2014 年 30 巻 1 号 p. 57-64
社会規範とは、欲求や行動を一定の基準で規制・拘束し、多数が被る損害を最小限に抑えるために存在する(Weber, 1922)。これは、多くの人々が「すべきである」という考えを支持している状態を示す命令的規範と、多くの人々の実際の行動等の慣習的側面に基づく記述的規範の、双方からなる(Cialdini, Kallgren, & Reno, 1991)。そして、人々に遵守の必要性が感じられていなかったり、遵守していなかったりするものの、実際には規制が必要なものに対しては、命令的規範の形成を目的として、法律が制定されることになる。
交通場面に関しては、交通死亡事故多発の情勢に依然として好転が見られず、改善が求められている。このような状況を鑑み、道路交通法は毎年改正が行われ、絶えず見直しが行われている(道路交通法実務研究会,2009)。こうした流れの中、2008年6月には、前席のシートベルト着用が義務化されてから、20年以上努力義務にとどまっていた、後部座席のシートベルト着用が義務化された3)。本研究では、こうした後部座席におけるシートベルト着用の義務化が、ドライバーの意識にどう影響していくのかを探るため、3年間にわたる縦断調査を実施した。
これまで、シートベルトに関する研究は、着用行動(吉田,2001)や着用実態(Ichikawa & Fujita, 1997)、諸外国との比較(日本自動車連盟,2006)などが検討されてきた。このほか、交通法遵守意識に関する検討において、項目の一部にシートベルトの非着用が扱われていたり(小松,1989)、大学生を対象とした、非着用の規定因を探る検討(大野木,1992)などがあるものの、これらはいずれも、運転席・助手席が着用義務化された後の検討であった。よって、本研究で扱うような、義務化前から一般道での取り締まりが開始されるまでのように、過去に習慣化されていなかった交通ルールが、段階的に施行されていく中で、どのように定着していくのかを明らかにする研究は、皆無に等しい。
本報告では、運転席・助手席・後部座席で、シートベルト非着用を悪質だと判断する程度がルールの導入によってどのように変化していくのかを検討すべく、従属変数として悪質性評価を測定する。悪質性評価とは、ある行為を悪質であると感じる程度をさす(吉澤・吉田,2003, 2004)。一般に、ある交通違反を“悪質だ”と評価する場合、事故につながる危険性や行為の故意性、それにより生じる、被害の重大性や記述的規範(北折・吉田,2000a, 2000b) など、さまざまな要因が評価に影響する。実際に、北折・小池(2008)では、交通違反の悪質性評価に関する縦断調査を行い、行為の故意性が、悪質性評価に強く影響することを明らかにしている。また、ある交通違反を“悪質だ”と評価することができれば、その交通違反を抑制するなど、実際の行動にも影響を与える可能性がある。
なお、本研究は交通行動の実態を探るのみならず、社会規範からの逸脱行動や、社会的迷惑行為(吉田・斎藤・北折,2009)に対し、ルールの受容過程に関する知見を提供するものである。たとえば、石田・森(2001),森・石田(2001a, 2001b)では、当時普及し始めた携帯電話のマナーに関する、社会的迷惑という認知の生成の過程に着目し、ネットニュースおよび新聞記事の内容分析を行っている。その結果、携帯電話という新しい事物の普及に伴い、ルールを持ち合わせていない状況から、特定場面での使用自粛を求めるキャンペーンが展開された結果、共通認識が形成される過程が明らかにされた。このように、後部座席のシートベルト着用の事例でも、義務化・取り締まりを通じてルールが形作られていく中で、従属変数である悪質性評価に変化が生じる可能性が考えられる。
