社会心理学研究
Online ISSN : 2189-1338
Print ISSN : 0916-1503
ISSN-L : 0916-1503
資料論文
記述的規範と他者との相互作用が地震防災行動に及ぼす影響
尾崎 拓中谷内 一也
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2015 年 30 巻 3 号 p. 175-182

詳細

問題

リスク認知による防災行動説明の限界

“人は自然災害の脅威を強く認知するほど、防災行動を実行する。”そのような素朴かつ合理的な想定とは異なり、防災実務においては、自然災害に対する脅威の認知と行動の乖離が問題となっている。たとえば、川島・森田・樋口(2009)の調査では、リスク認知が地震防災としての非常食備蓄行動を予測しないことが示されている。さらに、東日本大震災後でさえ、防災への関心は高まったものの、実際に防災行動をとっている人は限られることが、全国調査の結果から示されている(朝日新聞,2013)。自然災害の脅威についての認知と行動のギャップは、減災社会を構築するうえで重要な課題であるといえよう。

リスク認知と対処行動の関係性は、リスク研究の領域において改めて問い直されている学術的問題でもある。地震対処行動に焦点を当てた広範なレビュー研究(Solberg, Rossetto, & Joffe, 2010)は、リスク認知と地震対処の間には正の相関を見出した研究が多いものの、その関係性は弱いと報告している。また、自然災害全般に関する論文を広範にレビューしたWachinger, Renn, Begg, & Kuhlicke(2013)は、対処行動意図と対処行動を区別したうえで、自然災害に対するリスク認知が高い場合でも実際の対処行動が生じるとは限らないというリスク認知パラドックスを見出している。またSheeran, Harris, & Epton(2014)によるメタ分析は、リスク評価を操作した実験的研究の中でも主に健康問題を取り扱った研究について、対処行動に及ぼすリスク評価の効果は小さいことを明らかにしている。これらの知見は、リスク認知の高まりが自分の身を守る行動を促進する、という考えの自明さに再検討を迫るものであるといえる。リスク認知のみでは必ずしも対処行動を説明できないというリスク認知パラドックスの知見をふまえ、予備実験において剰余変数を実験的に統制したうえで、リスク認知が高まった場合に実際の防災行動が生起するかを確認する。本研究ではとくに災害への備えとして特定の非常食備蓄に限定することで、対処行動にかかるコストを統制する。また予備実験では他者からの影響を受けない決定場面を設定することでそのバイアスを排除する。そのうえで、本実験において、個人のリスク認知や対処の効果性評価を超えた他者行動についての認知、すなわち記述的規範が対処行動に影響するのではないかという問題を検討する。

合理的な対処行動生起過程を仮定する防護動機理論

脅威と対処行動の関係を説明する主要な理論として、防護動機理論(Rogers, 1975, 1983)が挙げられる。防護動機理論は、脅威評価(脅威の生起確率と深刻さの情報成分の合成)と、対処評価(対処行動の効果性・自己効力・反応コストの情報成分の合成)が防護動機を形成し、対処行動を生起させるとする理論である。防護動機理論は、脅威と対処行動についての評価に応じて対処行動が生起するという点で、行為の合理性が前提となっている。ただし、防護動機理論の枠組みを用いた脅威対処についてのこれまでの検討は、主に行動意図を被説明変数として行われてきたところに問題がある(Floyd, Prentice-Dunn, & Rogers, 2000)。なぜなら、意図を超えて、現実の行動を予測できるかどうかが防災研究の重要な課題だからである。そこで予備実験では、実際の災害準備行動を測定し、防護動機理論の枠組みで脅威評価と対処評価が現実の防災行動を予測しうるかどうかについて検討する。防護動機理論を理論的に発展させたPerson-Relative-to-Event(PrE)理論によれば、地震防災行動が生じるのは、脅威評価に相当するイベント評価が高く、かつ防災に対する個人的な資源が充実していると認知される場合に限られることを見出している(Duval & Mulilis, 1999; Mulilis & Duval, 1995)。脅威の大きさの評価のみではなく、脅威評価と個人の資源の評価の比較によって行動が生じるという知見は、防災行動の説明におけるリスク認知以外の変数との組み合わせの重要性を示しているといえる。

