抄録
本論文の目的は,富士写真フイルム株式会社(以下,「富士写真フイルム」と称する。)における医療デジタルX線画像診断システムの開発を取り上げ,サイエンス型産業における研究開発をイノベーションの視点から考察し,公知の科学的知見と社内蓄積技術の相互作用を明らかにすることにある。富士写真フイルムは,1975年から医療X線画像のデジタル化に取り組み,1981年に実験機を公開,1983年にFCR-101を発表した。これによって,高画質のX線画像をフイルムに出力することが可能になった。この研究開発過程において最大の課題となったのは,X線強度を記録しさらに電気信号に変換可能なイメージングプレートの開発であり,その基本原理は19世紀に発見された輝尽発光現象にあった。蛍光物質にX線を照射し蛍光発光させ画像記録するX線写真の基本原理の領域内に輝尽発光現象というイノベーションの解が存在した。しかし,これは必要条件にすぎない。このイノベーションには,関連する科学的知見の再探索によって得た解と同社のアナログX線フイルム製造等に関する様々な社内蓄積技術との相互作用が不可欠であることが分かった。そして,企業間競争の優位性を確立する上で,この相互作用が重要であるとの推論を試みた。