社会規範については1990年代以降、さまざまな研究が行われてきた。いうまでもないが、命令的規範と記述的規範が同じ行動を奨励する場合は、それらに一致した行動が促進される(Aronson & O'Leary, 1983)。しかし、命令的規範と記述的規範が異なる行動を奨励する状況では、各規範がどう影響力を発揮するのかについて、さまざまな検証が重ねられてきた(e.g., Cialdini et al., 1991; 高木・村田,2005)。具体的には、ポイ捨てが禁止されているにもかかわらず、ゴミが散らかっているといった状況である。命令的規範がポイ捨て禁止を志向しているのとは逆に、記述的規範がポイ捨てを容認・奨励している場合、行為者の注目した規範が強い影響力をもつ(Cialdini & Trost, 1998)。こうした逸脱行動が蔓延する背景には、逸脱を是認する記述的規範と、それに注目させるような状況や、誤った説得的コミュニケーションの影響などが指摘されている(Cialdini, Demaine, Sagarin, Barrett, Rhoads, & Winter, 2006)。
しかし、これらの研究では、命令的規範と記述的規範が、同じく社会的に望ましくない行動を容認してしまっている状況に対し、検討されてこなかった問題がある。すなわち、法改正を通じてトップダウン的に、社会的に望ましい行動を奨励する内容に変更をした場合において、実際の行動や記述的規範との間に乖離が生じるケースである。そしてこれは、本研究で扱う後部座席のシートベルト着用義務化のような、これまで強制するルールもなく、多くの人々も実際に着用してこなかった中で、道路交通法により着用が施行された事例である。こうしたケースにおいては、ポイ捨てのケースとは異なり、法改正が社会規範の認知や対象行動の危険性、悪質性に関する評価などに影響する可能性が考えられる。その点について、本研究での縦断的な調査の実施は、実際に法整備が当該ルールを奨励する方向に社会規範の認知を変化させたり、当該ルールの違反を許容しない方向へ個人の認知や行動を変えうるかを明らかにするうえで役立つ、新たな知見の提供が期待できる。
なお、石田らの研究と本研究では、扱っている対象の性質について相違点がある。石田らによる検討は、新聞記事による分析であったが、対象行動へのルールの認知と、ルールからの逸脱への評価に焦点を当てている。しかし、本研究では、それらの認知のみならず、実際の行動頻度の変遷も追跡し、その関連性をも検討範囲に含めている点である。また、石田らが検討した時期には、携帯使用に関して義務化・罰則はなかったが、今回調査対象である後部座席シートベルトは、着用が義務化され、非着用には罰則がある。北折・吉田(2000a)では、制裁提示の効果が示されているが、この結果に基づけば、シートベルト非着用に1点の違反点数が科されるようになった時点で、ルールが受容されると予測される。しかし、逸脱行為や社会的迷惑行為を抑止するために、どのような場合でも義務化・罰則強化をすれば良いわけではない。罰則がなくても、義務化のみで抑止効果をもつ可能性も捨てきれないし、義務化・罰則の強化が、必ずしも効果をもたらさないという指摘もある。たとえば、金井・片田・大橋(2006)は、自転車走行について、ルールに違反した場合の罰則規定はあるものの、実質ほとんど運用されておらず、ルールを遵守させるために、義務化・罰則強化以外のアプローチが必要であることを主張している。
後部座席シートベルト着用義務化・罰則適用が、悪質性評価に与える影響として考えられる可能性は、(1)義務化によって悪質性評価が高くなる、(2)罰則によって悪質性評価が高くなる、(3)義務化・罰則いずれの影響も受けず、悪質性評価は変わらない、の3パターンである。しかし、以上に示した先行研究の知見が一貫していないことから、いずれのパターンになるかは予測できない。そこで本研究では、後部座席のシートベルト着用が一般的ではない義務化前の1回目調査時点から、ほぼすべてのドライバー・乗客の違反が取り締まり対象となる、一般道取り締まり開始後の5回目調査時点に至るまで、悪質性評価の経時的変化を探索的に検討する。同時に、新たなルールが適用される後部座席と、すでにルールが存在する運転席・助手席についても、比較検討する。
