社会心理学研究
Online ISSN : 2189-1338
Print ISSN : 0916-1503
ISSN-L : 0916-1503
原著論文
東日本大震災に伴う風評被害:買い控えを引き起こす消費者要因の検討
工藤 大介中谷内 一也
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2014 年 30 巻 1 号 p. 35-44

詳細

2011年3月11日、東北・北関東を中心として東日本大震災が発生した。この地震に伴い、福島第一原子力発電所において炉心溶融や放射性物質の流出といった重大な事故が生じた。そして、事故後に発生したのが、風評被害と呼ばれる社会的な現象である。文部科学省(2011)は風評被害として主に、事故地である福島県やその周辺地域の食品・農産物、商品、土地や人々を忌避することなどを挙げており、なかでも事故地域の農水産物・畜産物の価格の下落、買い控えといった消費者に直接的に関係のある食品関連の事例が大きく取り上げられている。また、日本銀行福島支店(2013)の調査によると、福島県産農産物の価格は震災以降2年が経過しても、他府県と比較して安値水準を推移し続けている。このような風評被害の発生を受け、消費者庁(2011a)は食品と放射線に関する情報や、安全情報、放射性物質の検査基準や出荷制限の仕組みをホームページ上で随時発信している。

さて、風評被害はさまざまな対象をとりうるが、消費者が特に注目しているのは上述のように日常的に接する食品といえるだろう。政府や関係省庁が公表する、風評被害に関連した情報についても食品に関連するものが多く、マスメディアも震災直後から食の安全について大きく報道してきた。そこで、本研究では風評被害と呼ばれる現象の中でも、その主要部といえる、事故地域において生産された農産物に対する消費者の買い控えに着目する。そして、なぜ消費者が特定産品に対して忌避的態度をとるのか、その心理的過程を検討する。

まず、風評被害とはどのようなものであるか、先行研究における定義を確認しておきたい。関谷(2003)は風評被害を「ある事件・事故・環境汚染・災害が大々的に報道されることによって、本来安全とされる食品・商品・土地を人々が危険視し、消費や観光をやめることによって引き起こされる経済的被害」と定義している。そして、関谷(2003)では、風評被害は名前のとおり「風評」すなわち「噂」によって引き起こされる現象ではなく、何かしらトリガーとなるような事実に基づく問題が存在し、それに起因して発生するとされる。東日本大震災後の風評被害についても、実際に放射性物質による農水産物・畜産物の汚染が発生し、出荷制限などの対策も行われてきた。さらに過去の事例を振り返ると、2000年代初頭に発生した牛海綿状脳症(BSE)問題でも、牛肉の買い控えが発生し風評被害といわれた。しかし、このときも、日本においてBSE感染牛が存在するかもしれないという「噂」だけがあり、それによって買い控えが生じたわけではなく、実際に牛へのBSE感染が36件発生し殺処分が行われたという事実があったのである(厚生労働省,2009)。さらに2004年のトリインフルエンザ発生時も、関西を中心に鶏肉・鶏卵に対して買い控えが生じたが、このときも、トリインフルエンザウイルスの感染により京都府内の養鶏場で鶏の大量死が確認されている(農林水産省,2004)。竹田・中林(2004)は、2000年の三宅島噴火・伊豆諸島地震災害によって、観光業が被った風評被害について、「消費者は“風評”に惑わされているわけではなく、現実として発生した災害のリスクの軽減を図るため、旅行の中止や、買い控えを起こしている」と論じている。このように、風評被害と呼ばれる現象を検証していくと、必ずしも「風評」によって生じているわけではなく、何らかのトリガーとなる現実の問題が存在しているのである。今回の震災後に発生した風評被害やこれまでの事例を見ていくと、社会通念として「風評被害」という言葉がもつ「噂が原因となった被害」という意味では説明ができない。そこで、風評被害の発生について別の側面から再考してみよう。

