2026 年 41 巻 2 号 p. 95-104
本稿は,近年急速に発展する生成AI研究において,暗黙知がどのように扱われ,またどの側面が理論的前提から捨象されてきたのかを検討することを目的とする。大規模言語モデルやマルチモーダル基盤モデルは,人間の判断や行為に見られる暗黙的要素の外形的再現に一定の成果を示してきた一方で,暗黙知が成立する条件そのものについては十分に論じられてこなかった。そこで本稿は,暗黙知研究における既存の理論的蓄積を参照し,暗黙知を①形式知への接続過程としての「媒介」,②社会的・文化的成立条件としての「構造」,③暗黙知を観察・翻訳・分析対象として構成する「表象」という三つの分析的観点から整理する。その上で,生成AI研究が主として暗黙知の外在化された表現に接近している一方,暗黙知における理論的検討が明らかにしてきた媒介プロセスや社会的背景・構造,さらには表象実践を設計対象としていないことを明らかにするものである。本稿は,生成AIをめぐる議論において性能や応用可能性などの技術的検討が先行する現状に対し,暗黙知がいかなる前提のもとで成立しているのかを問う理論的検討の重要性を提示する。