また、運転に関する意識や行動の性差についても検討の必要がある。たとえば、アルコール依存症ではない健常者の飲酒運転を調査した長(2011)によれば、女性と比較して、男性のほうが飲酒運転をした経験が多かった。一方、矢橋・谷口(2000)の調査では、飲酒運転やシートベルトの不着用に対する許容度について、性差は見いだされておらず、数値がどう変化するのかは予測が難しい。このように、運転での逸脱行動における性差に関する先行研究が一貫しておらず、探索的検討が必要であるため、性差についても本研究で併せて言及する。
着用が義務化される前の調査は、2007年11月に男性を、2008年4月に女性を対象に実施された。調査時期にずれが生じたのは、費用的な理由による。その後、着用義務化施行・高速道路における取り締まり開始直後のデータとして、2008年12月に調査を実施した。一般道着用義務化前後の調査は、明示される6月を前後とした、2009年5月と8月、および、その取り締まりが開始された10月以降の同年12月に実施した。本報告では、これら5時点間における、数値の変化を検討している。
調査は、全国の幅広い年齢層の調査対象者を対象としたケース抽出の必要性、およびセキュリティ等について万全を期すため、Web調査を専門とする会社を通じて実施した。調査を通じ、回答者の重複は存在しない。なお、北折・太田(2009)は、Web調査と手渡しによる質問紙調査とのデータ比較を行っている。この中で、ほとんどの項目で有意差が見られなかったものの、社会的望ましさの影響を受けやすい項目の一部は、Web調査でより低い数値を示した。これは、評価懸念が生じにくい状況での回答であることによると考えられ、より回答者の行動や実態を反映した結果といえる。シートベルト着用の有無は、社会的望ましさの影響を受けやすい点から、本研究では以降すべての調査を、Webでの回答とした。
調査対象全対象者が、普通免許か二輪免許を取得して6ヶ月以上経過しており、無免許の調査回答者は存在しない。まず、着用義務化前の実態調査として、2007年11月(男性230名)・2008年4月(女性230名)に調査を実施した。年齢層は、20代から60代まで各46名ずつ、すべての年代に均等に分布している。
その後、2008年12月(男女各220名の440名)、2009年5月(男女各220名の440名)、2009年8月(男女各220名の440名)、2009年12月(男女各220名の440名)の各時点の調査対象者に対し、回答を求めた。なお年齢層は、20代から60代まで44名ずつ、すべての年代に均等に分布している。
調査項目従属変数について、後部座席のベルト非着用に対する調査項目11項目を作成し、「まったく当てはまらない~非常に当てはまる」の、7件法(1~7点)で回答を求めた。具体的な項目は、「1. (ベルトの非着用は)違反と判って意図的にやる人が多い」「3. 違反行為で得られるメリットも大きい」「5. 非常に危険な違反行為だと思う」などで構成される。さらに、ベルトの着用実態を確認するため、「12. 私はいつも(該当席で)シートベルトを着用する」という項目に対し、回答を求めた。
これらはそれぞれ、運転席・助手席・後部座席のそれぞれについて回答を求めており、5回の調査で共通である。
加えて、調査回答者の質的差異を確認するため、社会考慮を測定した。斎藤(1999)の社会考慮尺度は、得点が高いほど、社会的なルールの遵守を重視する可能性が考えられ、その結果としてベルト着用行動との間に、正の相関が見られると予測される。よって、仮にこの数値が5つの時点で有意差が認められなければ、同質の集団を用いた比較と考えることができる。そこで本研究では、社会考慮尺度得点を時点間で比較し、統計的に異質ではないことを確認することとした。
本研究は、すべての時点で、同じ調査会社の有するパネルを使用し、同じ方法による標本抽出を行った。そのため、各時点の標本は同質とみなし、分析を進めた。なお、同質とみなすことの妥当性を確認するため、社会考慮得点を従属変数とし、計測時点を独立変数とした一要因分散分析を実施した。その結果、5つの時点間で有意差は見られなかったため(F(4, 2219)=0.98, n.s.)、統計的に異質でないことが確認された。