まずは、風評被害の主体がどこにあるのかを検討する。関谷(2003)は風評被害発生のメカニズムとして、「事業者や市場関係者が、消費者が不安になり商品を買わないだろうと想定し、取引を減少させるという事業者側の過剰反応」と、供給側に注目した社会力学の観点から説明を行っている。しかし、もう一方の側面として、食品購入時に生産地を気にして事故地域の農産物を買わないという、消費者側の主体的な買い控えや忌避も報告されている(日本政策金融公庫,2011, 2012; 消費者庁,2011b, 2013a)。このことから、風評被害の発生について供給側だけではなく、消費者側の要因にも大いに着目する必要があるといえるだろう。上野(2005)は「食品のリスクについては、消費者一人一人が対応を自らの意思で決定できるものである」と指摘しており、さらに吉川(2001)は、風評被害を「消費者の能動的なリスク回避行動の集積」、すなわち消費者の選択の結果であると述べている。これらの指摘からも、食品に対する購買意思決定の能動的な主体として消費者を無視することはできない。以上より、供給側と消費者側、両者の要因が存在しているが、本研究では特に消費者側の要因へ着目し、風評被害の発生に対し消費者の心理的側面からアプローチする。

では、消費者内部の何が原因となって特定産品が忌避されるのだろうか。それを説明すると考えられるのがスティグマという概念である。Walker(2001)によると、スティグマとはある製品などへの不当なレベルでの忌避行動、リスクの思い違いや誤解、オーバーリアクションと定義されている。また、リスクを有する製品などに対する態度は、直観や恐怖などの感情によって形成されたスティグマに左右され、ネガティブなスティグマは製品に対して拒否的な態度を生起させるとも説明されている(Kunreuther & Slovic, 2001)。つまり、スティグマによる感情的反応が事故地域産の農産物に対して生じ、それによって買い控えへと動機づけられ、風評被害が発生すると考えられる。そして、Schulze & Wansink(2012)はこのようなスティグマ反応がなぜ発生するのかについて、二重過程理論(e.g., Evans, 2003, 2008; Stanovich & West, 2000)を用いた説明を行っている。二重過程理論については、これまでHeuristic-Systematic model(e.g., Chaiken, 1980; Chaiken, Liberman, & Eagly, 1989)や、社会的行動に焦点を当てたReflective & Impulsive model(Strack & Deutsch, 2004)などさまざまな説明がなされてきたが、人の意思決定モードについて2つのモードが同時に存在する点で一致している(Evans, 2008)。Evans(2008)のレビューによると、1つが直観的、自動的、感情的で、認知的負荷が少なく、判断や意思決定全体に優位性をもつSystem 1、もう1つが論理的で理性的、統制的、中立的であるが、判断に時間と努力を要するSystem 2である。System 2には、System 1の判断を監視・統制するという役割もある。Schulze & Wansink(2012)は、この2つの意思決定モードのうちSystem 1による感情的意思決定モードがスティグマの本質であると説明している。つまり、二重過程理論におけるSystem 1の働きが、現在の特定産品忌避の主たる原因というのが彼らの主張である。しかし、二重過程理論は2つの意思決定モードが同時に存在するというモデルであり、スティグマに基づく特定産品忌避に関しても、両方の意思決定モードが関与している可能性がある。

