社会心理学研究
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書評
大渕憲一(著)『紛争と葛藤の心理学—人はなぜ争い、どう和解するのか』(2015年,サイエンス社)
横田 晋大
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2015 年 31 巻 1 号 p. 70

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人間は社会的動物である。血縁関係にない他者との助け合いを通じて、変動に富む広範な環境への適応を成し遂げた。社会的相互作用こそが、多様な環境への柔軟な適応を可能にしてきたと言える。ただし、この相互作用には、相互協力などのポジティブな側面のみならず、争いや葛藤というネガティブな側面も含む。

本書は人間の相互作用のネガティブな側面である社会的葛藤の背後にある心理過程を明らかにすることで、建設的な解決を目指したものである。社会的葛藤には、対人葛藤、集団間葛藤、組織内葛藤(1章)が含まれるが、本書が焦点を当てるのは対人関係や組織内葛藤である。集団間葛藤について知りたい場合は、熊谷智博氏との共訳『紛争と平和構築の社会心理学—集団間の葛藤とその解決』などを参考にされると良いだろう。

本書は7章から構成されている。まず、これまでの社会的葛藤研究の系譜と体系的な分類(1章)を述べた後に、葛藤を引き起こす認知(2章と3章)と感情(4章)の働きを検討した知見を紹介している。続いて、葛藤の解決に寄与する心理要因に関する研究(5章)を概観し、将来的な葛藤研究において重要となるであろう対人関係の質に注目した成果(6章)と性格特性の影響を検討した研究(7章)を紹介している。

各章の要約は以下の通りである。第1章では、社会的葛藤が社会心理学の分野のみならず、ゲーム理論や産業組織などの複数の分野にわたって検討されてきたものであること、そして社会的葛藤を検討するにあたり、体系的な理解のために葛藤を様々な基準(葛藤の原因、対立の認知、社会的状況)で分類して分析する必要性が述べられている。第2章では、社会的葛藤の解決を阻害する心理要因、特に認知の側面に注目して紹介している。葛藤解決の阻害は認知のバイアスによりもたらされると議論し、様々なバイアスと葛藤との関連を説明する。第3章は、認知バイアスを支える心理過程を詳細に述べる。心理過程とは、情報処理プロセス、欲求、信念、エートスの働きのことである。認知バイアスはいかに当事者や葛藤相手の情報を処理するかによる。そして、その情報処理機構の在り様や機構に影響を与える基本的欲求、信念そしてエートスなどがどのように働いているかを解説する。第4章では感情が社会的葛藤に与える影響を検討する。快感情と不快感情では、直感的に、快感情が解決を促し、不快感情は解決を阻害すると考えてしまう。しかし、快感情でも葛藤解決を阻害したり、不快感情でも解決を促すことがある。第5章は社会的葛藤の建設的な解決を促す心理要因を取り上げている。著者は、葛藤解決における重要な方法は話し合いだと述べている。話し合いにおいて協力的な振る舞いを促す心理要因として、共感性や葛藤の争点となるトピックの選択、動機づけ、文化的特徴としての調和志向、寛容性、第三者からのサポートなどを挙げ、それらの効果を検討した知見を概観する。第6章では、これから期待される新たな葛藤解決を促す心理要因について述べている。そこで著者が注目するのは社会的葛藤における対人関係の質、特に信頼と愛着である。第7章では、状況を超えて恒常的に働く心理要因、つまり、個人差の働きに注目する。建設的な葛藤の解決に関わる個人差要因として、性格特性によりもたらされる基本的な感情傾向や支配動機、自己愛の強さ、社会的知能、悪意への知覚のしやすさ、受容動機、信頼、寛容性などが挙げられている。

個人的に興味深かったのは以下の二点である。一つ目は、本書のテーマから逸れてしまうとしながらも、第三者による介入が葛藤の建設的な解決を促すという知見が紹介されていたことである。本書で紹介されてきた様々な心理要因は、葛藤解決のための手がかりだと捉えることができる。その手がかりをいかに効率よく発動させるかについては、相互作用の在り方によるだろう(6章)。第三者の介入が葛藤の解決に有効であるとの知見は、人間が集団や社会を形成してきたことのメリットの一つとも考えることができる。その意味で示唆に富むトピックであり、今後の社会心理学で取り上げられるべき課題ではないかと考えさせられた内容であった。

もう一つは個人差と社会的葛藤との関連について一章を設けて述べていたことである。社会心理学の分野では平均値や最頻値など、代表値を用いて人が持つ全般的な心理・行動傾向を探ることが多い。しかし、近年、遺伝子多型と心理・行動との関連が注目されてきているように、個人間の差異が相互作用に与える影響について検討することは今後重要になっていくであろう。その意味では、将来的に葛藤の激化や解決を促す個人差の影響は無視できない。著者の先見性が見て取れる一章であり、興味深く読ませていただいた。

本書は葛藤研究について興味を持つ読者向けに研究の道標として執筆されたものである。そのため、平易な言葉遣いで豊富な知見が紹介されており、葛藤研究に従事する(あるいはしようと考えている)大学院生や学部生のテキストとしてふさわしい内容となっている。心残りがあるとすれば、テキストとしての色合いが強いため、著者の今後の葛藤研究についての見解を直接述べた箇所が少なかったことであるが、それは少し欲張りだろうか。

 
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