項目の因子分析まず、すべての実施時期、および着席位置をまとめた11項目について、因子分析(主因子法、Promax回転)を実施した(Table 1)。固有値の減衰傾向(固有値は、3.35→2.11→1.43→0.87と減少した)と解釈の可能性から、2因子を抽出した。因子負荷量は.40以上の項目を採用し、いずれの因子にも低い値を示した項目は除外された。
Ⅰ | Ⅱ | ||
---|---|---|---|
〈重大性評価〉 α=.80 | |||
2. 悪質な違反行為である | .84 | −.05 | |
5. 非常に危険な違反行為だと思う | .81 | .13 | |
6. 重い刑罰が科される違反だと思う | .73 | −.07 | |
9. 周りの人には白い目で見られると思う | .58 | −.16 | |
10. 別にこの違反をやっても構わないと思う | −.47 | .23 | |
〈ベルト非着用の容認〉 α=.73 | |||
7. 多くの人がやってしまうような違反行為だ | .13 | .87 | |
4. つい、無意識にやってしまう違反だと思う | −.03 | .72 | |
8. 警察に捕まらない、ばれにくい違反だと思う | −.01 | .54 | |
〈残余項目〉 | |||
11. シートベルトを着用すれば、事故に遭ったときのけがを大幅に軽減できると思う | .38 | .18 | |
1. 違反とわかって意図的にやる人が多い | .33 | .22 | |
3. 違反行為で得られるメリットも大きい | −.13 | .15 | |
寄与率 | 49.7(%) | ||
因子間相関 | Ⅰ | 1.0 | −.19 |
Ⅱ | −.19 | 1.0 |
※主因子法・プロマックス回転後の因子パターン。
第一因子は、「2. 悪質な違反行為である」「5. 非常に危険な違反行為だと思う」などに高い因子負荷量を示しており、ベルト非着用によるペナルティや危険がもたらす、重大な結果を想定しているとみなし、“重大性評価”因子と命名した。
第二因子は「7. 多くの人がやってしまうような違反行為だ」「4. つい、無意識にやってしまう違反だと思う」などに高い因子負荷量を示しており、ベルトを着用しなくても大きな問題がないだろうという、ベルト非着用を容認するような項目であるため、“ベルト非着用の容認”因子と命名した。
なお、各因子のα係数を算出したところ、重大性評価(α=.80)およびベルト非着用の容認(α=.73)ともに、十分な信頼性があると結論し、加算平均して得点化した。
義務化導入過程とベルト着用意識の関連後部座席のベルト着用義務化自体は、高速道路・一般道を問わず、2008年6月に改正道路交通法が施行されている。しかし、法律の運用として、初年度は高速道路のみを取り締まり対象とされ、次年度以降に徐々に対象が拡大されていった点を斟酌し、5つの時点および性差(ともに調査対象者間要因)、3つの着席位置(調査対象者内要因)の3要因を独立変数とし、抽出した2つの因子を従属変数とした、3要因分散分析を実施した(Table 2)。
質問項目 | 席位置 | 性別 | 2008年6月施行前まで | 2008年12月高速取締施行後 | 2009年5月一般道義務化明示前 | 2009年8月一般道義務化明示後 | 2009年12月一般道取締開始後 | F |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
重大性評価 | 運転席 | 男性 | 4.20(1.11) | 4.26(1.00) | 4.35(1.11) | 4.38(1.15) | 4.28(1.08) | (A)5.14***(B)19.30***(C)944.32***(A)×(B).51(A)×(C)6.15***(B)×(C)3.26*(A)×(B)×(C).75 |
女性 | 4.44(1.02) | 4.44(1.00) | 4.55(.99) | 4.54(1.04) | 4.54(1.01) | |||
助手席 | 男性 | 4.06(1.07)a | 4.22(.99)a,b | 4.28(1.07)a,b | 4.34(1.06)b | 4.28(1.06)a,b | ||