本研究では二重過程理論に基づき、感情的な意思決定モードが消費者を買い控え行動、すなわち東日本大震災後の風評被害の主要部である特定産品忌避を導くが、論理的な意思決定モードもかかわりをもつものと予測し、忌避へとつながる消費者の心理的過程を明らかにすることを目的とする。検証にあたり、2つの調査を行った。まず、どのような心理的要因が消費者を特定産品忌避へと動機づけているのかを探索的に検討するため、予備調査を行った。そして、予備調査で得られた結果を二重過程理論に基づき分類し、代表的な項目を選定して、特定産品の購買に影響を与える要因とし質問項目を作成した。こうして得られた要因群が農産物の購買意図に影響することを検証するため、本調査を実施した。本調査における予測を以下に示す。まず、事実として、事故によって拡散した放射性物質が農作物や土壌を汚染した。そのため、二重過程理論における感情的な意思決定モード(System 1)に関しては、事故地域で生産された産品に対して恐怖や不安などネガティブな感情が高まり、それによってネガティブな印象が形成され、購買意図に抑制的に働くというシンプルな予測が可能だろう。しかし一方、別の感情的な反応として、困っている人に対する援助動機の高まりもしばしば観察される(Batson, Duncan, Ackerman, Buckley, & Birch, 1981; Coke, Batson, & McDavis, 1987; 原田,1990)。震災による被害に苦しんでいる農家の人たちの存在は広く知られており、彼らを援助したいという欲求は購買意図を促進すると予想される。つまり、System 1に関連の強い要因群は生産物への購買意図を抑制する要素と、促進する要素の両側面をもつと考えられる。一方で、事実を根拠とする判断や論理的推論、合理的判断の基盤となるSystem 2に関しては、生産物への購買意図を促進すると予想される。なぜなら、有害か否かは放射性物質への被爆量によって決まるものであり、生産された特定の地域の名称によって決まるものではないからである。現在、市場に流通している商品は検出基準に則り出荷検査を受けていて、ほぼすべての商品が放射線の検出限界以下である。仮に、検査をすり抜けた検出基準を上回る農産物を食べたとして、毎食のように高濃度に汚染された食品を消費し続けない限り、健康影響が懸念される線量には届かない(食品安全委員会,2012; 消費者庁,2012)。そのような知識をもち、また、そのような知識に基づいて論理的に思考すれば、産地を理由に商品を忌避する合理的な根拠はなくなってしまう。

また、System 2は、System 1の判断をモニタリングし、統制するものと考えられる(e.g., Evans, 2003, 2008)。具体的には、Heuristic–Systematic model(e.g., Chaiken, 1980; Chaiken et al., 1989)では、System 2にあたるシステマティック処理の働きによって、System 1にあたるヒューリスティック処理の妥当性が否定された場合、ヒューリスティック処理が抑制される減弱効果が説明されている(e.g., Chaiken et al., 1989; Chaiken & Maheswaran, 1994; Chen & Chaiken, 1999)。つまり、System 2の知識に基づく論理的判断や、合理的判断が、System 1によるネガティブな印象や忌避する理由を抑制することで、相対的に購買意図を促進すると考えられる。そのため、System 2に関しては、購買意図への直接的な促進よりも、System 1への抑制が強くなると予想される。したがって、System 2に対応する要因群はSystem 1の要因群と関連し、購買意図を抑制するSystem 1要因に対して統制的に働きかけると予想される。

方法

予備調査

原発事故地域である福島県産農産物の購買意図に対して、どのような要因が影響を与えるかを明らかにし、本調査で使用する質問項目を作成することを目的として、質問紙を用いた予備調査を行った。

調査参加者

調査参加者は、大学生112名(男性44名、女性68名)で、平均年齢は20.46(SD=0.73)歳であった。大学生を対象としたのは、質問紙の内容に後述するようにデセプションが含まれるため、デブリーフィングを適切かつ確実に行うことが求められるからである。

調査期間

2012年6月上旬に実施した。

質問紙

調査は農作物に対する印象の調査として実施された。質問紙は、同意書とフェイスシートに続いて、福島県浪江町産(実験条件)あるいは石川県能登町産(統制条件)と表記したキャベツの写真を刺激として提示し、それらに対する印象を自由記述で回答するよう求めるという構成であった。キャベツの写真はインターネット上で配信されている著作権フリーの写真素材であり、どちらの条件も同じ写真を用いた。統制条件を設定した理由は、「福島県産」という文章を用いた操作が、回答に対し確かに影響を及ぼすのかを比較により明らかにするためであった。刺激として福島県浪江町と石川県能登町を選択した理由は、面積や人口規模、気候といった町名以外の要素を統制するためであった。同緯度上(北緯37°)にある市町村の中でこの両町のみが、年間の平均気温や気候、面積や人口が近似していた。