先にリスク認知パラドックスについて紹介したが、リスク概念は防護動機理論の脅威評価概念とほぼ互換可能である。なぜなら、リスクとはある行為にともなって望ましくない結果が生起する確率と、その望ましくない結果の深刻さによって定義されるからである。そこで、本研究では脅威評価をリスク認知と同じものとみなして検討を進める。また、対処評価については、防災非常食を備蓄することの効果性についての評価とする。防護動機理論における対処評価概念は、効果性以外に自己効力と反応コストの成分を含むが、本研究で設定した非常食備蓄行動は、自己効力感を要する困難性や反応コストを大きく回避したものであり、効果性についての評価を対処評価と同等に扱うことができると考えられる。

以上述べてきたように、防護動機理論は、脅威と対処手段についての評価が、対処行動を生じさせるという合理性を前提としている。一方でリスク認知パラドックスは、この自明とも言える前提に対する再検討の必要性を示唆している。そこで、まずは対処行動についての合理性を前提とする防護動機理論にもとづく実験的検討を行う。

予備実験

方法

実験参加者

関西地方の私立大学学部生108名(男性29名、女性79名、年齢M=19.92歳、SD=4.76)を参加者とした。実施時期は2013年7月であった。参加者は、単独または複数(最大8名)で実験に参加した。実験はすべてノート型PC上で行った。ノート型PCは参加者1名につき1台を与えられた。各ノート型PCの間の仕切りにより、参加者は他の参加者の回答を閲覧できず、また、入室後、他の参加者と会話することも禁じられた。

選択対象

地震に備える非常食として、乾パンを選定した。理由は、乾パンが典型的な防災用非常食として知名度が高く、災害に関連する実験参加の報酬としても自然だからである。実験で用いた乾パンはブルボン社製「缶入りカンパン(キャップ付き)」(1個あたり約250円、実験実施時点で賞味期限が4年以上残存のもの)であった。

手続き

独立変数としてリスク認知(高低2水準)と対処行動の効果性(高低2水準)を操作した。これらはいずれも参加者間要因であり、各水準に27名ずつ無作為に配分した。

リスク認知の操作には、Kievik & Gutteling(2011)のリスク情報のフィードバック法を用いた。これは、参加者の居住地域に被害を及ぼすと想定されている、南海トラフ巨大地震の危険性についての情報を、参加者ごとにPCモニター上にフィードバックするものである。参加者は「あなたの地震に対する危険性を計算するため」と教示され、年齢、性別、配偶者および子どもの有無、居住地、通学校地、居住形態、非常食備蓄状況についての個人情報を入力した。その後、「計算する」ボタンを押すと、参加者ごとに地震リスクについて、「かなり高い危険性」あるいは「かなり低い危険性」という見出しとともにメッセージおよび写真がフィードバックされる。しかし実際には、提供された個人情報とは無関係に、いずれか一方のフィードバックを提示することでリスク認知の操作を行った。なお、いずれのメッセージも、内閣府の南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ(内閣府,2012)の報告書に準拠しており、実質的な内容は同一であったが、被害のフレームを変化させた。すなわち、高リスク認知条件においては、参加者が居住する関西地方において想定される死者の実数(16,600名)を提示し、それにもとづいて「かなり高い危険性」と説明した一方で、低リスク認知条件においては死者数の人口に占める割合(0.08%)を提示し、その値が小さいことをもって「かなり低い危険性」とした。

対処行動の効果性を操作するため、乾パン備蓄の効果性についての異なる2種類のメッセージを提示した。高効果性条件では、栄養学研究者および管理栄養士による、乾パンのもつ災害時の生命維持に対する効果性についての文章を提示した。一方、低効果性条件では、自治体による乾パン備蓄がすでに充実していること、および東日本大震災において餓死者が発生しなかったことについての行政資料を提示した。なお、実験で用いた乾パン備蓄の効果性についてのメッセージを付録に示した。

実験終了後、デブリーフィングを行い、すべての参加者に実験中に提示しなかった条件での情報を開示した。これは、実験で提示した一方のみの情報によって過度な不安や楽観を与えることを防ぐためである。