女性 | 4.32(.93) | 4.42(.97) | 4.41(1.00) | 4.44(.98) | 4.50(.95) | |||
後部座席 | 男性 | 3.33(1.03)a | 3.67(.98)b | 3.71(1.10)b | 3.76(1.16)b | 3.74(1.04)b | ||
女性 | 3.52(.98)a | 3.85(1.01)b,c | 3.67(.98)a,b | 3.84(.99)b,c | 3.93(1.02)b,c | |||
ベルト非着用の容認 | 運転席 | 男性 | 4.09(1.30) | 4.04(1.32) | 4.04(1.24) | 3.86(1.25) | 3.99(1.20) | (A)1.56(B)11.52**(C)989.89***(A)×(B).57(A)×(C)1.65(B)×(C).96(A)×(B)×(C).79 |
女性 | 4.16(1.17) | 4.18(1.21) | 4.17(1.23) | 4.13(1.14) | 4.05(1.21) | |||
助手席 | 男性 | 4.39(1.34) | 4.35(1.25) | 4.42(1.24) | 4.24(1.24) | 4.28(1.28) | ||
女性 | 4.56(1.09) | 4.46(1.17) | 4.54(1.28) | 4.42(1.14) | 4.31(1.25) | |||
後部座席 | 男性 | 5.01(1.51) | 5.06(1.32) | 5.30(1.28) | 5.06(1.41) | 5.16(1.27) | ||
女性 | 5.39(1.35) | 5.20(1.15) | 5.39(1.38) | 5.33(1.16) | 5.24(1.13) |
※( )内は標準偏差で、表中a, b, cは単純主効果の結果を示し、平均値が高いほど該当項目に肯定的に回答している。*** p<.001, ** p<.01, * p<.05
その結果、まずどちらの因子についても、着席位置と性差の主効果が見られた。前席と比較して、後部座席のベルト非着用は、重大性が低く(F(1.68, 3709)=944.33, p<.001)、非着用が容認されていた(F(1.77, 3905.76)=989.89, p<.001)。
性差については、重大性評価(F(1, 2210)=19.30, p<.001)、ベルト非着用の容認(F(1, 2210)=11.52, p<.01)ともに、女性のほうが高い値を示していた。
調査時期の主効果は、重大性評価(F(4, 2210)=5.14, p<.001)のみにおいて見られた。ただし、これには調査時期と着席位置間の交互作用(F(6.71, 3709)=6.15, p<.001)も見られた。そこで、性別・着席位置を限定し、調査時期による単純主効果の検定を実施した結果、着用義務化された直後(2008年12月)に、後部座席の数値が顕著に上昇していた(男性(F(4, 1109)=6.51, p<.001);女性(F(4, 1109)=6.18, p<.001))。男性の助手席において2009年9月に数値が高かった(F(4, 1109)=2.43, p<.05)以外、運転席や助手席は、5回の調査間でほとんど数値が変化していなかった。
義務化導入過程とベルト着用行動の関連「私は該当席(運転席・助手席・後部座席)に乗るとき、いつもシートベルトをしている」を、実際の着用行動を反映した項目とみなし、従属変数とした。そのうえで、5つの時点および性差(調査対象者間要因)、着席位置(調査対象者内要因)の3要因を独立変数とする、3要因分散分析を実施した。その結果、調査時期(F(4, 2210)=26.38, p<.001)、性差(F(1, 2210)=6.51, p<.05)、着席位置(F(1.35, 2993.39)=1907.67, p<.001)の主効果、着席位置と性別の交互作用(F(1.35, 2993.39)=3.10, p<.05)、着席位置と調査時期の交互作用(F(5.42, 2993.39)=29.78, p<.001)、着席位置と調査時期と性差の交互作用の傾向(F(5.42, 2993.39)=1.83, p<.10)が見られた。