手続き

調査参加者には、福島条件あるいは石川条件の質問紙をランダムに配布した。福島条件は53名(男性21名、女性32名)、石川条件は59名(男性23名、女性36名)であった。印象の自由記述終了後、デブリーフィングにおいて、質問紙の刺激として用いたキャベツの写真は調査者が用意したものであり、福島県および石川県とは一切無関係であること、福島条件質問紙中の刺激として提示した「福島県浪江町」は調査実施時(2012年6月)には避難区域に該当しており、キャベツを含めた農作物は収穫されてはおらず、市場にも一切出回っていないことを説明した。

結果

まず、自由記述によるすべての回答を項目として抽出した。箇条書きで書かれているものは、その一つひとつを項目として抽出した。文章で書かれているものについては、調査者が文章中のキーワードの中で適切と考えられるものを項目として抽出した。また、回答が重複するものは1つの項目として扱った。抽出の結果、福島条件で得られた項目数は97項目、石川条件では73項目であった。抽出された項目の概略としては、福島条件では、「放射能が心配」や「マイナスイメージが連想される」などネガティブな項目が全体の57%を占める一方で、「福島産であることを気にしない」などのポジティブな項目や、「基準値よりも低く出荷されているから問題はない」といったような、政府や関連機関が配信している知識に基づく判断や、論理的な姿勢を示す項目も散見された。石川条件については、キャベツそのものに対するイメージや感想が全体の62%を占めていたが、「放射能の心配はない」といった原発事故と農産物を関連させた項目も一部見られた。石川条件でのみ「農薬が心配」や「虫がいそう」などの原発事故関連以外でのネガティブな項目が見られた。また、福島条件と石川条件で項目内容の比較を行った。「放射線」に関連する項目について、条件間でχ2検定を行ったところ有意であった(χ2(1,n=170)=45.14, p<.001)。残差分析の結果から、福島条件のほうが「放射線」に関連する項目が多いことが確認された。

次に、福島県産農産物の購買意図に影響を与える要因を選定するため、抽出された項目の分類を行った。項目の分類については、KJ法(e.g., 川喜田,1967, 1986, 1997)を用いた。分類は、本研究とは無関係な大学院生2名により実施された。それぞれの分類が終了した後、調査者を交えて最終的な項目分類を完了した。このプロセスの中で、二重過程理論に基づき農産物の購買に影響するであろう6つの要因を決定した。それらは、感情的思考モードに関連したSystem 1要因群として、ネガティブ感情、被災地支援、福島への連想、放射線不安の4要因、および、論理的思考モードに関連したSystem 2要因群として、知識による判断、合理的判断の2要因であった。

要因の説明

決定した6つの要因については、KJ法に従った評定者の主観による分類と、話し合いから選定を開始しているが、類似性の高い項目をまとめただけではなく、二重過程理論を基盤として解釈しながら要因候補として選定を進めた。

System 1要因群における、ネガティブ感情(記述例「不安」)および放射線不安(記述例「放射能が心配」)については、リスク評価対象に対してネガティブ感情が高いと、そのリスクは高くベネフィットは低いと判断を下すとした、感情ヒューリスティック(Finucane, Alhakami, Slovic, & Johnson, 2000)に理論的根拠をもつ。つまり、ネガティブ感情や、放射線に対する不安感によって、福島県産農産物はリスクが高くベネフィットが低いと判断をされ、購買意図の低下へつながりうると考えられる。福島への連想(記述例「福島県産と書いてあると不安になる」)については、ある概念が提示されると、意味的に関連した概念の活性化がネットワークを通じ拡散する、活性化拡散モデル(Collins & Loftus, 1975)と深く関連する要因である。福島県での事故後、「放射線」や「原発事故」といった情報がマスメディアにより連日大量に報道されたことにより、「福島県」と「放射線」や「原発事故」などの言葉との間に意味的な関連性が形成され、福島県という言葉が提示されると、「放射線」や「原発事故」へとネットワークが活性化し、連想に基づく反応が生じると考えられる。購買意図に対してポジティブな要因である被災地支援(記述例「福島県産だからこそ少しでも力になろうと買う人がいる」)については、Staub(1979)の援助行動生起の規定因の状況の明確さ、援助の必要度、援助者の心理によって説明できるだろう。つまり、福島県における地震や原発事故による大きな被害という明確に援助が必要な状況が存在し、震災の影響や風評被害に困る人々を助けたいというポジティブな感情が生起されることで、この要因は先述のネガティブな要因とは逆に、買い控えや忌避反応の緩和へとつながる可能性が考えられる。また、Coke et al.(1978)による、「他者の視点に立つことで感情が喚起され、援助行動の動機づけを高める」という共感性もこの要因の基盤にかかわっている。震災の被害や風評被害に苦しむ人々の立場に立ち、共感することで、応援したいといったポジティブな感情が生起され、援助動機が高まり忌避反応が緩和されるとともに、購買へつながると考えられる。

