMI 12.4と痩せが著明であり,呼吸機能では肺活量:0.84 L,%肺活量:28.7%,1秒量:0.86 L,%1秒量:39.1%,1秒率:100%と高度な拘束性換気障害が見られた.全肺気量:3.17 Lであり残気量(%):2.44 L(220.9)であった.血液ガス検査ではPaO2 87.7 mmHg,PaCO2 50.7 mmHg,HCO3 29.7 mmol/LでありCO2の貯留を認めたが,pH 7.39であった.その他採血データでは,BNP 124 pg/ml,Alb 3.5 g/dLであった.包括呼吸リハ後も検査値に著変なかった.胸部レントゲンでは肺門部の挙上と胸郭の扁平化が,胸部CTでは肺尖部に容積減少を伴う多発帯状影とブラを認めたが,肺底部には間質性陰影はなかった(図1).併存症は慢性胃炎,膵管内乳頭粘液性腫瘍,骨粗鬆症,バセドウ病であり,喫煙歴はなかった.

図1 胸部レントゲンとCT

上葉の収縮・肺門部(➡)の挙上と胸郭の扁平化を認める.

【倫理的配慮】本報告に際して,患者本人に説明を行い書面にて同意を得た.

【初期評価】フィジカルアセスメントにて,座位では安静時から頻呼吸(30回/分)であり胸鎖乳突筋の過緊張,胸郭可動性の低下を認めた.一方,背臥位では呼吸数が減少し,呼吸補助筋の緊張と呼吸困難が軽減した.姿勢変化により呼吸数や呼吸補助筋の緊張に相違があったため,座位と背臥位において超音波診断装置(エコー)でDEを評価したところ,座位では 19.7 mmであったが,背臥位では 40.1 mmであった(図2).

図2 超音波診断装置による横隔膜変位量

B-modeの画像で右横隔膜の後外側部分を描出し,M-modeにて最大呼気位から最大吸気位までの最大変位量を測定した.

深呼吸時,背臥位にて横隔膜変位量が大きくなっていた.

座位での心肺運動負荷試験は,Ramp 10 W負荷にて自転車エルゴメーター(アップライト型)を用いた漸増負荷試験を実施した.その結果,Peak V ˙ O2は 9.8 ml/min/kg(40.8%),minimum V ˙ E/ V ˙ CO2は69.1 ml/mlであり,運動耐容能と換気効率の低下を認めた.ピーク時の心拍数は99回/分,SpO2は95%,1回換気量は 477 ml,呼吸数は52回/分であった.Peak Wattの70%(20 W)負荷で実施した座位での定常負荷試験(アップライト型エルゴメーターを使用)では,耐久時間(Endurance Time; ET)は3分21秒であり,minimum V ˙ E/ V ˙ CO2は 56.2 ml/mlであった.終了時の修正Borg Scale(modified Borg Scale; mBS)は呼吸困難8,下肢疲労8であり,呼吸困難により終了となった.

フィジカルアセスメントやDE評価より,座位と同様の負荷にて背臥位での定常負荷試験を実施した.背臥位での定常負荷試験には仰臥位用負荷量可変式エルゴメーター(てらすエルゴ®,昭和電機株式会社,大阪)を使用した.その結果,ETは30分に延長し,minimum V ˙ E/ V ˙ CO2は 52.8 ml/mlと換気効率が改善した.終了時は下肢疲労により終了となった.運動終了時の1回換気量は座位と比較すると背臥位で低値であった.運動終了後の呼吸数も座位と比較し,背臥位で減少した(表1).その他の評価において握力は 17.3 kg,膝伸展筋力体重比は 0.41 kgf/kgであった.

表1 定常運動負荷試験:座位と背臥位の比較

姿勢座位(開始時→終了時)背臥位(開始時→終了時)
Endurance Time3分21秒30分00秒
mBS 呼吸困難2→80→9
mBS 下肢疲労1→80→10
脈拍数(回/分)82→10967→80
SpO2(%)97→9897→96
1回換気量(ml)417→511466→478
呼吸数(回/分)35→5019→37

mBS:修正Borg Scale

【理学療法介入】本症例は背臥位でETが延長し,DEの増加や換気効率の改善を認めたため,背臥位での呼吸リハプログラムを選択した.プログラムの内容はコンディショニング,下肢筋力増強,持久力運動とした.下肢筋力増強は,2 kgの重錘を用いて膝関節伸展運動を20回×2セット,下肢伸展挙上運動を20回実施した.持久力運動は 20 W負荷で,仰臥位用負荷量可変式エルゴメーターを使用し,時間は背臥位での定常負荷試験にて呼吸困難がmBS 4~5となった20分に設定,頻度は6日/週にて実施した.

