抄録
1980年代以降,米国を始め世界各国において生じた大学資本主義(Academic Capitalism)と呼ばれる潮流が研究者間の協力関係を阻害している可能性が指摘されてきた。本研究では,自然科学分野における主要な協力形態の1つであるマテリアル・トランスファー(研究試料の共有)に焦点を当てて,日本の科学者コミュニティにおける研究者間協力の現状を調査・分析した。生命・材料科学の各分野の研究者838人から得たサーベイ・データを用いた分析の結果,研究者1人あたり年平均2.8回の依頼を受け,そのうち4.6%の依頼は拒絶される(試料が提供されない)ことが判明した。また,研究者が試料提供を行うか否かの判断には,本人にとってのメリット(例えば共著者の権利),依頼者との過去の協力関係,競合関係などが影響することが示された。米国における類似の研究では,商業活動や産学連携への関与が研究者間の協力関係を阻害するとの報告がなされているが,我々のデータではそのような影響は限定的であった。また,研究試料を広範に共有するための試料バンクの活用状況についても分析したところ,現状での活用度はかなり限定的なものに留まることが示唆された。