日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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シンポジウム
アドバンス・ケア・プランニングにおける看護師の役割と実践
竹川 幸恵鬼塚 真紀子渡部 妙子平田 聡子
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2025 年 34 巻 3 号 p. 227-232

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要旨

アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning: ACP)は,患者が自分らしく生きることを支える前向きな対話のプロセスであり,その人の価値観や希望を尊重する取り組みである.看護師は,意図的に対話を進める力を有し,ACPの推進において重要な役割を担っている.誠実な姿勢で患者と向き合い,対話を通じて患者の価値観を明確にし,医療やケアを含む生き方の最善の選択を共に見出すとともに,意思決定の実現に向けて倫理的視点を踏まえた合意形成や,多職種間のコーディネーターとしての支援を行う.

緒言

アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning: ACP)とは,「患者・家族・医療従事者の対話を通じて,患者の価値観を明らかにし,これからの治療・ケアの目標を明確にするプロセス」である1.足立は,ACPの構成要素として「患者を取り巻く関係者による話し合い」「話し合いの内容の多様性,継続性,更新性」「関係者間の信頼関係の構築」を挙げており2,パートナーシップの構築のもと,繰り返し話し合い,更新していくことが重要である.

看護師によるACP支援には,患者と医療者間のコミュニケーションの改善,患者・家族の不安の軽減,患者自身の主体的な取り組みやセルフマネジメントの促進,家族間での価値観の共有など,さまざまな効果が報告されており3,4,5,看護師の果たす役割は極めて重要である.

一方で,ACPの実施には,予後の不確かさや時間的制約,開始のタイミングや介入方法がわからない,終末期の話題が患者の希望を損なうのではないか6,7といったことが障壁となり,ACPは十分に実践されているとは言い難いのが現状である.

当センターでは,ACP支援システムを構築し,積極的にACPに取り組んでいる.本稿では,当センターにおけるACP支援システムと看護師の役割,実践について概説する.

ACPとは

ACPは,患者が最期まで自分らしく生きるために価値観や望む医療・ケアについて,家族や医療者と繰り返し話し合い,共有するプロセスである.その過程では,医療者が予測される病状や人工呼吸療法などについて説明し,死に向き合う対話が求められるため,患者・家族・医療者のいずれもが,ACPに対してしばしば暗くネガティブなイメージを抱いてしまう.しかし,ACPは,患者の人生の最終段階に焦点をあてて医療やケアの事前指示を得ることではなく,対話を通じて患者自身が価値観に気づき,病いとともにどのように生きていきたいのかを言語化しwell-beingを支えるという貴重な営みである8

阿部は,ACPを「(人生の最終段階の)準備をするだけでなく,患者や家族の行く道に希望を見出すために話し合う」と述べ,ACPの対話が前向きな意味を持つことを示している9.角田は「価値観の共有は,生き方への承認とエンパワメントにつながる希望的作業10」とし,木澤はACPを「緩和ケアの羅針盤」と表現している11.また筆者はACP支援により,在宅酸素療法(home oxygen therapy: HOT)を受けている患者がスティグマから解放され,酸素流量の調整や外出行動などといったセルフマネジメント能力を高めていくことを示した5

このようにACP支援は,単に人生の最終段階をよりよく過ごすためだけではなく,患者の生き方や希望を尊重し,病いとともに「今この時」から最期までその人らしく生きることを支える前向きで希望に満ちた取り組みである.医療者が,ACPのポジティブな側面に目を向け,その意義を正しく理解することは,ACPに対する障壁の軽減およびACP支援の推進に繋がると考える.

当センターにおけるACPの取り組み

2017年に,ACPワーキングを立ち上げた.理念は「患者は,終末期の説明により衝撃を受けても立ち直り自己の人生について考える力を有している」「患者の価値観に基づく意思決定と意思実現を支える」とし,人材育成と組織形成により質の高いかつシームレスなACPの実践を目指してきた.

1. ACPについての共通理解

・ACPは,最期までその人らしく生きることを支える希望に満ちた取り組みであり,アドバンス・ディレクティブ(advance directive: AD)を求めるのではない.ADは,ACPのプロセスの中で生じるものである.

・今後予測される病状や人工呼吸療法などの情報提供によって生じる患者の不安や衝撃は,自然な反応である.

・患者には自分の人生を考える力があり12,慢性呼吸器疾患患者は,息切れと共に生きてきた過程で苦難を乗り越えており,自分の人生を考える力を持っていると信じることが重要である13

・ACPは多職種チームでの取り組みと,医療機関・在宅医療機関・施設間でのシームレスな支援が重要である.

2. ACP支援システム

・対象:外来では,HOTを導入して安定している人,予後が1年以内に亡くなっても驚かないと想定される人,予後に関心を示す人を対象とする.入院では,増悪入院から回復後,HOTや非侵襲的陽圧換気療法(non-invasive positive pressure ventilation: NPPV)開始後など,死が差し迫っていない時期,外来からのACP継続時,終末期および最終末期,急性期(集中治療室含む),さらには日常の何気ない会話の中で価値観に繋がる語りが見られたときとする.