リスク認知を測定するため、地震防災行動規定因の研究で用いられた、元吉・高尾・池田(2008)の質問項目(「自分の住んでいる地域は、地震で大きな被害に遭う可能性が高いと思う」、「今住んでいるところは、地震による被害が起きやすい地域だと思う」、「今後30年くらいの間に、大きな地震に遭うことがあるだろう」の3項目、リッカートスケール5件法)を用いた。また、効果性評価を測定するためKievik & Gutteling(2011)の質問項目を日本語化したもの(「地震やそこからの避難の際に、乾パンを備蓄することがあなた自身の安全に対して有効であると思いますか」、リッカートスケール5件法)を用いた。

さらに、従属変数として、乾パン備蓄行動に対する態度、行動意図、非常食選択行動を測定した。態度を測定する尺度は、「乾パンの備蓄を積極的に行いたい」、「乾パンを備蓄したい」、「乾パンの備蓄はできるだけ避けたい(逆転項目)」の3項目(リッカートスケール5件法)を用いた。態度は実験操作前後の2回測定した。次に、乾パンの実物と価格(1個あたり約250円)を示したうえで、行動意図として仮想的な購買希望数を測定した。最後に、実験参加の報酬として図書カード(500円)と同等金額の乾パンの2つの選択肢のうちから、実際にどちらを選ぶかによって非常食選択行動を測定した。

結果と考察

操作チェックの結果について、用いた項目の条件ごとの平均値をTable 1に示した。リスク認知を測定した3項目の信頼性はα=.68であり、十分に高いとはいえなかった。そこで、それぞれの項目の得点を従属変数、リスク認知と効果性を独立変数とする2要因の多変量分散分析を行った。その結果、リスク認知の主効果のみ有意であり(F(3, 102)=4.30, p<.01)、効果性の主効果と交互作用は有意でなく(F(3, 102)=0.04, n.s.; F(3, 102)=0.30, n.s.)、リスク認知の操作は成功した。また効果性評価についても、リスク認知と効果性を独立変数とする2要因の分散分析を行ったところ、効果性の主効果のみが有意であり(F(1, 104)=13.52, p<.001)、リスク認知の主効果と交互作用は有意でなく(F(1, 104)=0.69, n.s.; F(1, 104)=0.69, n.s.)、効果性の操作も成功した。

Table 1 予備実験における操作チェック項目の平均値(n=108)
高リスク認知条件低リスク認知条件
高効果性条件低効果性条件高効果性条件低効果性条件
リスク認知操作チェック項目
自分の住んでいる地域は、地震で大きな被害に遭う可能性が高いと思う3.33(1.00)3.44(1.12)2.78(0.85)2.70(0.91)
今住んでいるところは、地震による被害が起きやすい地域だと思う3.04(1.09)3.07(0.96)2.70(0.87)2.70(0.91)
今後30年くらいの間に、大きな地震に遭うことがあるだろう3.89(0.70)3.85(0.91)3.78(0.80)3.93(0.78)
効果性操作チェック項目
地震やそこからの避難の際に、乾パンを備蓄することがあなた自身の安全に対して有効であると思いますか4.37(0.79)3.93(1.00)4.37(0.56)3.67(0.83)

注:カッコ内は標準偏差

Table 2に、非常食選択行動、行動意図、態度の結果を示す。まず、乾パンという災害向け非常食を選択した参加者の割合は、高リスク認知・高効果性条件で最も高かった。ところが、条件ごとに非常食選択行動をとった参加者の割合の逆正弦変換値を求めて、リスク認知および効果性を要因とする分散分析を行ったところ、主効果および交互作用はいずれも有意でなかった(χ2(1)=0.22, n.s.; χ2(1)=0.00, n.s.; χ2(1)=0.22, n.s.)。

Table 2 予備実験における非常食選択行動、行動意図、態度(n=108)
高リスク認知条件低リスク認知条件
高効果性条件低効果性条件高効果性条件低効果性条件
行動(非常食選択行動)
非常食を選択した割合(逆正弦変換値).26(30.61).22(28.13).19(25.49).22(28.13)
行動意図
非常食購買希望数の中央値5555
態度
実験操作前の平均値(標準偏差)3.59(0.58)3.73(0.67)3.68(0.78)3.72(0.78)
実験操作後の平均値(標準偏差)4.23(0.58)3.99(0.69)4.14(0.79)3.88(0.73)