System 2要因群の知識による判断(記述例「基準値よりも低く出荷されているから問題はなさそう」)については、食品と放射線についての正確な知識(e.g., 食品安全委員会,2012; 消費者庁,2011a, 2012)を得ることで、その知識を手がかりとした判断が可能となる。厳しい検査基準や健康への影響についての正確な知識に基づいた論理的な思考を行うことで、特定産品を忌避する合理的な根拠はなくなり、買い控えが抑制されると考えられる。合理的判断(記述例「他府県産キャベツと変わりない」)については、System 2の機能の根幹ともいえる部分であり、Evans(2003)は理論的、仮説的判断とも言い換えることができるとしている。感情的なSystem 1の判断に揺るがされず、System 1の判断を統制し、合理的な判断を下せる消費者ほど、風評やスティグマに揺るがされることはなく、買い控えは抑制されると考えられる。

質問項目の作成

決定した先述の6つの要因それぞれに対し複数の評定項目を設定し、尺度を作成した。System 1要因群は、ネガティブ感情(怖い、気持ち悪い、食べても大丈夫だ、危険だ)、被災地支援(この地域の農家を応援したい、産地を偏見の目で見てはいけないと思う、支援のためにこの地域の農産物を食べるつもりはない、この地域の農家の支援のためにぜひ購入したい)、福島への連想(福島県産と書いてあると不安になる、福島県産と聞くとよくないイメージが思い浮かぶ、「福島県産=危険」とはイメージしない、福島県産といえば原発を連想する)、放射線不安(放射性物質による汚染が怖い、食べたら被ばくするのではないかと不安だ、特に放射線に対する不安はない、原発事故の影響が心配)各4項目による構成であった。

System 2要因群は、知識による判断(放射性物質によっては減少するのにとても長い時間がかかるものがあるため安全とはいえない、関係省庁が安全情報を発信しているので安全である、月日が経っているため放射線の影響は少ない、放射線検査が徹底されているので安全だ)、合理的判断(他府県産の農産物よりも安ければ購入したい、価格よりも安全性に優先順位をおいて産地を選ぶ、放射性物質は検出されていないという根拠が明確ではないので食べたくない、必ずしも農産物に放射性物質が付着しているとはいえない)各4項目による構成であった。

これらに加え、福島県産農産物の購買意図を問う尺度(実際に購入してみたい、自分は遠慮したい、お店に並んでいたら買うと思う、試しに買ってみようと思う)4項目も作成した。項目設定にあたっては、自由記述回答で抽出された項目から、代表的な項目を調査者が選択・追補した。また、本研究で扱うテーマは、社会的望ましさの影響を受ける可能性も考えられるため、その影響を検証できるよう日本語版バランス型社会的望ましさ尺度(BIDR-J; 谷,2008)24項目も併せて使用した。

本調査

調査期間

調査は2013年6月5日、6日に実施した。

調査参加者

ネット調査会社である株式会社マクロミルにモニター登録する、主婦層である全国の成人女性に調査への参加を求めた。モニター登録者には、同社から調査の実施案内が電子メールで送付され、調査への参加を希望する者はインターネット上の指定されたサイトにアクセスして回答を行った。回答を行った参加者には、報酬として商品券や現金に交換可能なポイントが付与された。本調査では、依頼に応じた310名からデータを得た。平均年齢は44.55(SD=13.42)歳であった。