呼吸リハプログラム以外の介入として,本症例は床上での臥床時間が長かったことから,臥位での自主トレ指導に加えて看護師と連携・情報共有を行い,病棟での離床機会を作る事や運動を促す声かけを依頼した.また,るいそうが強かったため栄養士と相談し,食事に追加して栄養補助食・栄養補助ドリンクを摂取してもらい,栄養指導も実施して頂いた.

【結果】2週間の介入後,胸鎖乳突筋の過緊張,胸郭可動性の低下は認めていたが,安静時の呼吸数は背臥位で18回/分に,座位では24回/分へ減少した.心肺運動負荷試験ではPeak V ˙ O2が 12.5 ml/min/kg(52.1%),minimum V ˙ E/ V ˙ CO2は 54.0 ml/mlと改善を認め,試験後の心拍数は101回/分と変わりなかったが,呼吸数は40回/分と改善を認めた.座位での定常負荷試験では,ETが5分15秒へ延長し,終了時のmBSは呼吸困難5,下肢疲労5へ改善した.握力は 16.8 kg,膝伸展筋力体重比は 0.30 kgf/kgであった(表2).

表2 呼吸リハビリ前後での各評価結果

評価初期最終
Peak V ˙ O2(ml/min/kg)9.812.5
minimum V ˙ E/ V ˙ CO2(ml/ml)69.154.0
定常負荷試験(座位)でのET3分21秒5分15秒
終了時のmBS 呼吸困難85
終了時のmBS 下肢疲労85
握力(kg)17.316.8
膝伸展筋力体重比(kgf/kg)0.410.30

考察

今回iPPFE症例に対して,2週間の呼吸リハ介入で運動耐容能が改善した.この結果は,背臥位での持久力運動が奏功した為であると考えられた.通常,背臥位では横隔膜直上の下葉は,腹圧により圧迫されるため拡張しにくいとされる8.また,横隔膜は座位・立位と比較して,背臥位で腹部臓器などの影響により挙上し9,エコーで測定したDEは減少する10とされている.しかし,本症例では背臥位で呼吸困難が軽減していた.そこで,エコーを用いてDEを測定したところ,背臥位でDEが最大となった.また,座位と背臥位では呼吸数,呼吸補助筋の緊張,呼吸困難に差を認めた.本症例では背臥位の方が,DEが増加し,換気効率も改善したことから,iPPFE特有の胸郭動態や換気パターンが関係している可能性がある.

iPPFEは上肺優位に病変があるため上葉が収縮して肺全体を挙上させ,胸郭の扁平化が見られるが,全肺気量は増加しており,中葉と下葉は過膨張の状態であると報告されている11.そのため,立位や座位では重力により中葉と下葉の肺過膨張が増強される可能性がある.背臥位では重力の影響がないため,中下葉の代償的過膨張11が軽減され,換気効率が向上しているのではないかと考える.つまり,iPPFE患者では背臥位の方が,換気条件が良いことが考えられる.高強度負荷トレーニングは,運動耐容能の改善効果が高いとされており12,換気条件の良い背臥位で持久力運動を実施できたことが,運動耐容能の改善に繋がったと考える.筋力に関しては,筋力増強における筋肥大に必要とされる期間は8~12週間とされており13,今回は介入期間が短期であったため改善が乏しかったと考える.

今回は1症例の検討であるため,機序を生理学的に解明することは出来ていない.また,フィジカルアセスメント等での主観的評価が多く,客観的評価が実施できていない.肺機能検査に関しても,姿勢変化によるDEの違いがあったが,臥位での肺機能を測定できていない.今後は,姿勢変化による客観的評価の違いも考慮し,症例を増やし解析していく必要があると考える.

結論

重症iPPFE患者に対して,背臥位で運動療法を実施することは,比較的短期的な介入でも効果的に運動耐容能や呼吸困難を改善する可能性が示唆された.

備考

本論文の要旨は,第32回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2022年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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