そこで、着用意識と同様に、性別・着席位置を限定し、調査時期による単純主効果の検定を行った。その結果、男性において、時期による有意差または有意傾向が見られた(Table 3, 運転席F(4, 1105)=2.14, p<.10、助手席F(4, 1105)=3.94, p<.01、後部座席F(4, 1105)=27.17, p<.001)。女性においては、助手席・後部座席において、時期による有意差または有意傾向が見られた(Table 3, 助手席F(4, 1105)=3.23, p<.05、後部座席F(4, 1105)=23.88, p<.001)。
質問項目 | 席位置 | 性別 | 2008年6月施行前まで | 2008年12月高速取締施行後 | 2009年5月一般道義務化明示前 | 2009年8月一般道義務化明示後 | 2009年12月一般道取締開始後 | F |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
私は該当席に乗るとき、いつもベルトをしている | 運転席 | 男性 | 6.17(1.52)a | 6.39(1.28)a,b | 6.52(1.18)b | 6.34(1.39)a,b | 6.43(1.30)a,b | (A)26.37***(B)6.51*(C)1907.67***(A)×(B)1.00(A)×(C)29.78***(B)×(C)3.10*(A)×(B)×(C)1.83† |
女性 | 6.49(1.17) | 6.43(1.31) | 6.65(1.09) | 6.55(1.21) | 6.57(1.14) | |||
助手席 | 男性 | 5.97(1.65)a | 6.22(1.46)a | 6.43(1.27)b | 6.27(1.37)a | 6.41(1.27)b | ||
女性 | 6.29(1.40) | 6.30(1.42) | 6.60(1.08) | 6.46(1.25) | 6.59(1.02) | |||
後部座席 | 男性 | 3.24(1.85)a | 4.64(1.91)b | 4.70(1.90)b | 4.67(1.94)b | 4.76(1.85)b | ||
女性 | 3.39(2.08)a | 4.81(1.83)b,c | 4.35(1.96)b | 4.52(2.01)b | 5.04(1.92)b,c |
※( )内は標準偏差で、表中a, b, cは単純主効果の結果を示し、平均値が高いほど該当項目に肯定的に回答している。*** p<.001, * p<.05, † p<.10
これを整理すると、以下のようにまとめられる。まず、前席は一部、単純主効果の検定では差違が見られたものの、ほぼすべての時点間で7件法において平均値は6以上と、天井効果に近い値を示した。これに対し後部座席は、着用義務化が導入され、高速道の非着用が加点対象とされた直後(2008年12月)に数値が上がり、それ以降は緩やかな上昇傾向を示した。
本研究では、日常的な行為の中で、これまで意識しなかったルールに罰則が適用されることにより、突如従うことを求められる事例について、義務化前から取り締まり開始後までの5時点で調査を実施し、悪質性評価の変化を追った。結果より、下記のように大きく分けて、4つの知見を得ることができた。
第1に、義務化前の着席位置ごとの悪質性評価の明確な相違である。重大性評価・ベルト非着用の容認の両因子において、着席位置の主効果が見られ、後部座席のシートベルト着用は、前席のそれと比較して、明らかに軽視されていた。こうした結果が見られた原因の一つが、前席のみに着用義務があるという、アンバランスなルールが、20年以上そのままであったことである。前席のシートベルト着用は、1971年の改定道路交通法により努力義務が課され、交通安全対策の一環として啓発活動も活発に行われていた。それでも着用率は向上せず、法制化について国会に多数の陳情が寄せられ、1985年に罰則付きで着用が義務づけられたという経緯がある(内閣府,1987)。