・看護師の介入時期:外来では,医師による初回面談時および面談直後に看護専門外来で,以後1~2か月後,4~6か月後さらに適宜看護専門外来で介入する.入院時は,医師による初回面談時,面談当日,2,3日後,退院前さらに適宜介入し,看護専門外来へと繋ぐ.

3. 支援手順

・介入方法:Bernackiらによる「重篤な患者との話し合いの手引き(Serious illness conversation guide)」14を参考にしている.これは,意思決定のプロセスや具体的な問いかけが示されており,対話を促進させるうえで有用である.また,以下のツールを作成し活用している.

・価値観シート:広島県地域保健対策協議会「私の心づもり」15を参考に作成した.「あなたが大切にしていることを看護ケアに活かしたいので教えていただけますか」と声をかけ,1つずつ丁寧に聴くことで,患者は今までの人生を振り返りながら語り始める(図1).

図1 価値観シート

・治療法のリーフレット:医学的適応(時間的予後,機能的予後など)は,意思決定における基盤となる情報である.人工呼吸療法や高流量鼻カニュラなどのイメージを高めるために写真付きのリーフレットを用いている(図2).

図2 治療法のリーフレット

・ACP支援テンプレート:患者・家族の意思決定のプロセスや,倫理調整を行うべき問題などを記録し,経時的に閲覧できるものでチームで共有している.ケアの質の保証を図るために,川崎の意思決定支援の技法16を参考にカテゴリー化し,ケア内容も記載している.

・ACPカンファレンステンプレート:継続支援につなげるため,情報や検討結果を記載できるようにしている(図3).

図3 ACPカンファレンステンプレート

・転棟・退院サマリー:ACPに関する内容を詳細に記載し,病院間や地域と共有している(図4).

図4 転棟・退院サマリー

ACPにおける看護師の役割

ACPにおける看護師の役割は,患者とのパートナーシップを築き,ACPのプロセスを丁寧に進めながら,患者が主体的に取り組めるよう支援することである13.特に,患者の価値観を明確にし,それを家族や医療者と共有する支援は重要であり,対話を通じて相手を理解し尊重する姿勢が求められる17

看護師は,患者・家族の話に傾聴・共感しながら意図的に対話を進める技術を有し,ケアリングを実践知として備えており,ACPにおいて大きな役割を担う18.日常のケアにおいて患者の語りをACPの視点で捉えたり,支援対象者を見極めて,意図的に対話を進めて価値観を引き出して共有を図るとともに,多職種と連携してACP支援をコーディネートする.また,話し合いの場ではアドボケーターとして,患者をエンパワメントし,自律性の維持を支援する19

1. ACP支援に必要なスキル

ACP促進には,対話によるコミュニケーションが不可欠である.対話とは,単なる傾聴ではなく,問いかけを交えながら対象者が自身の大切にしていることや価値観に気づき,言語化できるよう支援する過程を指す20

西川21が述べる「反復」と「沈黙」の技法は,対話促進に有効である.反復は,対象者の発言を受け止め共感を示すものであり,語尾に「ですね」を付けて返す.沈黙は,患者の想いの言語化の時間を保障するもので,長い沈黙にも話題を変えるのではなく,「どのようなことを考えておられましたか」と尋ねることが大切である.

また,感情を丁寧に拾い,共感と尊厳をもって対応する誠実な態度は信頼関係を築き,対象者の能動的な変容や成長につながる17.特にACPでは,感情への対応を優先することが重要であり,NURSEスキル(Name・Understand・Respect・Support・Explore)22の活用が求められる.

さらに,河口が提唱する患者教育専門家としての態度(professional learning climate: PLC),「心配を示す」「尊重する」「謙虚である」など11要素23を意識し,対象者に誠実に向き合う姿勢も重要である.

2. ACPに取り組む患者の力を高める

看護師の誠実な態度はACP支援に不可欠である.ACPの重要性や意義,看護師が「共に考えたい」と願うことを誠実に伝え,患者の感情を理解し伴走することで,患者は看護師をよき理解者と認識し信頼を深め,パートナーシップの意識を高める.

病状が進行するなかでは,患者の自律性を尊重した生理的ニーズの充足や日常ケアの提供,患者が人生で果たしてきた役割や出来事に耳を傾け称賛することで,自己コントロール感や自己肯定感を高める.これらにより患者は,本来の自分を取り戻し自身の価値観に基づいて人生を考える力を蘇らせることが可能となる.

3. 価値観を明確にする

価値観は,意思決定の根幹となるものであり,自分らしく生きていくためには患者自身が明確にすることが大切である.日々のケアを通じて患者の何気ない会話から「想いのかけら」をキャッチし,紡いでいく.また,ライフヒストリーや病いの体験の語りを対話により促し,生きがいや大切にしていることの言語化を意図的に支援する.例えば,「このまま安定した状態が続くことを願っていますが,病気が進んだ場合,何が一番大切ですか?支えになることはどんなことですか?」と尋ね,反復や沈黙を用いて対話を促進し,その理由や背景にある価値観も引き出していく.この過程は,患者自身の価値観の明確化のみならず,家族や医療者間での価値観の共有にもつながる.