評価項目

予備調査では、操作チェックを目的として、福島県と石川県、2つの条件設定を行った。その中で、気候や人口などの要素を条件間で統制するために、福島県浪江町や石川県能登町といった具体的な町名の設定も行った。しかし本調査では、福島県産農産物の購買に対する意思決定構造を明らかにすることを目的としているため、町名などの設定は行わず、「福島県産農産物に対する印象の調査」として実施した。評価項目は事前調査で作成した尺度および、日本語版バランス型社会的望ましさ尺度を使用し、「全くそう思わない:1」から「非常にそう思う:7」までの7件法で回答を求めた。ネガティブ感情、福島への連想、放射線不安は、評定値が高いほど、参加者が福島県産農産物に対し、ネガティブな判断を下していることを示す。逆に被災地支援、知識による判断、合理的判断は、評定値が高いほど、福島県産農産物に対しポジティブな判断を下していることを示す。購買意図については、評定値が高いほど、福島県産農産物を購入する意図が高いことを示している。

結果

まず各尺度についてα係数を算出したところ、十分に高い内的整合性が確認された(αs>.77)。次に、社会的望ましさの各尺度への影響を確認するために、日本語版バランス型社会的望ましさ尺度と他尺度との相関係数を算出した(Table 1)。その結果、有意な相関は確認されなかった(rs=−.09~.08, n.s.)。したがって、各尺度の評定に対して社会的望ましさの影響はほとんどないと考えられる。

Table 1 System 1・System 2要因群およびバランス型社会的望ましさ尺度(BIDR-J)における尺度間相関
ネガティブ感情被災地支援福島への連想放射線不安知識による判断合理的判断購買意図BIDR-J
ネガティブ感情−.75**.82**.73**−.68**−.76**−.79**−.01
被災地支援−.72**−.62**.64**.72**.77**.08
福島への連想.81**−.74**−.78**−.81**.05
放射線不安−.79**−.73**−.74**-.01
知識による判断.74**.78**.04
合理的判断.84**−.09
購買意図.01
BIDR-J

** p<.01

続いて、福島県産農産物に対する購買意図がどのような要因構造をもって規定されるかを検討するため、共分散構造分析を行った。高いα係数が得られたことから、尺度得点を用いて分析を行った(Table 2)。分析を行うにあたり、各要因群と購買意図との関係を予測するモデルを作成した(初期モデル;Figure 1)。このモデルについては、予備調査の結果から抽出されたSystem 1要因群(ネガティブ感情、被災地支援、福島への連想、放射線不安)およびSystem 2要因群(知識による判断、合理的判断)のすべてが、購買意図を規定するとした。そして同時に、System 2要因群(知識による判断、合理的判断)が、System 1要因群(ネガティブ感情、被災地支援、福島への連想、放射線不安)に影響を与えるとした。分析の結果、適合度指標は(χ2(1,n=310)=3.51, n.s.)、GFI=1.00, AGFI=.91, CFI=1.00, RMSEA=.09であった。パス係数は(Figure 1)、被災地支援、知識による判断、合理的判断が、購買意図を促進していることが認められた。一方で、ネガティブ感情、福島への連想については購買意図を抑制していることが確認された。また、System 2要因群(知識による判断、合理的判断)からネガティブ感情、福島への連想、放射線不安に対しては抑制が、被災地支援に対しては促進が確認された。放射線不安から購買意図へのパス係数については有意ではなかった。しかしながら、各尺度間の相関係数(Table 1)を確認したところ、ネガティブ感情、福島への連想、放射線不安の間に強い相関(rs>.73)が見られたことから、多重共線性の影響が示唆された。そこで、モデルの改良を検討するため、標準化残差行列を算出した。ネガティブ感情(SR=.12~.21)、福島への連想(SR=.10~.26)、放射線不安(SR=.12~.63)において、標準化残差の絶対値が高い傾向が確認された。よって、ネガティブ感情、福島への連想、放射線不安は、モデルに対して適切ではないと考えられる。以上の結果をもとに、ネガティブ感情、福島への連想、放射線不安を、1つの要因にまとめた。これらの要因は、共に放射線や原発に対する印象について問う質問で構成されていたため、1つの概念に包括されると考えられる。要因名は「放射線・原発不安」とし、平均得点を算出した(Table 2)。また、α係数を算出したところ非常に高い内的整合性が確認された(α=.94)。