対して、後部座席の着用は努力義務とされていたものの、法制化されるまでに、啓発活動などは特に行われていなかった。これが、「後ろの席はシートベルトをする必要がない」という認知を、長期にわたり醸成したとも考えられる。重大性評価において、後部座席のシートベルト着用が、前席と比べて重大とみなされていないことも、この傍証と考えられる。もっともTable 2を見ると、7件法で回答を求めているにもかかわらず、重大性評価は前席でもすべての時点で平均値は5以下であり、ベルト非着用の容認についても平均値は4程度である。そもそもシートベルトの非着用は、無免許や飲酒運転と異なり、さほど重大な違反とはみなされていないのかもしれない。着用実態がTable 3に見られるように、前席は7件法で平均値は6以上と、ほぼ天井効果を示していた点も総合すると、「車でシートベルトを着用しなくても良い」と考えているとはいえず、前席と後部座席の得点の乖離がどういった理由によるものかについて、今後さらなる検討が必要であろう。
第2に、後部座席に見られた悪質性評価について因子ごとに個別に検討した結果、「重大性評価」には経時的変化が確認されたが、「非着用の容認」では変化が確認されなかった。
まず、重大性評価に関しては、縦断的データで後部座席についてのみ、着用義務化された直後に上昇した点は、一考の余地がある。Table 1の因子分析結果を見ると、この因子は「2. 悪質な違反行為である」「5. 非常に危険な違反行為だと思う」「6. 重い刑罰が科せられる違反だと思う」などの項目で構成されている。悪質性評価や罰則の適用可能性などは、取り締まりが開始されるのとともに、後部座席において顕著な上昇を示すのは当然である。しかし、ベルト非着用の危険性は、本来義務化や取り締まりの有無とは関係ない。確認のため、この項目のみを抜き出し、3要因分散分析を行ったところ、調査時期による主効果が見られ(F(4, 2210)=3.04, p<.05)、取り締まり開始後に顕著に上昇していた。取り締まりが強化されたら、その危険性も高まるということでは、本来ないはずである。結果は、「危険だから取り締まりをするべきだ」でなく、「取り締まりをするから危険なのだ」といった、取り締まりに触発された形での、危険性評価の上昇と解釈できる。
なお、こうした数値の上昇は、助手席の男性についても見られた。実際の着用行動についても、同様に上昇傾向を示しており、重要だと意識することが行動にも影響していたことになる。しかし、女性は運転席と助手席の間で、ベルト着用意識・行動に違いは見られなかった。男性については、運転席よりも助手席の方がベルト着用を軽視する傾向があったと解釈でき、運転機会の多さなど、いくつかの可能性が考えられる。
他方で、シートベルト非着用の容認に関しては、経時的変化が見られなかった。その理由の1つに、「シートベルト非着用の容認」では、社会一般における違反への認知を測定しており、その意味で客観的な視点での回答を求めているためと考える。非着用の容認の因子に負荷の高い「多くの人がやっている」、「ばれにくい違反だと思う」等といった項目は、あくまで客観的な視点での回答を求めており、回答者個人の主観的な認知を問う項目は含まれていない。それが、重大性評価には経時的変化が見られ、非着用の容認は持続するという違いを生じさせた一因と考えられる。加えて、「多くの人がやっている」といった、シートベルト非着用の容認を構成する項目を見る限り、法改正により他者の行動は変わっていない、記述的規範は変容していないと認知されていることを示す結果とも解釈できる。
第3に、後部座席のみに見られたシートベルト着用行動の経時的変化である。着用意識と同様に、着用行動についても、2008年の6月に義務化された直後には、その数値が顕著に上昇したものの、以降の変化があまり見られなかった。実際には、着用義務違反に対する取り締まりは、段階的に導入されている。つまり、義務化時点では取り締まりが開始されておらず、秋の交通安全運動時より、高速道路でのみ取り締まりが開始されている。一般道での加点対象は翌年6月より開始されており、罰則適用のみを意識しているのであれば、この時点において、さらに上昇しなければならないはずである。しかし、そういった傾向は見られず、義務化が導入されたという事実のみが、着用率の上昇に結びついていた。これは北折・吉田(2000a)のような、制裁のみが違反行為の抑止に有効であるという、従来の知見とはやや異なる結果である。本研究の結果のみでは議論が難しく、今後の課題としたい。