4. 意思決定に必要な情報の理解を支える

意思決定において,時間的・機能的予後,治療の妥当性などJonsenらの臨床倫理4分割表の医学的適応の情報が,価値観と同様に不可欠である.患者・家族は,医師からこれらの説明を受けた際,不安やショックにより感情が高まり認知が妨げられることが少なくない22.看護師は,患者・家族に感情の吐露を促しながら感情を受け止め共感する.そして,ともに考えていく存在であることを伝えることで安心感を提供し,冷静さを取り戻せるよう支援する.その上で,患者・家族の言葉で,病状や人工呼吸などどのように理解されたかを確認し,感情に留意しながら,リーフレット等を活用して補足説明し理解を深める支援を行う.

5. 患者にとっての最善を患者とともに見出す

患者の最善は,医学的適応と価値観,そして家族などの環境因子によって見出される.価値観は,病状の進行や重要他者などの変化により揺らぐことがある.揺らぎとは,自身の力を呼び起こし,優先したい価値に気づく可能性を含んだ概念である24.看護師はこの揺らぎの意味を理解し,寄り添い尊重しながら保証し,対話を通じて患者が自己の最善を言語化できるよう支援する.

6. 価値観・意思の共有,および合意形成を支える

看護師は,自律の尊重とそれに伴う不利益を最小限にするという倫理的視点に基づき,家族・医師との合意形成に向けてアドボケーターおよびチームのコーディネーターとしての役割を果たす19

患者が家族や医療者に気遣うことなく真意を述べられるように支援し,自律性を保証する.

7. 家族(代弁者)への支援

生命維持に関わる意思決定では,家族は葛藤や罪悪感を抱きやすい.看護師は家族の揺らぎを受け止め,患者の意思を尊重することが家族の役割であり,医療者も全力でその支えとなることを伝える.

8. 意思実現への支援

患者が望む生活・医療・ケアを実現できるように,専門的知識・技術をもって多職種と連携し,コーディネーターとして支援を行う.

9. シームレスに継続できるように連携・調整する

医療機関や在宅医療現場においてACPをシームレスに継続できるように,情報共有と連携のコーディネーターとしての役割を担う.

困難な場面におけるACP実践

1. ACP支援への抵抗がみられる場合

ACP支援を開始したときに,患者がネガティブな感情を表すことがある.たとえば,外来にて医師から病状や人工呼吸器について説明を受けた患者が,「そんなに悪いのか」「頑張っているのに」と不安や怒りを示すことがある.この場合,まず感情に共感し,現時点で差し迫った状況ではないことや,ACPの意義を繰り返し説明し,不安の緩和に努める.

「話をしたくない」「考えたくない」という場合には,その思いに共感しつつ,「よろしければその理由を教えていただけますか」と一歩踏み込んで誠実に問いかける.この対話を通して,患者の意思決定に対するレディネスや価値観を把握することができる.語り終えた後には,感謝の意と不快な思いをさせたことへの謝意を伝え,「あなたの大切な人生について,大切にされていることは何か,そして将来のことになりますが,どのように過ごしたいのかを一緒に考えさせていただきたいと思っていました」とACPの目的を誠意をもって簡潔に伝える.その後,患者の関心のある話題へと切り換え,最後に「応援しています」と締めくくる.

2. 意見の相違がある場合

① 患者と家族間の意思の相違

患者が「人工呼吸器は希望しない」と意思表示をしていても,家族が「生きていてほしいから装着してほしい」と望むことがある.

このような場合,まず家族の想いを理解し受け止めつつ,人工呼吸器を装着して生きていくのは患者本人であることと,装着後の生活を丁寧に説明する.そして,患者のこれまでの生き方や闘病の体験,意思決定のプロセスや意思の根拠となる価値観を繰り返し家族に伝えることで,価値観と意思の真の共有を促す.「あなたが本人なら,どうしてほしいですか」と問いかけ,家族に立場を置き換えて考えてもらう支援も有効である.筆者の経験では,家族自身が人工呼吸療法を選択した例はなかった.

② 患者の意思と,医師・看護師間の意思の相違

人が大切にしているものは「人生」であり,医療が「人生」を邪魔してはいけない25.「生命の延長」を重視する医師と「人生の質」を大切にする看護師との間で意見の相違がある場合には,患者の最善とは何かを倫理的に分析し,医師と対話を重ねることが重要である.医療者間に意見の不一致があると,患者や家族にとって余計な「意思の揺れ」や心理的負担が生じるため,医療者間での早期の合意形成が不可欠である.

おわりに

ACPは,患者が自らの価値観に基づいて人生を主体的に歩むことを支える対話のプロセスであり,患者のwell-beingを支える羅針盤といえる.

看護師は,対話により患者の価値観を引き出し意思決定を支え,さらに意思実現に向けて合意形成や多職種のコーディネーターの重要な役割を担う.「ACP」という言葉に惑わされて障壁をつくるのではなく,ACPの本質と看護師の重要な役割を認識し,積極的に一歩踏み出して支援することが大切と考える.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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