社会心理学研究
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書評
亀田達也(編著)西條辰義(監修)『「社会の決まり」はどのように決まるか(フロンティア実験社会科学)』 (2015年,勁草書房)
清水 裕士
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2015 年 31 巻 1 号 p. 73-74

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「フロンティア実験社会科学」シリーズには、文科省の科研費による特定領域研究「実験社会科学—実験が切り開く21世紀の社会科学—」というプロジェクトに集った、経済学、政治学、理論生物学、社会心理学といった社会科学に関わる研究者の研究成果がまとめられている。本書はこのシリーズの6巻として刊行された。

本書は、このシリーズの特徴を見事に表すように、多様な領域の研究が引用され、議論されている。1章では理論生物学が、2章では進化シミュレーションに加え民俗学的研究が、3章と4章では経済学や社会心理学が、5章では動物行動学や政治学が、6章では行動生態学が、といった具合である。ではなぜそのような多様な観点から本書が構成されているのだろうか。

社会の決まり、つまり社会規範に関する研究は社会心理学でも数多くある。いや、むしろ社会心理学が扱うべき中心的なテーマの一つであろう。しかし、古典的なグループダイナミックス研究をのぞけば、そのほとんどは社会規範が人々の行動に与える影響を想定しているか、あるいは人々の主観的な規範意識の形成を予測するものであったように思う。集合現象としての社会規範はいかにして可能か、またそれを維持させるメカニズムはなにか、という問いについては積極的には扱われてこなかった。それは、社会規範の形成そのものを正面から扱うことの難しさを表しているのかもしれない。

それに対して本書では、社会規範が形成されることの謎について正面から立ち向かおうとしている。そのためには、経済学、政治学、生物学、行動生態学といった他の社会・自然科学の知見や方法論を結び付けて取り組む必要があるだろう。なぜなら、社会規範の問題は社会科学全体が抱いてきた「共通の問い」であり、それぞれの分野からの見方を結び付けることによって初めて浮かび上がる性質のものであると考えられるからだ。つまり、社会規範に対して真摯に向い合って研究するときには、狭い社会心理学だけの研究成果や方法論だけを用いて取り組むだけでは到底十分ではないのである。そのことを、本書を読むことによって痛感することができる。

とはいえ、本書で紹介されている研究は、なにも我々にとって親しみがないものではない。数理モデルなどは確かに馴染みがない研究者もいるかもしれないが、本書では数式はほとんど出てこない上に、理解するのに求められる数学のレベルは決して高くない(回帰分析のほうがよほど難しい)。そしてそれ以外は、聞き取り調査や実験室実験など、社会心理学者が普段用いている方法論ばかりである。また、著者の多くは社会心理学会の会員である研究者であることもあって、社会心理学者にとっても読みやすいものになっているのも我々にはありがたい。

さて、どの章も「社会の決まり」について書かれているが、序章および6章に書かれているように、大きく分けて2つのテーマに分類される。それは、秩序問題とコーディネーション問題についてである。この2つは、本書の編者が多様な学問領域の知見、そしてパースペクティブを結び付けることによって浮かび上がらせてきた、社会規範を考える上での共通の問い方である。本書の内容を評者なりに要約しながら、簡単に解説しよう。

秩序問題は、簡単にいえばフリーライダー問題(あるいはホッブス問題)のことである。つまり、いかにして人々の相互協力が達成され、秩序が維持されるかという問いである。1章から4章では、この秩序問題が扱われ、相互協力を導くルールや規範の維持がどのような条件で理論的に可能であると考えられるのか、またその理論的予測が実証データとどう整合的であるのかについて、多くの先行研究と結び付けられながら議論されている。

もう一つのコーディネーション問題は、5章と6章で扱われている。コーディネーション問題とは、動物が共同で生活する上で出会うトレードオフの問題である。たとえば5章では、集団での意思決定について速さを重視するか、正確さを重視するかというトレードオフが紹介されている。正確な意思決定は集団に大きな利益を生むが、一方で正確さを追及するには時間がかかってしまう。このトレードオフの閾値をどのように設定するか、という問題である。

秩序問題とコーディネーション問題、この二つの見方から社会規範を眺めることによって、これまでとは違う見方で規範形成のしくみを理解することができるようになる。たとえば6章では、社会的ジレンマを秩序問題ではなく、コーディネーション問題として眺めるという立場から、興味深い議論を行っている。生態学的な観点からいえば、協力は常に不利な選択ではなく、ある一定の人数が協力すればそれ以上は協力しないほうが得になる、という「協力と非協力のトレードオフ」という構造があるというのである。そのような構造のもとでは、協力する傾向のある人ばかり集めても、一定の非協力者が生まれてしまう。このことは、社会規範が「非協力者をどう制御するか」という考え方が中心であったのに対し、「より効率的な規範のデザインはなにか」という新たな考え方を与えることができる。

このように本書は、これまでの伝統的な社会規範の問い方に対して、新たな視点を提供している。社会規範に興味がある研究者はもちろん、そうでない研究者にとっても、知的な刺激を存分に味わうことができるだろう。

しかし、一方でいくつかの疑問点が残る部分もないわけではない。一つは、本書では社会規範を可能にする「しくみ」を、多くの章で進化的に獲得された個人の戦略や行動傾向に求めている(たとえば間接的互恵性を維持する戦略など)点である。もし個人の行動傾向のみが規範を支えるしくみならば、それは社会規範を形成しているというよりは、個々人のもつ選好を実現しているだけではないか、という疑問が生じる。すべての個体が自分の選好を実現する行動を行っているだけであるなら、そこには逸脱の可能性もない。ただ規則的な行動群があるのみであるように思えるのである。おそらくその疑問には、なにを我々が社会規範とみなすのか、という問題と密接に関わっているだろう。

もう一つは、社会規範を可能にする「しくみ」が個人の行動傾向ではなく、外装された制度であった場合、その制度はいかにして実現(あるいは選択)可能かという問題が残る。たとえば2章では頼母子講を可能にするルールがなにかについて検討されていたが、そのルール自体がどのようにして実現できるのだろうか。つまり、制度やルールそのものはどこから来たのか、という疑問である。

ただ、この疑問については本書の最後の文章で実は答えられているのかもしれない。それは「よりよい集団の設計は、ひとえに私たちの知恵にかかっている」というわけだ。つまり、制度の設計の歴史は、人類の知恵の集積の賜物であった。だが、それがどのようなものであったのか、またそれはどうあるべきかについては、まだ十分には明らかにされてはいない。このことは今後の社会科学の、そしてもちろん、社会心理学が問うべき重要な課題であるように思う。

 
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