行動意図としての乾パン購買希望数の中央値は、いずれの条件でも5個であった。分散の等質性が仮定されなかったため、Bonferroni法によって危険率を補正したうえで、リスク認知と効果性を要因とするMann–Whitney検定を行ったところ、いずれの要因の効果も有意でなかった(U=1432.00, n.s.; U=1284.00, n.s.)。防護動機理論変数の操作による行動意図の変容は認められなかったといえよう。

実験操作後の乾パン備蓄行動に対する態度について測定した3項目の内的整合性はα=.85と十分高い値を示した。そこで参加者ごとに合成変数を求め、リスク認知および効果性を要因とする分散分析を行ったところ、いずれの要因の主効果、交互作用ともに有意でなかった(F(1, 104)=0.61, n.s.; F(1, 104)=3.52, n.s.; F(1, 104)=0.00, n.s.)。そこで、事前態度からの態度変化量を求め、同様に分散分析を行ったところ、効果性の主効果が有意であった(F(1, 104)=9.79, p<.01)。効果性を高める情報提供が、備蓄行動へのポジティブな態度形成を促すことが示された。しかし、リスク認知の主効果(F(1, 104)=1.71, n.s.)、および交互作用は有意でなかった(F(1, 104)=0.16, n.s.)。

以上の結果から、予備実験の操作が脅威や効果性の評価に影響しながら、行動および行動意図には影響しないことが確認された。この結果は、リスク認知だけでは災害準備行動が説明できないとする、リスク認知パラドックスと同じ方向性にあるといえよう。しかし、今回の結果が観察された別の理由として、実験において操作したリスク認知と、対処行動の関連の弱さが影響した可能性も考えられる。すなわち、リスク認知の操作として災害による死亡推定数を提示し、効果性の操作として非常食の効果性情報を提示したが、両者は関連するものの完全に対応する水準の情報とはいえない。このため、態度が変容した一方で、リスク認知による行動面への効果がみられなかった可能性が計画的行動理論(Ajzen, 1991)からも考えられる。また、予備実験における実験操作はKievik & Gutteling(2011)を踏襲したが、これは参加者が任意の場所から指定されたウェブサイトにアクセスして行われた。それに対して本研究では実験室における集団実験を実施したため、とくに参加者の自己提示や社会的望ましさの影響が強くみられた可能性があり、このことが実験操作のインパクト不足の原因となった可能性もある。上記のような問題や操作のインパクトが十分に強くなかった可能性は残されるものの、しかし、少なくとも今回の実験の設定では、リスクや効果性についての認知的な影響が確認されながら、行動には影響しなかった。そこで今回の実験の設定を前提に、リスクや効果性の評価を超え、どのような社会的変数が防災行動につながるかという問題について、社会規範に着目して以下の検討を行う。

本実験

防災行動に及ぼす社会的影響の検討

予備実験では、地震防災を脅威に対する個人の備えとみなした。しかし、地震リスクは、個人では対処不可能な脅威であるとも位置づけられる。個人による対処が不可能な脅威に対する集合的な対処行動を説明するモデルとして、防護動機理論を発展させた集合的防護動機モデル(戸塚・深田,2005)がある。集合的防護動機モデルは、防護動機理論変数に加え、社会評価として実行者割合認知と規範認知が集合的対処行動を生じさせると仮定する。地震防災を社会的な取り組みが必要な対処であると位置づけ直したとき、対処行動に及ぼす社会的影響の検討はいっそう重要になると考える。

