社会心理学研究
Online ISSN : 2189-1338
Print ISSN : 0916-1503
ISSN-L : 0916-1503
書評
山岸俊男(編著)『文化を実験する:社会行動の文化・制度的基盤』(2014年,勁草書房)
石黒 格
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2015 年 31 巻 1 号 p. 71

詳細

本書は、文化、特に文化的自己観や集団主義–個人主義に関わる文化的現象を扱う一線の研究者が集い、それぞれがもつヒトの文化差を理解するアプローチと、そのアプローチに基づく最新の研究事例を紹介するという、贅沢な一冊である。第一章では、文化心理学の基本的なアイディアが紹介され、文化心理学的なアプローチが向かうべき方向性が示唆される。第二章では、その一方向である、神経科学的な側面からの文化差に関する知見が紹介される。二つの章で主張されるのは、普遍性が仮定されることが多い「基本的な」認知メカニズムにも、文化差が確認されるという事実である。第三章では、多方面の社会科学、人文科学の知見を動員しながら、文化と環境の長期的変化を捉えるアプローチが模索され、その一例として、日本におけるグローバリゼーションの浸透が検討される。

続く章からは、文化的な行動の差を、内面的な態度や選好の差からではなく、個人の社会環境への適応から生じるものとして捉えるアプローチに論が転じる。第四章では、関係流動性を中心に、社会環境、生業を含む自然環境への適応が、個人レベルの文化差を生じさせている可能性が追求される。第五章では、文化に特徴的とされる行動を、ある社会環境条件では利益が大きくコストが小さいがために学習されたデフォルト戦略と捉え、その違いを行動の文化差の背景と見なすアプローチが紹介される。第六章では、マクロ指標を用いたシステム・レベルで観察される相関と、ミクロ・レベルで観察される相関とが直観的な意味で矛盾する現象を取り上げ、その理論的な理解が、実は真にマクロな要因の存在を示唆する可能性を指摘する。終章では、編者により、文化心理学者が遺伝子文化共進化理論に注目したことにより、適応論的アプローチが文化研究者に共有されることへの期待が表明される。

それぞれの章は、膨大な実証研究を積み上げるかたちで執筆されており、社会心理学的文化研究の最前線をフォローすることができる。これから文化研究を始めようとする大学院生はもちろん、このトピックに深く関わっている研究者(筆者のように否定的な者も含めて)にも有用だろう。

本書はトピックごとに章が立てられてはいるものの、ぜひとも通読と再読をお勧めしたい。こうした本としては希有なほど、それぞれの章が他章を意識し、参照しながら書かれており、また、見事な順に配置されているからである。異なるアプローチを束ね、このように見事に編まれた一冊を完成させた著者と編者の力量には、ただただ脱帽である。

本書で多様なアプローチの最前線に触れられたことで、筆者が文化研究に対してもっていた強い不満に、解消の兆しがあることを知ることができた。筆者の不満とは、文化に関わる社会心理学的研究が、いわゆる大文字の文化の存在と、文化圏内での普遍性を仮定し、文化圏内に存在する異なる志向性をもった人々、すなわち下位文化の存在を無視しがちなことである。第一章では、この点について認めた上で留保しているが、筆者からすれば、下位文化は、それが研究のターゲットではないときですら、把握すべき重要な変数である。比較される文化それぞれに特徴的とされた性質が、研究の対象集団に特に強く見られるとしたら、文化差は過剰に、ときとして誤って推定されることになる。研究者は、大文字の文化圏において、研究対象者となった人々の下位文化が、どのように位置づけられているのかを、常に考えなくてはならない。

たとえば、米国人の自己高揚傾向について、Twenge & Campbell(2009)は、それが近年の世代に特有の現象だという可能性を指摘している。一方、日本でも、高田(2004)が相互協調的な態度は中学生から大学生で強いことを示している。若者を対象とした研究は、「文化差」を過剰推定している可能性がある。さらに、文化の階層差は社会科学では伝統的なテーマである(文化資本や職業とパーソナリティなど)が、社会心理学的な研究では取り上げられない。

本書では、文化の「単位」を、ナショナリティから、より小さな社会集団としながら、社会調査的な方法で対象集団に接触し、具体的に環境と心を変数化し、測定した上で、両者の相互作用を検討する方向性が示されている。著者らが指摘しているように、そこには様々な課題があるが、「文化」の担い手が日常的に接触する環境を具体的に変数化し、測定する作業は、社会心理学的文化研究の本来の目的である、環境と心の相互作用の解明には必須であろう。このアプローチの延長線上で、それぞれの文化内で下位文化が異なる構造で均衡する状況をモデル化できれば、文化圏内での個人差を、誤差や逸脱として扱いがちな現状のモデルよりも、社会科学全般に対するインパクトは大きい。筆者の目には道具はそろっているように見える。今後の展開に期待したい。

References
  • 高田利武(2004).「日本人らしさ」の発達社会心理学:自己・社会的比較・文化 ナカニシヤ出版
  • Twenge, J. M. & Campbell, W. K. (2009). The narcissism epidemic: Living in the age of entitlement. New York: Free Press.
 
© 2015 日本社会心理学会
feedback
Top