Figure 1 福島県産農産物に対する購買規定モデル(初期モデル)およびパス係数
Table 2 System 1・System 2要因群およびバランス型社会的望ましさ尺度(BIDR-J)における評定値
平均評定値標準偏差(SD標準誤差(SEα
ネガティブ感情3.501.290.07.85
被災地支援4.921.130.06.85
福島への連想4.021.370.08.88
放射線不安4.461.320.07.86
知識による判断3.461.280.06.88
合理的判断3.841.080.06.77
放射線・原発不安3.991.230.07.94
購買意図4.931.450.08.96
BIDR-J4.050.620.04.82

上記の要因を用い、モデルの改良を行った(改良モデル;Figure 2)。改良モデルについても初期モデルと同様に、System 1要因群・System 2要因群が購買意図を規定し、同時にSystem 2要因群がSystem 1要因群に影響するとした。分析の結果(Figure 2)、適合度指標は(χ2(1,n=310)=0.03, n.s.)、GFI=1.00、AGFI=.99、CFI=1.00、RMSEA=.01と初期モデルよりも改善が見られた。また、AICの値を比較すると(初期モデル:AIC=57.51、改良モデル:AIC=28.03)、改良モデルで低下しており、モデルの改善が確認できる。なお、購買意図の説明率は高い値を示しており(R2=.81)、福島県産農産物に対する購買意図については、規定したモデルによって十分に説明される結果であった。次にパス係数を見ていくと、被災地支援、知識による判断、合理的判断は購買意図を促進していることが認められた。また、放射線・原発不安からは購買意図への抑制が確認された。さらにSystem 2要因群からは、放射線・原発不安に対する抑制が、被災地支援には促進が確認された。

Figure 2 福島県産農産物に対する購買規定モデル(改良モデル)およびパス係数

考察

本研究の目的は、風評被害における主要部である特定産品の買い控えや忌避がなぜ生じるのか、主体の1つである消費者の心理的要因および意思決定構造から明らかにすることであった。本研究での1つ目の仮説は、二重過程理論における感情的意思決定モード(System 1)が、放射線に対する不安に基づいて購買意図を抑制する買い控えへとつながる一方で、被災地を支援したいという援助動機が逆方向に影響するというものであった。共分散構造分析の結果、改良モデルにおいてSystem 1要因群の放射線・原発不安が購買意図を抑制していることが明らかになった。加えて、System 1要因群の被災地支援については、購買意図を促進していることから、感情的意思決定モードであるSystem 1の影響は、ポジティブ・ネガティブ両側面を有しているという仮説が支持された。2つ目の仮説は、論理的意思決定モード(System 2)はSystem 1の判断を統制し、間接的なルートで購買意図を促進するというものであった。分析結果より、改良モデルにおいて、System 2要因群がSystem 1要因群の放射線・原発不安を強く抑制している一方、被災地支援については促進していることが確認された。また、System 2要因群から購買意図への促進が見られた。これらは仮説を支持する結果であった。