地震対処行動に関するレビュー研究(Solberg et al., 2010)は、地震対処行動を促進する要因として社会規範の存在が示唆されるものの、実証的な研究は少ないと報告している。また、修正された防護動機理論(Rogers, 1983)や、リスク認知パラドックスについてのレビュー論文(Wachinger et al., 2013)では、社会的影響に関する変数が検討されている。ただし、これらの変数は、リスク認知を媒介して行動に結びつく変数として検討されていたにすぎない。予備実験の結果が示すように、リスク認知が必ずしも行動と結びつくわけではない以上、予備実験で検討した、脅威と対処行動に対する評価に見合った行動が選択されるとする意図的な意思決定プロセスではなく、社会的影響が非意図的に行動に影響を及ぼす可能性を検討する必要があると考える。このような非意図的意思決定過程を考慮し、地震防災を含むリスク行動と環境配慮行動について検討したモデルとして、二重動機モデル(Ohtomo & Hirose, 2007; 大友・広瀬,2007; Ohtomo, Hirose, & Midden, 2011)が挙げられる。二重動機モデルは、多数派の動向による記述的規範が、非意図的過程を経て行動受容に影響を及ぼすことを示している。ここでいう記述的規範とは、「多数派がどのように振る舞っているか」という情報であると定義され(Cialdini, Reno, & Kallgren, 1990)、集合的防護動機モデルにおける実行者割合認知とほぼ同一の概念である。これらをふまえ、本実験では記述的規範として多数派の非常食備蓄行動の情報を提示し、その影響について検討する。

本実験では、他者行動の情報そのものである記述的規範に加え、その規範をもたらしている他者について、その他者との関係性の影響も検討する。これは、記述的規範をもたらす他者との関係性により、「多数派の振る舞い」に関する記述的規範の効果が調整されると考えたからである。他者との関係性に関して、他者との相互作用がある場面においては、他者の選好を推測する傾向が強まることが知られている(Fehr & Schmidt, 2006)。そして、記述的規範は多数派の非常食に対する選好を表す手がかりとして用いることができる。そのため、他者との相互作用がある関係性において記述的規範の効果が強く、相互作用がない関係性において記述的規範の効果が弱くなると予測した。

本実験では、地震防災行動に及ぼす社会的影響として、記述的規範に着目して検討を行う。さらに、記述的規範は他者の動向によってもたらされるが、その他者との関係性の影響についても検討することで、記述的規範の効果を精緻に把握することを目的とする。

方法

実験参加者

関西地方の私立大学学部生113名(男性32名、女性81名、年齢M=20.04歳、SD=1.28)を参加者とした。実施時期は2013年12月であった。参加者には授業成績の加点を行った。なお、予備実験に参加した参加者と本実験参加者の重複はない。

手続き

本実験は予備実験と同様の設定の中で実施した。リスクと効果性については予備実験の高リスク認知条件、高効果性条件と同一の手続きをとった。これは防災行動に及ぼす社会的影響を検討するため、予備実験で確認したリスク認知と効果性認知を一定の水準に統制することが望ましいためである。なおこの際、高リスク認知・高効果性条件に統一したのは、予備実験における乾パン選択率が2割程度と低かったことから、検出力を向上するため、選択率を高める方向で設定したかったからである。本実験では、記述的規範(有無2水準)および他者との相互作用を想起させる情報(相互作用の有無2水準)の2つの独立変数を参加者間配置で操作し、参加者を無作為に配分した。

記述的規範の操作は、非常食を報酬とする追加調査を設定し、他の人たちがそれにどれくらい参加しているかを示すことで行った。記述的規範あり条件では、他の参加者の多数派(117名中104名、88.9%)が追加調査に参加して乾パンを得ていることを表す数値とグラフを示した。一方、記述的規範なし条件においては、多数派は追加調査に参加しておらず、117名中13名(11.1%)のみが追加調査に参加して乾パンを得ていることを示した。記述的規範の操作のために提示した情報は実験者が操作した架空のものであったため、実験後にデブリーフィングを行った。

相互作用あり条件では、「非常食を備蓄することは、あなただけでなく、身近な人や社会全体のためになるという大きな意義がある行動です」という文章をはじめとし、乾パンを備蓄することが災害時の他者援助や、他者が参加者を助けることにつながることを述べた。同時に、乾パンを相互にやりとりする模式図を示した。一方、相互作用なし条件では、「非常食を備蓄することは、災害時にあなた個人の命を守るという大きな意義がある行動です」と述べたうえで、乾パンによって個人が助かることを表す模式図を示した。ここでは乾パン備蓄が参加者個人の命を確実に守ることにつながること、および災害時に自分の命を最優先することの重要性を述べた。