第4に、性差の影響が見られた点である。シートベルト非着用の容認において確認された性差については、先に述べたように、個人的態度ではなく社会的に容認されている程度について回答を求めたことが関与していると思われる。他者(タクシー・トラックの運転手)の運転態度に対する認識について検討した田中(2006)によると、「悪い」への回答率は、男性よりも女性において高かった。この結果は、女性が違反者に目を留めやすい傾向、本研究でいえば「後部座席でシートベルトを着用していない人が多い」と認識しやすい傾向があることを示唆している。
なお、本研究で、女性はシートベルト非着用を容認する傾向が強い一方、重大性評価も高くなっていた点は興味深い。男性よりも女性のほうが、命令的規範に即した個人的規範をもつ傾向にある(北折・吉田,2000b)ため、「重大な違反行為である」と認識したと考えられる。
本研究で扱ったシートベルトの着用義務化は、道路交通法に含まれる法規範の1つである。法規範は、あくまで社会規範の一部であり(園田・井田・加藤,1996)、自発的な合意や共同決定、集団における期待などが、社会の発展とともに認知されていく形の、ボトムアップ的に形成される社会規範(e.g., Opp, 1982; Schwartz, 1977)とは、本質的に異なる。社会のコンセンサスが確立されていない行動様式を、トップダウン的に付与することができるのは、法規範のみである。また、本研究でシートベルト非着用の容認ではなく、重大性評価と着用行動にのみ連動した変容が認められたことは、法規範が記述的規範の認知を介さずに、直接個人の対象行動への認知に加え、行動までをも変容しうることを示唆する点は興味深い。先行研究において、命令的規範と記述的規範を比較した場合、広範かつ頑健な記述的規範の効果に比べ、命令的規範が行動の生起頻度を規定する効果は、限定的なことが示唆されているからである(高木,2013)。本研究で示唆されたような、義務化すること自体が行為の危険度の認知を規定する効果は、社会規範の中でも法規範特有のものであると考えられる。社会規範の概念を考えていくうえで、この点は十分に留意しておく必要があろう。
本研究は、既存のものに対する新しいルールが、どういう風に浸透していくのかを対象とした検討である。現時点では、新しいルールによりすべての人が後部座席で、シートベルトを着用するようになったわけではない。また、これまでの研究のように、少数のルールを守らない悪質な違反者を対象とした、逸脱に至るメカニズムや抑止策を検討しているわけでもない。こうしたさまざまな要因を1つずつ整理し、着用率の向上に影響する因子を、さらに明らかにしていく必要があろう。
最後に、本研究では、WEB調査の実施により若年層だけに偏ることなく、幅広い年齢層の着用意識を検討することができた。しかしながら、WEB調査が抱える方法論的な限界、すなわち調査対象者がインターネットを日常的に利用する層にどうしても集中してしまうという、データの偏りの問題に関しては克服できていない。これが、本研究の限界である。また、後部座席のシートベルト着用義務化は、これまで違反でなかったものに対し、新たに法律という形で示される事例であった。そのため、すでに科せられている罰則が、さらに強化されることにより、こうした重大性評価がどう変わるのかなどについては、明らかにできていない。道路交通法は、高頻度で改正が行われるため、さまざまな改正事例を参考に、定着した事例と本研究の知見を照合することが必要となろう。例えば近年大幅に罰則が強化された、飲酒運転のようなケースを対象とした、縦断調査の実施も今後は必要ではないか。人々が社会規範として受容し、交通事故による死者ゼロを模索していくことは、これからも尽きることのない課題である。