改良モデルのパスにおいて見られた、自明とはいえ重要な結果として放射線・原発不安は購買意図を抑制することが挙げられる。つまり、消費者の心理的要因、特に感情的要因である放射線・原発不安が福島県産農産物の購買意図を抑制することが実証的に示された。このことは、放射線や原発といった事柄に対してスティグマが形成され、そのスティグマに基づくネガティブな感情的反応が、特定産品の買い控えや忌避を促進することを示唆しており、Schulze & Wansink(2012)の主張に一致する結果といえる。なお、知識による判断からの放射線・原発不安に対する抑制的なパスは、合理的判断と比較して弱いものであった。このことから、小杉・土屋(2006)の専門家を対象とした科学技術の情報提供の取り組みに関する調査で報告された「正しい科学的な知識や情報を提供すれば、消費者は理解してくれる」といったような、専門家が想定する従来の啓蒙的な科学コミュニケーション方略では、正しい知識は提供できても、放射線などのリスクを伴う科学技術に対するネガティブ感情やそれに伴うスティグマは払拭しきれないことが示唆された。これは、Schulze & Wansink(2012)のレビューの中での、教育的な情報や害の可能性の低さの説明はスティグマの低減にほとんど効果を示さないといった主張に一致する結果である。なお、被災地支援から購買意図に対するパス係数は、知識による判断から購買意図に対するものよりも高い値を示しており、ただ知識を消費者に提供する以上に、消費者の「被災地を応援したい」という思いや、ポジティブ感情に訴えかけていく方略をとったほうが、風評被害としての買い控えを抑制するとともに、購買意図を高めることにより効果的であるという可能性も示唆された。これらの結果は、Messer, Kaiser, Payne, & Wansink(2009)のポジティブ感情を喚起する広告は、購買を高めるだけでなくスティグマの抑制にもつながるという研究結果と一致している。しかし、スティグマは一様にネガティブな側面だけをもつものではない。イギリスで1990年代より発生したBSE問題に関して、Powell(2001)はBSEへの負のスティグマを「時として価値のある警戒システム」であると指摘している。今回のケースでは、放射性物質の基準値を超える食品が検査によって確認されたり、ごく稀ではあるが店頭に並ぶ例などがあり(e.g., 群馬県,2013; 厚生労働省,2013)、スティグマは風評被害としての安全な特定産品の忌避の原因となる一方で、消費者がさまざまなリスクから自己を防衛するためのシステムの一部ともなり、ポジティブ・ネガティブ両側面からの解釈ができるといえよう。

また、放射線・原発不安の影響が高いことから、消費者は原発事故や放射性物質による汚染といった、実際に生じた事象に注目していることがわかる。これは、竹田・中林(2004)が指摘するように、風評被害と呼ばれる消費者の特定産品に対する買い控えや忌避は、現実として発生した災害や事象のリスクを軽減するためであるという説明に一致し、風評被害という現象は「根も葉もない噂」によってのみ生じるものではなく、現実として発生した何らかの災害や事象が引き金として付随することが示唆された。

今後の研究課題としては、風評被害としての買い控え行動への対策として、どのようなコミュニケーション方略が有効であるか検討することが重要なものとなろう。消費者庁(2013b)は食品と放射能に関する消費者理解増進のための施策の方針として、風評被害対策のために消費者に食品と放射能の情報を提供し、教育・啓発していくための施策を実施するとしている。しかし、Schulze & Wansink(2012)はこのような教育的な方略はスティグマの低減に対し効果は薄いと説明している。本研究で得られた結果でも、知識による判断よりも、被災地を支援したいというポジティブ感情が特定産品の購買意図の促進につながっている。そこで、消費者庁(2013b)が提唱するような教育的・啓発的な科学コミュニケーション方略と、Schulze & Wansink(2012)の説明や本研究で得られた知見に基づく感情に対しアピールするコミュニケーション方略とでは、どちらが買い控えの抑制に有効かを検討することが、実務的にも、また、理論的にも興味深い研究課題といえるだろう。また、過去に起こった風評被害と考えられる現象(e.g., BSEによる牛肉買い控え;トリインフルエンザによる鶏肉や鶏卵の買い控え)にも、スティグマの概念と二重過程理論を用いた説明が、同様に適用可能かどうかを検証し、風評被害についての一般モデルへと発展させることが求められよう。

References
 
© 2014 日本社会心理学会
feedback
Top