従属変数として乾パン備蓄行動に対する態度、行動意図、非常食入手行動を測定した。態度と行動意図は予備実験と同一の手続きで測定した。非常食入手行動として、乾パン2個(約500円分)を報酬とする、別室での追加調査への参加を測定した。追加調査は自然災害とは関係のないダミーの質問紙調査であり、所要時間は約5分間であった。また、実験を実施した実験室から、別棟の追加調査実施場所までは、徒歩で約3分間移動する必要があった。これらの時間的コストは追加調査の案内の際に明示した。追加調査への参加意思は、まず、PC上で回答するよう求め、さらに、追加調査に実際に参加したかを測定した。なお、実験は約15分間で終了する分量であったが、参加者募集時には所要時間を30分間としていたので、すべての参加者にとって追加調査に参加する時間的余裕は十分にあり、時間的余裕についての個人差の影響は統制されていた。

後日、実験への参加を呼びかけた講義においてデブリーフィングを行い、改めてデータ利用への同意を求め、同意を得られなかった参加者(6名)のデータは分析から除外した。その結果、記述的規範あり・相互作用あり条件に30名、記述的規範あり・相互作用なし条件に22名、記述的規範なし・相互作用あり条件に24名、記述的規範なし・相互作用なし条件に31名、合計107名のデータを分析した。

結果と考察

本実験の独立変数はいずれも、直観的に理解可能な、グラフや図によって操作された直接的独立変数と位置づけられる。それゆえ、実験の意図を明らかにせず、後続の反応へのキャリーオーバーの危険性を避けることを重視し、操作チェックは行わなかった。

Table 3に、非常食入手行動、行動意図、態度の結果を示す。まず、非常食を報酬とする追加調査への参加を選択し、実際の行動として非常食を入手した参加者の割合は、記述的規範あり・相互作用なし条件において最も高く、次いで記述的規範あり・相互作用あり条件、記述的規範なし・相互作用なし条件、記述的規範なし・相互作用あり条件と続いた。条件ごとに非常食入手行動をとった参加者の割合の逆正弦変換値を求めて、記述的規範と相互作用の有無を要因とする分散分析を行った。その結果、記述的規範の主効果が有意(χ2(1)=8.99, p<.01)であり、多数派が非常食を入手している場合に、個人の防災行動が促進されることが示された。一方、他者との相互作用要因の主効果は有意でなかった(χ2(1)=2.19, n.s.)。また、交互作用も有意ではなく(χ2(1)=0.10, n.s.)、相互作用という他者との関係性が記述的規範の効果を調整するという仮説は支持されなかった。

Table 3 本実験における非常食入手行動、行動意図、態度(n=107)
記述的規範あり条件記述的規範なし条件
相互作用あり条件相互作用なし条件相互作用あり条件相互作用なし条件
行動(非常食入手行動)
追加調査に参加した割合(逆正弦変換値).83(65.91).91(72.45).54(47.39).71(57.40)
行動意図
非常食購買希望数の平均値(標準偏差)5.33(4.00)6.91(11.21)6.75(10.16)4.23(3.34)
態度
実験操作前の平均値(標準偏差)3.58(0.76)3.52(0.70)3.14(0.98)3.67(0.77)
実験操作後の平均値(標準偏差)4.12(0.71)4.00(0.64)3.92(0.72)4.03(0.78)

行動意図としての乾パン購買希望数について、記述的規範と相互作用の有無を要因とする分散分析を行ったところ、記述的規範および相互作用要因の主効果、交互作用はいずれも有意でなかった(F(1, 103)=0.19, n.s.; F(1, 103)=0.10, n.s.; F(1, 103)=1.95, n.s.)。

実験操作後の乾パン備蓄行動に対する態度について測定した3項目の内的整合性はα=.78と十分高い値を示した。そこで参加者ごとに合成変数を求め、記述的規範および相互作用の有無を要因とする分散分析を行ったところ、いずれの要因の主効果、交互作用ともに有意でなかった(F(1, 103)=0.38, n.s.; F(1, 103)=0.01, n.s.; F(1, 103)=0.72, n.s.)。そこで、事前態度からの変化量を求めて同様に分散分析を行ったが、いずれの要因の主効果、交互作用ともに有意でなかった(F(1, 103)=0.21, n.s.; F(1, 103)=3.61, n.s.; F(1, 103)=2.02, n.s.)。

以上述べてきたように、防災行動に及ぼす社会的影響として、記述的規範の有意な効果が認められた。しかし、実際の行動には記述的規範の影響がみられたにもかかわらず、行動意図、態度ともにいずれの独立変数の効果もみられなかった。このことは、多数派の行動についての情報が行動レベルの影響をもたらしたが、それは非常食備蓄行動に対する主観的評価を通してのものではない可能性を示唆する。つまり、多数派がとっているから良い行動だと判断し、自分も同調するという意思決定が行われたわけではなく、対象の内容についての態度変容なしに意思決定が行われる可能性を示している。この結果は一見、不可解に思われるかもしれないが、災害研究では大友・広瀬(2007, 2014)によって、記述的規範が非意図的過程として地震防災行動に影響することを見出している。本研究は、目標志向型の意思決定によらず行動変容がみられた点で、大友・広瀬(2007, 2014)の知見と整合的であるといえる。

総合考察

本研究は、実験室における地震防災行動の測定を通じ、実際の防災行動を説明する要因を明らかにすることを目的とした。リスク認知による対処行動の説明の限界や、リスク認知と行動の関係性の弱さを報告するレビュー研究を踏まえ、予備実験では、リスク認知を対処行動の主たる規定因とする防護動機理論にもとづく検討を行った。その結果、予備実験では防災行動に対するリスク認知の有意な影響は観察されなかった。この結果は、リスク認知と行動の関係性が必ずしも頑健ではないことを示すと考えられる。

そこで本実験では、リスク認知を超えて実際の防災行動を説明する社会的影響についての検討を行った。本実験では、「多数派がどのように振舞っているか」という情報にもとづく社会規範である記述的規範の影響を検討した。本実験の結果、他者との関係性を表す相互作用の有無による調整効果は見出されなかったが、記述的規範の主効果が確認された。これは、「多数派が備蓄している」という情報にもとづく記述的規範により、多数派に同調して防災行動が生じたことを意味する。本実験の結果から、実際の防災行動の説明に記述的規範という社会的影響が有効であり、今後の防災研究においてもリスク認知だけでは説明できない防災行動について、記述的規範にもとづく検討が必要であることが示唆される。

本実験では、追加調査に参加することで非常食を得られる状況を設定した。そのため、観察された行動を純粋に防災行動とみなすことはできず、記述的規範が「実験実施者による他の調査への協力行動」を促進していただけとも解釈できる。このことから、今回見出された記述的規範の効果が、より一般的な文脈、つまり他者の防災行動に関する動向のみを提示するだけで得られるかどうかは、本実験の結果だけから判断することができない。ただし本研究は、防災行動が防災意識と乖離している点を理論および実務の観点から問題視しており、最終的に防災行動を生起させる要因を検討するものである。この立場からは、従来のリスク認知にもとづく防災アピールでは実際の行動が生起するとは限らない一方で、記述的規範を導入すれば実際の行動が促進されうることが示されたことが重要だと考える。

本実験において記述的規範が行動に影響した一方で、態度や行動意図に影響しなかったことは、二重動機モデル(Ohtomo & Hirose, 2007; 大友・広瀬,2007; Ohtomo et al., 2011)が示すように、記述的規範がより受動的な動機(行動受容)に影響するという知見と整合すると考えられる。しかし、このことに関しても、防災行動についての記述的規範と追加調査への協力についての記述的規範が分離できないことが影響している可能性がある。つまり、追加調査への協力という側面が着目されたために、防災行動に対する主観的評価が変容しなかったとも考えられるのである。また、行動意図の指標として、本実験では非常食に対する仮想的な購買意図を測定した。これは、より直接的な行動意図である「追加調査への参加意思」ではないために、見かけ上行動と行動意図に乖離が生じたとも解釈できる。以上の理由から、記述的規範にもとづく行動生起が非意図的であるかどうかについては慎重に解釈すべきであろう。本研究では、記述的規範の影響過程についての直接の検討はなされていないため、さらに検討が必要である。

References
 
© 2015 日本社会心理学会
feedback
Top